第3話 「矢印が交わる場所」

 翌朝。

 ユウとスバルは今日も朝早くから農家の手伝いへ出かけた。

 スバルに関しては騎士団に協力しても良いのでは?

 そう思うかもしれないが、下手に英雄として周知されているスバルが動けば敵を刺激しかねない。

 反撃の準備が整っていない現状で、敵の動きがより活発になるのは避けるべきだろう。

 まあユウはたまに迷惑そうな顔もしているが。

 スバルは善人ではあるが、人を振り回す一面も持っている。そして何より羞恥心がないに等しい。


「羞恥心さえ改善されればな……」


 残念系美人から比較的非の打ち所がない美人にアップできるのだろうが……。

 おそらく無理だろう。人の性格なんて早々変わるものではない。

 とりあえず、スバルの話は置いておくとして。

 アスカからの注文も入ったし、俺も一仕事するか。

 食事はユウが帰ってきたら作ってくれるだろう。甘えてしまっているようで悪いとも思うが、ああ見えてユウは世話焼き好きだ。俺が鍛冶に熱中していると


『洗い物出来ないねぇからさっさと食べろよな』

『まったく……大人なんだからちゃんとしろよ。仕事が大事なのは分かるけど、身体を壊したら元も子もねぇだろ』


 などと言って食事を取らせようとする。

 ちなみに悪いと言って頭を撫でると、唇を尖らせながら「子供扱いするな」と返ってくる。しかし、不機嫌そうな顔をする割に尻尾は喜びを表すようにブンブン揺れていたり。

 その様子は、背伸びをするが根はまだ子供といった感じで可愛らしい。

 

「……ん?」


 目も十分に覚めたし、気持ちを切り替えて仕事仕事。

 そう意気込んで工房の方へ向かおうとした矢先、誰かが玄関を叩いた。

 こんな朝早くから誰だろうか。

 さすがのアシュリーも朝から来ることはほとんどない。農家の人が注文でもしに来たのか、それとも……


「おはようございます、先輩」


 玄関先に現れた爽やかフェイス。

 言うまでもなく、昨日も来ていたボーイッシュ少女のアスカさんである。昨日去る時に近い内にまた来ると言ってはいたが、さすがに早過ぎではなかろうか。

 こいつ、割と忙しそうな感じを出していたがもしかして意外と暇なのか?


「朝から元気だな」

「いえいえ、ただ単に体力があるだけです。仕事柄、規則正しい生活なんて送れませんし、睡眠時間もまちまちですし」


 その割には肌艶良いよなお前。

 単純にまだ若いからってのもあるだろうが、アシュリーとかより肌は綺麗な気がする。まあ欲望に忠実なあいつと比べるのもどうかと思うが。


「だったらもう少し寝てから来ても良かったんじゃないか?」

「それはそうなんですけど、昼間だとまたアシュリーさんとかが来ちゃいそうですし。それに……話せなかった内容が内容なので。少しでもお耳に入れておきたいと思いまして」


 アスカの表情が笑顔から真剣なものへと変わる。

 どうやらもうひとつの用件というのは真面目な話の用だ。面倒事に巻き込まれるかもしれない話を聞かされるに等しい。

 だが……アスカは黒騎士。

 その存在を知っているのは女王や騎士団長といった上層部のみ。必然的に持っている情報も一般には知られていないような秘匿性や危険性の高いものになる。

 俺の目標は神剣に代わる魔剣グラムを打つこと。

 ただそれには時間が掛かる。

 また今も黒衣の男達は世界各地で暗躍しているはずだ。

 エルザとしても奴らの排除のために動いているはず。ならばアスカの頼みごとは奴らに関係する可能性が高い。

 俺は元英雄であり、黒騎士という存在を作るきっかけになった元執行者。ならば少なくとも話を聞いてから協力の有無は出すべきだ。


「そうか。ちょうど俺以外は誰も居ないし、とりあえず中に入れ」

「はい」

「……その前にひとつ確認だが、お前はたまたまこの時間に来ただけか? それともあいつらが出るタイミング見計らってきたのか?」

「それは……秘密ということで」


 可愛い顔で惚ければ許してもらえると思うなよ。

 アシュリーあたりがやっていたならそう返していただろう。だってあいつがやると多分あざとさもなくて、ただただ鬱陶しいだけな気がするし。

 アスカの場合は可愛さがあるし、立場上話せないこともあるだろうから追及はしないでおこう。若干追撃を誘っているようにも思えるし。

 藪を突かなければ蛇は出てこないのだ。まあこれからそんなものでは生温い話を聞かされるかもしれないが……


「それで……話って何だ?」

「何か……こうして朝に先輩とふたりでお茶を飲むのって良いですね。新婚の夫婦みたいで」

「馬鹿なこと言ってないでさっさと本題に入れ。あと先輩はやめろって言ったろ」


 一刀両断が気に入らなかったのか、アスカは頬を膨らませる。

 アスカを仮に男として見た場合でも年上にウケそうな顔だ。無論、女として見た場合は普通に可愛い。しっかりにしているのに子供じみたことをするギャップというやつだ。

 なんて思うのも束の間、アスカの顔は明るくなる。


「すみません、今のボクならそう見えてもおかしくないかなって思ったらちょっと言ってみたくなっちゃって。先輩に関してはついうっかり……なんてのは嘘で、やっぱりそう呼びたいなと」

「却下だ」

「ルークさんってボクに対しては厳しいですよね」


 君は笑顔で何を言ってるの?

 その言い方だと俺が君以外には甘いみたいじゃないですか。甘やしてそうなのはユウくらいのものだと思います。

 ……いや、あのバカにも甘いか。

 普段の会話はともかくなんだかんだであいつの頼みとか聞いてるわけだし。ただあっちからすればアスカに対しての方が甘く見えそうなものだが。


「というのは冗談です。ルークさんが誰にでもそんな感じなのは知ってますから」

「だったら無駄話してないで本題に入ってくれ」

「そうですね、そうしましょう」


 何だろう……。

 日頃絡むことが多い人間は、ここで何でそういう返ししか出来ないんだみたいな意味合いの返事をしてくる。

 こちらとしては大事なことから片付けたいだけなのだが……

 とりあえず、それは置いておくとして。アスカは俺に対して少し甘くないだろうか。

 単純にわき道に逸れた自分が悪いと思っているのか、それだけ重要な話をするつもりなのか……顔から笑みが消えたあたり後者だろうな。


「ただ本題に入る前に少しだけ確認しておきたいことがあります」

「何だ?」

「先ぱ……失礼。ルークさんは《天使計画》や《神愛救世主》をご存知ですか?」


 天使計画。

 これは天より授かったとされる神剣を使うための人間。つまり使徒を人為的に生み出すための計画である。

 これを行っていたのが、自分達を神が愛するこの世界を救う者だと称していた組織。正確な組織名はなかったため、通称で神愛救世主と呼ばれている。

 この組織は自分達の子供や孤児を集め、薬や魔法を用いて神剣に適合する人間を生み出そうとした。云わば人体実験を行っていた異常者達だ。

 活動していたのは魔竜戦役時代。俺を含めた英雄達が召喚される少し前までと聞いている。

 活動を休止したのは、異世界から神剣の担い手が召喚されると聞いたから……というわけではない。

 俺が以前見た報告書では

 異世界から担い手が召喚される前に我々がと躍起になっていたが、拠点としていた村が魔物の群れに襲撃され壊滅。

 そのように記されていた。


「ああ……だが奴らは壊滅したはずだろ?」


 組織壊滅後、逃げ延びた者が近隣の村や町に潜伏しているのではないか?

 俺は過去にその疑問を晴らすため、数度に分けて調査させられた覚えがある。

 ただ時代が時代。調査対象だった村や町は、大体魔物に襲われたりして調査などしている暇はなかった。

 しかし、少なくとも助けた人間の中に自分を救世主などと言う者はいなかったように思える。


「はい、そのはずです。ですが現在我々が敵対している謎の組織は、魔人を始めとする魔竜戦役時代の負の遺産の研究を行っています」

「方向性は違えど、同じ人体実験……連中がそっちの技術にも目を付けてもおかしくはないか」

「いえ、すでに手遅れかもしれません」


 アスカは立ち上がると、ポケットから小さく折りたたんでいた地図を取り出す。

 開かれたその地図を見る限り、どうやらエストレアを中心に近隣国の一部まで記されているもののようだ。

 地図にはいくつか×印が付けられており、その印の近くにはそれぞれ矢印が書かれている。


「これは?」

「ボクを始めとする黒騎士が、これまでに黒衣の男と遭遇した場所を記したものになります。残念ながら捕獲にまで至ったことはないのですが……」

「奴らは用意周到だ。それに人を平気で爆弾として使いもする。意図的に探して遭遇出来ているなら十分な成果だろ」

「それはそうなのですが……」


 奥歯を噛みしめているあたり、もう一歩のところでいつも逃げられているのだろう。

 また黒騎士は、騎士であっても騎士団として行動する必要がない。命令こそ女王から下されるが、目的を果たすまでの手段や現場での判断は自分で決定する。

 それだけに結果が悪ければ完全に自分の責任。女王から認められた者しか黒騎士にはなれないため、そのへんも含めて精神的に来るものがあるのだろう。


「いえ、ここで弱音を吐いても仕方ありません。話を進めます……この地図に書かれている矢印は奴らが逃げた方角です。これらを伸ばしていくと……地図上のこの付近、エストレアの南西部で交わります」

「不幸中の幸いってやつだな……いや待て」


 無数の矢印が交わっている場所。

 俺の記憶が間違ってなければ、その周辺にはかつて神愛救世主が拠点した村があったはず。


「この場所はもしかして……」

「はい、ルークさんのご想像の通りこの付近には神愛救世主の拠点だった村があります。今は廃村になっているので誰も近づきませんが……」

「逆を言えば、良い隠れ家でもある。もし違ったとしても何かしらの手掛かりがある可能性はあるな」

「そのとおりです。なのでボクは準備が出来次第この村に向かおうと思っています」


 質の良い剣が要る。乱戦になるかもしれない。

 そう言っていたのはこれが理由か。だが……


「ひとりで行く気か?」

「現状はそのつもりです。騎士団の手を借りれば戦力は確保出来るでしょうが、人数が増えればそれだけ相手に察知されやすくなります。また魔人や魔物が居るかもしれません」

「今の騎士は魔竜戦役後に入った連中多い。下手に連れて行けば無駄に命を散らすだけか」

「はい。だからといって騎士団長クラスを連れて行けば、もし敵が攻勢に出た際の守りに支障が出ます」


 他の黒騎士を連れて行く手も考えられるが、元々黒騎士は表沙汰に出来ない任務を請け負っている。それだけにアスカを含め、黒騎士に任命されているのは騎士全体のごくわずかだろう。

 ひとりひとりは一騎当千の腕前かもしれないが、逆にそれは一か所を全員で調べて何もなかった場合にデメリットが多すぎる。他の場所で何かあった際、黒騎士がひとりでも居れば対応できたかもしれない。そうなることもあるのだから。

 ただ、アスカのもうひとつの頼みというものが見えてきた。

 つまりアスカは……


「……人手が足りない。だから俺に手伝え、お前はそう言いたいんだな?」

「簡潔にまとめるとそうなりますね。もちろん、無理強いをするつもりはありません。今のルークさんは実力はあっても英雄でもなければ騎士でもない。本来はボク達が守るべき一般市民なんですから」

「だったら最初から頼らないで欲しいんだが。今の話を聞けば、俺がどういう判断を下すかどうか分かってるだろ」


 少し責めるような口調で言うが、アスカはニコっと返すばかり。イイ性格に育ったものだ。

 だが……もし天使計画が未だに続いているのだとしたら。

 それはつまり、あのとき俺が生き残りを見つけられなかったということ。

 状況が状況だけに仕方がないと言われるかもしれないが、過去の見落としが現在の火種になろうとしているのであれば、俺にはそれをどうにかする責任がある。


「出発は……1週間後とか言ってたな」

「はい、正確には1日経ちましたので6日後になりますが」

「話を聞いたから言えることだが、そんなに悠長にしてていいのか?」

「それは最もな指摘ですが、先日のラディウス家の一件もあります。まずはこの街の安全を確保しなければなりません。また数日後には各地に散っていた黒騎士達も戻ってくる予定です。そこで何かしら情報が得られれば、こちらの動きも変わるもしれませんので」


 それもそうか。

 なら俺が出来ることは、6日後までにアスカの剣を用意すること。流星石を用いて鍛えた刀も数日後には仕上がる。鍛冶に専念するのが1番ってことだな。


「分かった。ならそれまでは鍛冶に専念しておく。何かあった際は伝えてくれ」

「了解です。急ぎの仕事を頼んで申し訳ありませんが、どうかよろしくお願いします」

「事情が事情だ。気にするな」

「ありがとうございます。では、また何かあったらすぐに伺いますので。何もなければ6日後に。馬車で迎えに上がります。それでは失礼します」


 手早く片づけを済ませたアスカは、一礼すると足早に外へ出ていく。

 案外暇なのかと最初に思ったりしたが、知っている情報が多いだけにやらなければならない仕事も多そうだ。

 ただそこに俺が関与するわけにもいかない。

 俺は大人しく鍛冶仕事に精を出そう。だが……何事も起こらないことだけは願わずにはいられない。



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