転生魔装ククルカン―蛇と舞う咎人―
石動天明
序章 極刑
Prologue
デッドマンズウォーキング――俺は細い一本の道を歩いていた。
俺の前に一人、俺の横に二人、俺が逃げ出さないように見張っている者がいる。前にいるのが女、横にいるのが男である。
俺も腕っ節にはそれなりに自信があるが、彼らには敵わない。いや、一対一ならどうにか潜り抜ける自信はあるし、何ならば三人を相手にしてもぼろぼろになりながら逃走する事も、不可能ではないと思う。
しかし俺の両手は縛り付けられている。それに、俺を囲っているこいつらに対し、暴行を加える理由はない。何故なら俺は、彼らによって守られているからだ。
俺が歩く道は、死出の旅路だ。地獄へ続く一本道。その左右を、人の柵が挟んでいた。何人もの人々が押し寄せ、俺に対して罵詈雑言を投げ付けている。流石に石みたいなものを投げ付ける輩はいない。それが、絞首台への案内人にぶつかってしまえば、国家反逆罪……つまり俺と同じ結末を辿る事になるからだ。
俺は、罪を犯した。どのような罪か?
簡単に言えば、嘘を吐き、暴れ、女を犯し、強盗を働き、そして人を殺した。この世の全ての罪を犯したと言っても過言ではないだろう。酷い時には、いっぺんに全てをやってやった。つまり、友人と偽って誰それの家に入り込み、その女房を組み伏せ、旦那を切り刻み、金目のものを奪って逃走したのだ。
そういう事を何度も繰り返した。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
それが悪い事なのは分かっていたが、俺はやめられなかった。
別に、薬をやっていた訳ではない――いや、やるにはやったが、俺は正気だった――。しかし俺にとって、嗅いだり飲んだりするものだけが、薬ではなかった。人を殺す都度、女を犯すたび、ものを盗み去る時、散々に暴れ回って全てのものを破壊する事、それによって俺は快楽を得ていた。その快楽こそ、麻薬だったのだ。
何にしても俺はそうした事を繰り返して、とうとうお縄になり、裁判をすっ飛ばして極刑の判決が下された。死刑だ。
俺の逮捕は大々的に報道され、近くの町の人々はこぞって俺の最期を見物に来た。中には俺の手で家族や友人や恋人を殺された者もいる。そういう人間はすぐに分かった。
彼らに賠償金は払われない。俺にその能力がないからだ。彼らにとってのせめてもの慰みは、この俺が出来るだけ苦しんで死ぬ所を見る事だけなのだろう。
俺は抵抗しなかった。俺がやった事は、楽しかったが間違いなく悪だった。悪は裁かれなければならない、被害者に返礼する何かがないのならば、唯一のものである命を以て償わなければならない。
それを人々に示す為、俺は公開処刑される。
多くの人々の前で、苦しんで苦しんで苦しみ抜いて死ぬ所を、晒さなければならない。
俺は別に贖罪の気持ちなどなかった。……いや、ないと言えば嘘になる。死ぬのは恐ろしい。それは俺が一番分かっている事だ、だって俺はそんな人たちの顔を幾つも見て来た。
だから分かる。死ぬのは恐ろしいが、殺すのは楽しい。大切な者を俺によって死なされた者の哀しみは、俺が殺されるのを見物する楽しさで上書きされねばならない。
俺は死刑の時を待ちながら、泣き喚いて命を乞った。嫌だ、嫌だ、死にたくない、死にたくない、死にたくない……俺は俺が殺した連中と同じように、涙を流して鼻水を垂らし小便と糞を撒き散らしながら延命を懇願した。
俺が抵抗しないのは、そうして泣き疲れたからだ。全身の水分を全て流し尽くした気分だった。腹の中に溜まっていた死骸から得た栄養分は、全て糞になって奪い取られてしまった。見物人たちは、俺のようながりがりがどうやって何人もの人を殺したか分からないだろう。
死刑執行人に促されて、俺は階段を上り始めた。その俺に、最後の安らぎを与える為に宗教家が神の名前を唱え、言った。
「最後に何か言い残す事は?」
俺は言った。
「死にたくない」
殺した者たちに、申し訳ないという気持ちがない事はない。けれどそんな事を考える余裕はなかった。俺は自分の事だけを考えており、そして神の遣いとやらはほんの少しだけ哀しそうな顔をして、すぐに表情に鉄仮面を被せた。
かくて、俺の死刑は執行された――。
「……ちょっと、聞いてるの?」
俺は、眼の前に突き出された少女の顔に、びっくりしてしまった。
茶髪をボブ程度の長さに揃えた女の子だ。僕が見下ろすくらいに背が低く、頬を膨らませるさまも子供っぽくて可愛らしい。
「ああ、何? ルカちゃん……」
僕は少女――ルカ=マーキュラスに訊き返した。
何かの話の途中だった筈だが、ぼぅっとしてしまい、聞き逃していた。
「もうっ、しょうがないわね」
ルカちゃんはそう言って、さっきまでしていた話をもう一度、繰り返した。
「今度の休み、皆で一緒に出掛けようって話。アキセは、何処か、行きたい所ある?」
「僕は、別に……」
僕は俯きがちに言った。視線を落とすと、冷え切った紅茶の入ったティーカップ。
僕とルカちゃんは、クラスで一緒になる事が多く、彼女の明るく人懐っこい性格のお蔭で、それなりに仲良くなった。初めはマーキュラスさんとファミリーネームでしか呼べなかったのだが、今は名前で呼び合い、こうして喫茶店で一服するくらいには仲が良い。
「んー、それじゃあ、イアンが言っていたように、ショッピングにしましょうか。ほら、アキセも知ってるでしょ? この間、Cエリアに出来た高層ビル!」
「うん、それが良いんじゃないかな……」
僕はカップを持ち上げて、紅茶を啜った。冷え切ってはいるが、それなりに旨い。先に砂糖をいっぱい入れているから、殆どその味なのだが。
「でも、アキセもさ、もっとこう、自分の意見、主張しなくちゃ駄目よ?これからの事を考えるとね」
ルカちゃんも同じように紅茶を頼んでいたが、もう飲み終わっていた。そこで、通り掛かったメイドロイドに声を掛け、差し出された端末に注文を入力する。
「アキセは? お代わりする? それとも何か食べる?」
「……あ、それじゃ、お代わり……いや、コーヒーで。食べ物は、良いや」
「そう」
メイドロイド……つまり、メイドの姿をした
数百年前から研究されて来たロボット技術を応用した、汎用女性型接客アンドロイド、それがメイドロイドだ。因みに男性型もあり、そちらはバトロイドという。分かるだろうが
僕は昔からそうしたものに、このルカちゃんを含めた他の人たちと同じように、そうした文明に触れて来た。
買い物をする時は物質的な貨幣ではなく、携帯端末にチャージされたEクレジット。
遠くへ移動する時に使う乗り物は、排気ガスなどを出さず、運転さえ必要としない文字通りの
コンタクトを付けるだけでヴァーチャルリアリティのゲームを楽しめるが、それさえも過去の遺物というくらいに、遊びは発展している。
一つの国家……ガイア連盟によって全ての人々は連携し、国境は消え、人種や文化による壁は八割近くが撤廃されている。
だが、僕は、そうした世界に違和感を覚えていた。
「お、来た来た!」
ルカちゃんが嬉しそうに言う。僕のコーヒーと彼女の紅茶、それとチーズケーキはテーブルの下から通路を通ってせり上がって来る。テーブルの両端の端末がぴこぴこと光り、注文した商品が到着するまでのカウントを始めていた。
ふと周りを見渡すと、イキッた学生たちがジュースを飲みながら、テーブルでゲームをしている。強化ガラスのテーブルは層になっており、二層目は液晶画面だ。そこに、側面のプロジェクターからゲーム画面が投影される。筐体にトランスフォンなどの自分の端末をセットすれば、たちまちテーブルはアーケードゲームに早変わりだ。彼らは、前時代的にも程がある、対戦シューティングゲームを楽しんでいた。
他にも、データカードを読み込んで、テレビのヒーローやモンスターを立体映像として登場させ、戦わせている者もある。
「本当、男の子って幼稚ね。しかもいつのゲームよ、あれ。ジダオって奴ね」
ルカちゃんはケーキにフォークを入れながら言った。
「アキセはああいう事はやらないもんね。子供の遊びだもんねぇ、適当な所で卒業するわよね」
僕は苦笑した。確かに、ああいうものはやらない。やらないが、正直、子供っぽいからやらないんじゃない。他の、当たり前になった高度な文明と同じように、僕には違和感しかないから、やれないだけだ。
そのお陰で仲間外れにされる事も多く、まぁまぁ虐められたりもした。今は流石にそんな事はないが。
「あ、そろそろなんじゃない?」
僕が言うと、ルカちゃんは思い出したようにトランスフォンを取り出して画面を操作した。液晶画面から空中に投影されたのは、テクストロの光景だ。
テクストロとは、人同士がコンバット・テクターという強化服を装着して行なうRFCという競技の試合の事で、昔で言う武道の一環だった。大きな大会が直近に控えており、ルカちゃんや僕の友人のイアンが、その予選会に出場するのである。
その様子を見ながら、僕はコーヒーにたっぷり砂糖を入れ、飲んだ。
カップを見下ろしてみると、そこに、僕の顔が浮かんでいる。
アキセ=イェツィノ。
珍しい黒い髪に、黒い瞳。肌の色は、ルカちゃんたちと同じようにちょっと白っぽい。顔立ちは陰鬱さが薫り、彼女とは違う意味で子供っぽさが残る。
僕の顔……。
もう一〇年以上この顔と付き合っているが、何だか、鏡を見るたびにこれは僕の顔ではないような気がしてしまう。
それはそうなのかもしれない。何故なら僕は……いや、俺は、アキセ=イェツィノとは違う顔で過ごした記憶を持っているからだ。
人を殺し、ものを奪い、女を犯し、嘘を吐き……その挙句に極刑に処された、大罪人としての。
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