第22話「ラストリバイヴ」

 それは、五百雀千雪イオジャクチユキにとって悪夢としか言えぬ光景だった。

 自分の愛した、自分を愛してくれた少年がけずられてゆく。その生命いのちが、はつられてゆく。それも、違う世界線の未来の自分に。

 摺木統矢スルギトウヤを内包したまま、97式【氷蓮ひょうれん】サードリペアが破壊されてゆく。

 その手から落ちた巨剣【グラスヒール】は、無数にひび割れていた。

 単分子結晶たんぶんしけっしょうの刀身が割れる……それはもう、現代の物理学を無視した現象だ。


「統矢君っ! ここから敵の統矢君を……あのトウヤ大佐を討てれば」


 パラレイドの首魁しゅかい、トウヤはリモコンを手に生身をさらしている。

 だが、彼を守護する熾天使セラフはサンダルフォンだけではなかった。

 幾度も全身を換装して蘇る、メタトロンが千雪の行く手を遮る。そのパイロットであるレイル・スルールが覇気をみなぎらせて叫んだ。


あきらめろっ、五百雀千雪! お前をもう、絶対にあの人に……大佐に近付けさせたりしない!』

「諦めろ、ですか。……自分達の世界を諦めた、貴女あなた達らしい言い草ですね」

『ボクは諦めてなどいない! ボクの世界を救うためには、もっと沢山のDUSTERダスター能力者が必要なんだ! お前もDUSTER能力者ならわかるだろう!』

「いいえ、ちっとも。ただ、私がわかることは一つ……たった一つ」


 静かに猛る千雪の気迫を、マシーンが表現してくれる。

 重力制御で宙をぶ【ディープスノー】は、まとうグラビティ・ケイジを拳の上へと重ねていった。そのまま利き手を引き絞り、千雪は愛機の瞬発力を爆発させる。

 メタトロンのビームをかすらせる程度に避け、吶喊とっかん

 ビームが見える訳ではないが、DUSTER能力によって拡張された集中力と認識能力が、極限のマニューバを実現させた。

 衝撃と共に、重力拳とでも言うべき正拳突きが炸裂する。

 大きく体勢を崩したメタトロンは、重装甲に救われた少女の悲鳴を発散した。

 その時にはもう、千雪は地上へ向かって統矢に叫ぶ。


「統矢君っ、今行きますっ!」

『千雪っ! お前の、お前達の力を貸してくれっ!』


 なんとか立ち上がる【氷蓮】の、その背にグラビティ・エクステンダーが展開する。サードリペアにバージョンアップされてから装備された、友軍機のグラビティ・ケイジを借りて己の力に変えるシステムだ。

 千雪が【ディープスノー】の出力を上げると、【氷蓮】に光の翼が屹立きつりつする。

 はっきりと肉眼で見える程に、強力な重力場が空気を沸騰ふっとうさせた。

 だが、サンダルフォンを操るトウヤは全く動じない。


『グラビティ・エクステンダーか……その技術はすでに、我々が通り過ぎた過去だ。そして、その力では異星人は……監察軍かんさつぐんは倒せんっ! やれ、サンダルフォン!』


 大破寸前の【氷蓮】が、不協和音を響かせえる。

 センサーを通じて拾う音は、千雪に崩壊寸前の駆動音を伝えてきた。

 【氷蓮】は今、装甲を補強するスキンタービンが千切ちぎれて重力波に揺れている。さながら、自ら包帯を脱いで血に濡れた、死にゆく兵士のようだ。

 だが、サンダルフォンの拳は、【氷蓮】のグラビティ・ケイジを突き破る。

 難なく、重力の障壁を無視して【氷蓮】を吹き飛ばした。

 上空で連鎖する声も、悲鳴が入り混じっている。


『ラスカちゃんっ、統矢さんが! こっちのグラビティ・ケイジも回してあげなきゃ』

『ああもぉ、なにやってんのよ統矢っ! れんふぁ、アタシが助けに行く、分離を!』


 宙を飛ぶ【樹雷皇じゅらいおう】から、ラスカ・ランシングの89式【幻雷げんらい改型四号機かいがたよんごうきが降りてくる。すぐにアンチビーム用クロークを脱ぎ捨てるや、その手は無数の対装甲炸裂刃アーマー・パニッシャー投擲とうてきした。

 だが、メタトロンは頭部に装備された砲口から強烈なビームをほとばしらせる。

 地下空間を揺るがす光条が、迫る敵意を瞬時に蒸発させた。

 直感的に避けたであろうラスカの、悔しげな舌打ちが響く。

 レイルのメタトロン……メタトロン・ゼグゼクスは、すきうかがいすり抜けることはできない。倒さねば統矢を助けに行けないが、それは激闘を予感させた。

 れる千雪の耳には今も、統矢の噛み殺した悲鳴がくぐもり響く。


『っぐ! 動いてくれ、【氷蓮】っ! ここで倒すんだ! 今、奴を!』

『無駄だ、無駄ぁ! 弱いなあ、とても平行世界の私自身とは思えぬ! そのまま、私という名の正当なる未来に、押し潰されるがいい!』


 奮戦虚しく、一方的に【氷蓮】がなぶられてゆく。

 巨大なサンダルフォンは、その手で殴り、潰して、大地へ叩きつける。さらには、ほどけかけた【氷蓮】の装甲をひっぺがし、次々と引き剥がした。あらわになるフレームがきしんで、少しずつ統矢の愛機がバラバラにされてゆく。

 あっという間に装甲は半分以上が滑落して、丸裸も同然になった。

 それでも、奇跡的なバランスで【氷蓮】は立ち続ける。

 もう、統矢の声は聴こえない。

 千雪の忍耐が現界に達した、その時だった。


『千雪さんっ! メタトロンをお願いします! ……コンテナ、主砲、ロック解除……パージ! 今行きます、統矢さんっ!』


 れんふぁの叫びを千雪は初めて聴いた。

 いつでもぽややんとして、甘えるような声で抱き着いてくる少女。れんふぁは、自分と一緒に統矢を愛してくれる女の子だ。だから、互いに惹かれて気付けば恋人よりも親密になっていた。

 そのれんふぁが、初めて怒りも顕に【樹雷皇】をコントロールする。

 全武装を空中で捨てた巨体は、急降下で降りてきた。

 その中央ブロックが炸薬さくやくで爆破され、何層も折り重なっていた装甲が内側から開かれる。そこには、巨大な全領域対応型駆逐殲滅兵装統合体ぜんりょういきたいおうがたくちくせんめつへいそうとうごうたいの動力源にしてブラックボックス、【シンデレラ】が収められていた。


『緊急コード、ロック解除……遠隔操作っ!』


 無数のチューブやケーブルに繋がれたまま、ずるりと【シンデレラ】が姿を現す。そのヒロイックなトリコロールカラーを見上げて、トウヤが忌々いまいましげに叫んだ。


『れんふぁ! このっ、出来損ないめ! 何故、我が血を受け継ぎながら……りんなの血を継ぐ女が、私に歯向かう! 私の【氷蓮】まで持ち出して!』


 【シンデレラ】の正体、それは平行世界のトウヤの愛機……既に捨てられた愛機、【氷蓮】だったのだ。千雪達の世界の科学力を超越した、オーバーテクノロジーで強化された最後のパンツァー・モータロイドだ。

 れんふぁは【樹雷皇】のコクピットから、【シンデレラ】を操作して飛ばす。

 グラビティ・ケイジを展開して、十二時の魔法が無数のコードを引き摺りながら降りてきた。


『ひいおじいちゃんっ、もうやめて……わたし達の世界だって、もう戦争は終わったのに。異星人とだって、これからは』

『ならんっ! 認めてはならん……私の戦いは終わってはいない! まだ……まだっ、りんなのかたきを討てていない! 奴等には対価を払わせてやるのだ……地球人の尊厳を賭けて!』


 サンダルフォンは、グラビティ・ケイジを前面に集束させる【シンデレラ】と激突した。その突進を真正面から、拳一つで吹き飛ばしてしまう。

 れんふぁの激情が逆に、千雪を冷静にさせてくれた。

 サンダルフォンには、まだまだ千雪達の知らないテクノロジーが搭載されている。グラビティ・ケイジを打ち消し、単分子結晶さえも砕く力があるのだ。

 打開策を探す中、名を呼ばれて千雪は勝負に出る。

 今まで統矢と一緒に守ってきたれんふぁが、千雪の背を強く押した。


『千雪さんっ、グラビティ・ケイジを! 統矢さんに!』

「でも、グラビティ・エクステンダーの同調率が」

『いいからわたしの言う通りにしてっ! 統矢さんが死んじゃうっ!』


 思考を挟む余地はなかった。

 既に倒れて沈黙した【氷蓮】へと、再びグラビティ・ケイジをたくす。

 同時に、【シンデレラ】からも同じ力が広がった。

 千雪が重力場で統矢を包み、その力に重力場を重ねて……れんふぁは、遠隔誘導で飛ぶ【シンデレラ】を解体し始める。

 あっという間に、動力部だけが置き去りになって落下中の【樹雷皇】にぶら下がる。

 バラバラになった【シンデレラ】の装甲が、入り乱れる気流の中を舞い散った。

 全て、れんふぁがマニュアルで制御している。

 恐るべきコントロールと演算能力だ。

 そして、かつて灰被はいかりの姫君をかたどっていた装甲が……【氷蓮】の周囲で渦を巻く。


「れんふぁさん、立たせます! 統矢君を!」

『はいっ! 統矢さん……受け取ってくださいっ!』


 千雪は迷わず、サンダルフォンへとぶつかってゆく。

 ラスカの援護が、わずか一瞬だけメタトロンの動きを止めてくれた。

 だが、背中で真紅の機体が爆発する音を聴く。

 悲鳴はなく、ただラスカの声は統矢の名を叫んで消えた。

 それでも、千雪は止まらない。

 止まれない……この一瞬のチャンスに、全てを賭ける。


「グラビティ・ケイジ、統矢君を……【氷蓮】を包んで、立たせて……浮かべて!」


 はりつけになった聖人のように、ゆらりと【氷蓮】が浮上した。

 同時に、千雪は不意打ちの形でサンダルフォンの死角に飛び込む。振り向きながらも、巨大な拳がオーバーハンドで落ちてきた。

 千雪は瞬時にかいくぐるが、回避よりも踏み込みを選んだ。

 機体が衝撃に揺れる中、装甲に火花を歌わせ千雪は叫ぶ。


「統矢君っ! 起きてください、統矢君! 死んだら、殺しますよ……私達をおいていかないでください! 貴方あなたの未来に……あらがって!」


 掌底でサンダルフォンを、打つ。

 接触と同時に、千雪の裂帛れっぱくの意思がGx感応流素ジンキ・ファンクションを伝った。迸る怒気と哀しみが、サンダルフォンを吹き飛ばす。空手の合間に習って身につけた、八極拳の奥義である。

 そして……初めてダメージらしいダメージを受けて、サンダルフォンが倒れた。

 その向こうで、奇跡が少年を呼び起こす。

 絶句するトウヤの声は震えていた。


『な、なにを……れんふぁ、なにをしている! そんな、馬鹿な……っ!』


 今、フレームだけになった【氷蓮】に、次々と【シンデレラ】の装甲が装着されてゆく。全て、れんふぁがミクロン単位の繊細な操作でグラビティ・ケイジを操っているのだ。

 そして、突然……この場の全員に静かな声が伝わる。

 回線に割って入った声に、千雪は驚きを禁じ得なかった。

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