第8話 「シルフィとジル」

 見合い当日。

 俺はラディウス家を訪れ……何故かジルに着替えさせられていた。


「……なあ」

「何でしょうルーク様?」

「服くらいひとりで着られるんだが?」


 燕尾服に着替えるのはまだいい。

 何をさせられるのかはっきりとしていないが、立場上はラディウス家の手伝いなのだから。

 故に従者らしい恰好をするのは理解できる。

 しかし……どうしてジルが俺の着替えを手伝うのだろうか。普通こういう時はシルフィの着替えを手伝うものでは?


「何を仰るのですか!」

「顔が近い。あとうるさい」

「おっと、これは失礼……いいですか、ルーク様。今日のルーク様はお客様ではなくこの家の従者なのです。故に服装に少しでも乱れがあってはラディウス家の名声に傷が付いてしまう恐れがあります。私の使命はシルフィーナ様及びラディウス家を守ること。ならば燕尾服に不慣れなルーク様の着替えを手伝うのは当然、むしろ必然!」


 何だろうなこの違和感……。

 ジルが執事としてラディウス家のために頑張ろうとしているのは分かる。言っていることもおかしいわけではない。

 ただ……何事にも動じないこいつが熱を込めて話すのはおかしい。こんな熱が入るのはシルフィのことをからかったりするときだけだ。


「……本音は?」

「ルーク様の執事姿なんて滅多に見られるものではありませんし、男性に触れたりする機会も普段はありませんので、着替えを手伝うという名目があれば両方を叶えられると思いまして。あ、安心してください。ちゃんとルーク様の執事姿は私の脳内に永久保存しておきますので」


 何の安心?

 そんなこと言われる方が盗撮でもしているのかと不安になるのだが。

 ただその不安を口にする前に扉をノックする音が聞こえた。返事をするとひとりの女性が部屋の中に入ってくる。いつもどおり騎士の恰好をしたシルフィだ。


「ルーク殿、着替えの方は済みましたか?」

「大体はな。あとはこの執事の最終チェックくらいだ」

「あはは……ジル、あまりルーク殿に迷惑を掛けないようにしてください」

「迷惑? お言葉ですがシルフィーナ様、本日のルーク様はこの家の執事。中途半端な格好をされてはラディウス家の品格に関わります。何より……シルフィーナ様は執事姿のルーク様を見て何も思わないのですか!」


 その言い方だと君は何かしら思っているんだよね?

 だったらさ、もう少し表情にも今の心境を現わすべきだと思うんだ。声色の熱量ほど君の表情には熱が感じられないから。ポーカーフェイスを貫いてるから。


「え、いやその……そういうお姿も素敵だとは思いますが、実際のところルーク殿はここの執事ではないですし。何というか不思議な感じがして……」

「そこは最初のところだけでいいのです。その無駄な真面目さで本当に無駄です」

「無駄無駄言わないでください。これでも努力はしているんです!」


 努力してそれか……とも言えない。

 だって昔のシルフィーナ様は今よりもっと真面目だったから。

 大切なところで場をぶち壊すような真似はしなかったけど、壊していいところなら自分が納得するまで追求しちゃうような人だったから。

 今でもまだまだ真面目だけど、昔と比べたら大分マシになったというか丸くなったというか。


「まあそんなことはどうでもいいのですが」

「なっ……あ、あなたという人は」

「どうして今日も騎士の恰好をしているのですか!」


 この執事、主が全てを言う前にそのセリフを自分の物として使いやがった。

 他の貴族がこの光景を見たらいったいどう思うのだろうだろうか。まあ、この場に俺しかいないからやっているだけかもしれないが。


「人の言葉を利用しないでください! それと何故この格好のことについて注意を受けなくてはならないのですか。今日は表向きは見合いという形を取っていますが、実際は情報交換の席。騎士団長としてその任に当たっているのですから何も問題はないはずです」

「はぁぁ~」

「何ですかその深いため息は。言いたいことがあるならはっきり言えばいいでしょう!」


 え、言わないと分からないのですか? これだから我が主は……。

 そのように言いたげな顔をジルはしている。

 普段は表情があまり動かないくせに、こういうときは人一倍動くのは、もうわざとやっているとしか思えない。本当イイ性格をしている。


「では請謁ながら……シルフィーナ様の仰ることも理解は出来ますが、見合いという形式を取っているのですからそれに見合った格好をしても良いのでは? 何のためにルーク殿を側近の護衛として招いたと思っているのです?」


 普段通りの恰好で来てください。それとくれぐれも刀は忘れないでください、と前もって言われていたのはそういう理由か。

 まあテーブルマナーなんて詳しくは知らないし、英雄だった頃もパーティーなんてあまり出た覚えもないしな。

 故にこちらとしても護衛役として参加する方が気が楽で良い。無論、刀を抜くような展開にならないことを願いはするが……。


「それは……そうかもしれませんが、騎士団長として自分の身くらい自分で」

「そういう言い回しは可愛くありません」

「ぅ……」

「そもそもシルフィーナ様なら素手でも十分に自衛出来るでしょう。魔法だって使えるのですから。何より……殿方の前に出るのですからレディとしてそれ相応の恰好をするのも務めだと思うのですが?」

「うぐ……」

「私は騎士団長だから、という思考がご自身の女性としての魅力を消していることを自覚するべきです。そんなだからお弁当を作って持って行くだけで満足してしまうのですよ。同年代の方々は結婚どころかお子様だって生まれているのにまったくあなたという人は……」


 ジルさん、シルフィが自分の魅力を消してしまっているって部分には同意する。

 けどさ、後半に関しては俺にも言われてる気分になるのですが。

 ルーク様もルーク様です。シルフィーナ様の態度を見ていれば分かると思うのですが? なんて突かれている気分になっちゃうんですが。

 というかシルフィ、こっちに助けて欲しそうな目を向けるな。

 アシュリーに自分の幸せよりも騎士団長が優先なんてことを言ったんだから、この執事にもそう言い返しなさい。

 ここで俺が迂闊な発言をすると後で困ったことになるかもしれないんだから。平民と貴族が結ばれるのって色々と大変でしょ。俺にもあなたには優先すべき目標があるでしょ。


「わ、私はひとりの女である前に騎士団長ですから……ジルの言い分も分かりますが、それとこれとは話が別です」

「……やれやれ。まあシルフィーナ様らしいですが……ただ私もシルフィーナ様をからかいたいばかりにそのようなことを言っているわけではありません。半分くらいはシルフィーナ様を想ってのこと」


 それってつまり半分はシルフィのことをからかいたいから言ってるってことだよね?

 何で一流の執事を自称するのに常に会話に蛇足を付けたがるの? 主が真面目だから釣り合いを取るために不真面目を演じてたりするの?

 もしそうなら君は主様に負けないくらい真面目だよ。ある意味、主様以上に無駄な真面目さだけど。


「ラディウス家の今後や貴族としての義務も大切なのは分かります。ですが私や奥様が真に望んでいるのはシルフィーナ様個人の幸せなのです。あなたは若い頃から色々なものを犠牲にされてこられたのですから」

「ジル……」

「というわけで、まずはその格好から着替えましょう」

「え、何でそうなるんですか!?」

「今はまだ誰がシルフィーナ様と結婚するか分かりません。誰と結婚するか決めるのはシルフィーナ様がお決めになることですから。しかし、一流の執事としてシルフィーナ様が一生独り身という事態だけは避けねばなりません。故に撒けるエサは撒ける時には撒かせていただきます」


 あのさ、見合いという形式を守るに当たってシルフィが着替えるのは良いよ。

 でもそれをエサとか言うのやめない?

 着替えてエサを撒くとか……露出が多いのかなって考えちゃうじゃん。ドレスアップだけでもグッと来そうなものなのに、露出まで多かったら生々しい輝きになちゃうじゃん。

 それ以上に……今回の件が終わった後、シルフィのドレス姿を見たことがあの騎士に知られたら面倒なことになる確率が大だ。

 何故ひとつの問題が解決の兆しが見えると、違う問題が見え始めるのだろう。


「ルーク様、私はシルフィーナ様をどんな殿方でも一瞬で悩殺できるようドレスアップして参ります」

「ちょっジル!? 着替えるのは良しとしますが、あなたはいったい何を着せるつもりなんですか。私は過度な露出まで了承するつもりはありませんよ!」

「ルーク様は先に奥側の客間へ移動しておいてください。また本日は形式上ルーク様を呼び捨てにする場合もあると思いますが、それにつきましては予めご了承ください。ではシルフィーナ様、参りましょう」

「少しは私の話を聞いてください!」


 心からの訴えは空しくも聞き届けられず、シルフィはジルの思うがままに連行されていった。

 一般的な主と執事の関係としては間違っているのかもしれないが、あのふたりはあれで良い気がする。

 何故ならジルは元暗殺者。

 魔竜戦役時代に最も活躍した暗殺者のひとりであり、度々俺達とは激戦を繰り広げた。特にシルフィとは何度も刃を交えた間柄だ。

 そんなふたりが今では主と従者。

 敵対していた人間を許せるシルフィの度量もあるが、ジルも根っからの悪人ではない。それしか生き方を知らないなら、そうしなければ生きられないから暗殺者に身を落としていただけ。

 だからこそ普段の言動ではあまり思えないかもしれないが、ジルはシルフィに感謝している。

 シルフィの幸せを願っているという言葉だけは信じても良い。それだけは俺でも言える。


「……さっさと移動するか」


 もしも俺の方が遅かったりしたら絶対あの執事にからかわれる。

 いや、それだけならまだいい。

 あの執事なら仕方がないとか言いながら、常に傍に控えて屋敷中の案内をしかねない。

 そして最後には、気にしないでください未来の旦那様のためですので……なんて言うに決まっている。


「……シルフィが結婚や見合いに踏み切らないのは」


 もしかするとあの執事も理由に入っているのでは?

 シルフィの母親もなかなかに強烈ではあるが……考えるのはやめよう。うっかり口にでも出そうものなら嫌な展開にしかならない。

 そういう事態を避けるためにも今はただ職務に専念するとしよう。

 まずは奥の客間へ。

 どうか客間では面倒臭いことが起こりませんように。



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