第23話「Arise」
その声は、
誰もが驚きに固まり、死闘の空気が凍りつく。あのトウヤでさえ、セラフ級パラレイドのサンダルフォンを止めてしまった。
そう、誰もがその声音を知っていた。
なにより、
『この声が届くところにまだ、戦い続ける人類がいることを願って……剣と共に私の言葉を記録します。……私は
千雪は思わず目を
そう、自分の声だ。
そして、自分の知らない真実をもたらす、もう一人の自分からの言葉である。
「この声は……どこから? 広域公共周波数……いったい、
『千雪殿ぉ! こっ、ここ、この声は』
「
『できるもなにも、あれであります! あそこから声が!』
すぐ近くで、
すぐに【ディープスノー】に首を巡らせた千雪は、見た……そこには、巨大な剣が突き立っている。そして、ひび割れた刀身は今、千雪とは違うチユキの声を走らせていた。
そして、機体のモニターの隅に小さなウィンドウがポップアップする。
そこには確かに、大人の女性として成熟した自分の顔が映った。
見たこともない軍服姿にも驚くが、千雪は平行世界の自分を見て絶句した。
「これは……機械の、身体……私より、ずっと」
『この音声が再生されている頃、
静かな、しかし決然とした覚悟を込めた声だった。
そして、その言葉を
だが、光を
もう一人のチユキは、軍服姿に制帽を被っているが……その顔は表情なき機械だった。今の千雪がそうであるように、サイボーグに見える。そして、千雪よりもずっと、機械の比率が高い。
「そういえば、リレイド・リレイズ・システムの中でりんなさんが言ってましたね。
そう、先程
向こうのチユキは、無限に繰り返す
だが、彼女は最後に更紗れんふぁをこの世界線に送り込んだ。
リレイド・リレイズ・システムは、異なる平行世界同士を繋ぎ、その間を行き来することが可能だ。だが、行き先の座標が指定されていない場合、無限に等しい平行世界のどれかをランダムで選ぶことになる。それを承知で、御堂刹那達リレイヤーズと呼ばれる子供達は挑んだ……砂漠の中の米粒を拾うように、繰り返しトウヤを探し続けた。
そして、ようやく探し当てたのがここ、千雪達の世界という訳だ。
そのことを思い出していると、トウヤの絶叫が焦りと
『クッ、五百雀千雪ッ! 何故だ……この事態を読んでいたとでも!? しかし、なんだ……あの剣は、単分子結晶は我々の技術では当たり前のもの、造るも壊すも自在だが……ッ!』
そう、無数の瞬く輝きと共に、【グラスヒール】が割れてゆく。
そして、チユキの声は徐々にノイズと共に細く小さくなっていった。
彼女の画像は大きく揺らいで、徐々にその
『摺木統矢大佐は、私達の世界での敗戦を
どんどん空気が漏れてゆく地下空洞は、既に気流が渦巻く嵐となっていた。
その中で、大地に突き立つ刃は
『私は、大佐を……トウヤ君を、止められませんでした。そしてもう、止められないでしょう。
声は途絶えた。
そして……【グラスヒール】の刃は砕けて風に舞い、その下から新たな刀身が姿を現す。
『なっ……まさか、チユキッ! 貴様……何故だ! 何故、私にここまで歯向かうっ! 愛してやった恩を忘れて、ここまで! あれは、あれはっ……
――零分子結晶。
その名の通りの物質であれば、それはもう物理法則の
平行世界のチユキのメッセージが途絶えた、その時……ズシャリと怒りが大地に降り立つ。
それは、新たに【シンデレラ】の装甲を身に纏った、97式【
『千雪……どこだ』
「統矢君。ここにいます……上には、れんふぁさんも」
『目に血が入って、なにも見えない。頼めるか? 剣は……【グラスヒール】はどこだ』
「統矢君、
ゆらりと立つ【氷蓮】の、その装甲がガタガタと鳴る。
徐々に弱まってゆくグラビティ・ケイジが、外側から辛うじて着せている鎧なのだ。そして、平行世界のもう一つの【氷蓮】だった【シンデレラ】は、フレームだけになって【
だが、その姿をそのまま身につけた【氷蓮】は、ゆっくりと歩き出す。
『どこだ……クッ、千雪ッ!』
「……統矢君。右前方、二時の方向です。距離は約200」
『ああ、わかった。お前はれんふぁを頼む……ここでケリを、つけるっ!』
生まれ変わった【氷蓮】が地を蹴る。
まるで、四つん這いで地を滑るように、前のめりに
その姿は、怒りに燃える野生の獣を彷彿とさせた。
落ち着きを取り戻したトウヤがサンダルフォンを向けるが、言葉にならない絶叫を張り上げる統矢は止まらない。
『くっ、貴様ぁ! あれは……貴様等地球人には、この時代の人類には過ぎたるものだ!』
サンダルフォンの豪腕が
だが、視界ゼロの操縦とは思えぬ動きで、統矢の【氷蓮】は鉄拳をかいくぐった。
そのまま転げて滑るようにして、彼は愛機を走らせる。
【氷蓮】はそのまま、全速力で【グラスヒール】をひったくる。そのまま
防御を捨て、攻撃ですらない……それは命に命をぶつける特攻にも等しい。
しかし、気付けばその道を千雪は守っていた。
れんふぁの声と同時に、彼女は自分の戦いを思い出す。
『千雪さん! 【樹雷皇】はもう……でも、メタトロンが!』
「れんふぁさん、脱出を……統矢君の邪魔は、私がさせません!」
全武装をパージした【樹雷皇】が、墜落同然で不時着した。その轟音と砂煙の中で、千雪も一瞬に全てを賭ける。
トウヤは今、サンダルフォンに自分を守らせている。
搭乗者を廃し、外から遠隔操作する……これによって、サンダルフォンは人間が耐えれぬ高機動で動けるのだ。だが、弱点も存在する。そして、それは単純な操縦者のミスだ。
トウヤは決着を確信して、己の身を
切り札に絶対の自信があるからこそ犯した、致命的なミスだ。
統矢は既に、そのことに気付いている。
だから、まっすぐにトウヤへと向かっているのだ。
『トウヤ様っ! 今、ボクが――』
「レイル・スルールッ! 何度も言いました! 邪魔だと!」
『くっ、五百雀千雪っ! どこまでも!』
「いいえ、これっきりです。これでっ、終わりです!」
統矢の【氷蓮】が、引きずる大剣を振り上げた。
その進行方向上に立ち塞がろうとしたメタトロンを、思い切り千雪が蹴り飛ばす。操縦者の体術をそのまま感じ取って、【ディープスノー】の上段回し蹴りが炸裂した。
メタトロンは、胴体にコアを持つ合体変形構造のセラフ級だ。
何度撃墜されようとも、上半身と下半身を換装することで復活する。
逆を言えば……狙うべきは、合体機構故に弱いと思われる胴体部なのだ。
体格差から、【ディープスノー】のハイキックがメタトロンの脇腹へとめり込んでゆく。その手応えが、操縦桿を通して千雪に伝わってくる。
だが、この弱点は既にレイルも熟知していた。
千雪が予想していた通り、レイルは予測の事態に対処してみせた。
『パンツァー・モータロイドなんかの蹴りが、このメタトロンに効くかあっ!』
ミシリと機体が
メタトロンが、蹴り足をそのまま両手で
『掴まえたぞ、このまま潰すッ! ボクが……ボクだけが、トウヤ様を守れるんだっ!』
「ええ、ちゃんと掴まえててください。その仕事は、すぐに終わらせてあげます!」
【ディープスノー】の片足を掴んだまま、メタトロンは背の剣を引き抜いた。刀身自体がビームでできた、一撃必殺の光剣だ。
だが、千雪の読みがその先へ勝機を見出す。
次の瞬間、自分ごと機体を蒸発させるであろう、
だが、迷わず千雪は……地を掴むもう片方の脚を振り上げた。
『なにっ、逆の蹴り――ッ!?』
「行ってください、統矢君っ! 私と私の想いをその手に!」
片足を掴んでくる、そのメタトロンの腕を支点に逆の蹴りを放つ。振り下ろされたビームの刃を、身を
大口径のビーム砲を備えたメタトロンの頭部が、千切れて吹き飛んだ瞬間だった。
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