3章ー1部 英雄と商人と魔剣鍛冶

第1話 「騒がしくも平和な日常」

 流星石を巡る旅から帰宅してからしばらく経ったとある日。

 近隣の依頼を一通り片付けた俺は、昼食を食べ終えたら流星石を使って魔剣グラムを打とうと考え、窓際でのんびりしていた。

 簡単に今日までの日々を振り返ると……



 ヴィルベルというカオスの根源が去り、アシュリーという騒がしい騎士も仕事が忙しいようで、ユウとの平穏な日々が続いていた。



 そのように報告出来ると良かったのだが……現実から目を背けるわけにもいかない。

 まず家に帰ったら改築されていた。ひとつ部屋が増えていた。

 多少のことでは動じない自信があったが、今回ばかりはさすがの俺も数秒思考が止まったね。誰がやったのかすぐに察しはついたけど。ただその犯人はご丁寧に



 ふ……気に入ったか?

 まあこの手紙を見ているのはずいぶん先の話だろうが、今回の経緯を語ってやろう。何でも今貴様は獣人の少女と暮らしているらしいではないか。が、貴様の家には客間はあれど、その子の部屋がない。それは今後を考えるとよろしくない。

 故に今回の依頼の報酬というわけでもないが、我がその部屋を用意してやることにした。

 別に気にすることはない。

 我と貴様の仲だからな。それに……ずっと一人暮らしだった貴様に家族のような存在が出来ることは、友である我ともしても実に喜ばしい。

 まあ友以上の関係を目指しても構わんがな。

 万夫不当と言われる我もひとりの女であり……そこそこにイイ年齢だ。立場上の問題も出るだろうが、そのへんはどうにでも出来よう。何故なら我はこの国の女王だからな!

 話が逸れてしまったが、今回の改築は礼には及ばん。

 貴様が程度に顔を見せに来るだけで良い。あまりに見せに来なければ……ふ、察しの良い貴様なら分かるだろう。

 また何かあれば連絡する。それまでは自由に過ごすが良い。



 なんて内容の手紙がテーブルに置かれていたよ。

 客観的に見れば……非常にありがたい話だと思う。うちは一人暮らし用に設計された家だし。だから自室、リビング、工房はそれなりに広い間取りになっているが、厨房や客室は狭い。特に客室なんて寝るだけのスペースだしな。

 身体と心の傷が癒えるまでの居候。

 そのはずだったわけだが……現状ユウに出ていく素振りはなく、家族のように俺が鍛冶に打ち込めるように助けてくれている。

 故にユウには何かしてやりたい気持ちはあった。だから部屋を無償で作ってくれたのはありがたい。ありがたいことなんだが……


「……やはり釈然としない」


 一言断りを入れるなりにしろ。礼には及ばんとか言いながら暗に顔を出すのが条件になってると思うんですが。何より一国の主が権力振りかざすような発言をするな。

 事を天平に掛けたらメリットの方が大きいと分かっている。それでも少し考えただけでも文句が次々と浮かんでくるあたり……もう考えるのはやめにしよう。


「ルーク、飯出来たぞ~」


 その声に俺は窓際で物思いにふけるのをやめ、パンやスープなどが並べられたテーブルの方に移動する。

 先日の旅の間にシルフィから色々教わったのか腕が上がったようだ。このペースだとそうしない内に俺よりも上になるだろう。


「ねぇねぇ先輩、今日も美味しそうな昼食だねぇ。ずっとこんなの食べたなんて先輩ずるい」

「ずるいって何よ。少し前まで傭兵やってたあんたが悪いんでしょうが。というか、あたしのおかげでこうしてここの昼食にありつけるんだから感謝しなさいよね」

「感謝すべき相手は先輩よりもお兄さん達だと思うんだけどぉ……まあ別にいっか」


 これは向かい側に座っている新米騎士2名の会話である。

 本来うちは俺とユウの2人分しか食事の用意はする必要がない。ただテーブルには4人分の食事が並んでいる。

 巨乳の方は前からタダ飯にありつこうとしていたからまあいい。良くはないがユウも巨乳込みで作ることが多いので良しとしておく。

 が、最近は巨乳の悪影響を受けた白髪まで来るようになった。こいつらはうちを食事処と勘違いしているのではなかろうか。ここよりも美味い店はいくらでもあると思うんだが……。

 そんなことを考えている内に全員で食前の挨拶を済ませ、各々のペースで食べ始める。


「……なあルーク」

「ん?」

「すげぇ今更なんだけどよ…………何でこいつらはうちで飯食ってんだ? 最近は白いのも増えてるし」


 実に今更である。

 普通は初回に言うべきことだ。自分の部屋が出来たことで多少のことを気にならなかったのか、タダ飯食らいの騎士という認識で諦めつつあるのか。何にせよ本当に今更である。


「まぁまぁ狼ちゃん、狼ちゃんとウチの仲でしょ。気にしない気にしな~い」

「オレとお前って親しくなる機会あったか? 正直こっちとしては、まだバカ女の方が親しく思うぞ」

「ユウが……ユウがあたしにデレた!? デュフフフ……ユウ、あんたっていつもツンケンしてるけど、本当はあたしのこと好きなんでしょ? あたしのことお姉ちゃんって呼びたいとか思ってんじゃないの~?」


 気持ち悪いくらい緩み切った笑顔である。

 この騎士の表情筋はどれだけ緩みきっているのだろう。というか、シルフィ一筋ではなかったのか。


「べ、別にてめぇのことなんか好きじゃねぇし! てか何がお姉ちゃんだ。勝手な想像すんなよな!」

「またまた~素直じゃないなユウは。まあそこも可愛らしくもあるんだけど」

「やべぇ、やべぇよルーク! こいつ、あの変態エルフの影響か変になってんぞ。率直に言ってすげぇ気持ち悪い!」

「変態エルフの影響がなくても気持ち悪いから安心しろ」

「おいそこのむっつり! それはどういう意味じゃい!」


 さっきあれだけだらしない顔でハァハァしてたのに説明の必要ある?

 でも誤解がないようにむっつりって言葉の説明だけしておこう。

 近年では、周囲には真面目に振る舞ってエッチなことに興味がないように振る舞っている者。そのように思われがちだが、本来は口数が少なく愛想がないことという意味だ。

 つまり、本来の意味で使っているならば俺が怒る理由はない。他人より口数が少なくて愛想がないのは自分でも認めているからな。


「少しは手を止めるなり、あたしの方を見んかい! 気持ち悪いってどういうことか説明せんかい我ぇい!」

「まあまあ先輩、落ち着いて。確かに先輩は可愛い女の子だよぉ。おっぱいも大きいしぃ、お尻も弾力とハリのある安産型。顔だってそれなりに整ってるわけで、先輩みたいな子が好きな人は結構いると思うよぉ」

「ちょっハクアさん!? たたた助け船出してくれるのはありがたいんだけど、そう真っ直ぐな言い方されると何か凄く恥ずかしいんですが!」

「でもぉ~時たま気持ち悪い。でゅふふふ、とか笑いながらハァハァする先輩は凄く気持ち悪いよ」


 ダウナー系後輩からの会心の一撃。アシュリーはイスから立ち上がって胸元を押さえて苦しむと、盛大に床に崩れ落ちた。見ても聞いてもうるさい一幕である。

 それでも誰も手を止めずに食事を進めるあたり慣れてしまったのか。ここで飽きてしまったと言わないのは俺なりの優しさである。


「先輩、いつまでそうしてるつもりなのぉ? さっさとご飯食べたら? そういうのってあんまりやると飽きられるだけしぃ」

「食べます、食べますよ、食べればいいんでしょ! あぁそうですよ、どうせあたしは面白さしか強みのない女ですよーだ」

「ウチ、そこまで言ってないんだけどぉ。先輩って少し被害妄想強いよね。そういう女って男の人は面倒臭いって思うんじゃないかな」


 ハクア、お前なりにアシュリーと打ち解けようとしているのは分かる。打ち解けてきているのだと、お前達のやりとりを見ていれば分かる。

 だがしかし……お前の言葉はアシュリーさんにはクリティカルだよ。本心で言っている感じに聞こえるから急所に入り過ぎだよ。故にアシュリーさん涙目。

 泣いたら絶対うるさいぞ。剣の腕は三流でも大声だけなら一流だし。そうなったら責任持って連れ帰れ。さもないと今後うちの敷居は跨がせん……勝手に跨ぎそうだけど。言って聞くようなら俺もこんな気苦労しないし。


「ぐぬぬぬ……後輩のくせに。あたしと同じでタダ飯に預かってる立場のくせに」

「確かに似たようなもんだがバカ女よりはマシだぞ。だって何かしら差し入れ持ってきてるし」

「え……?」

「この前はチーズで昨日は干し肉、そんで今日は酒だな。食べ物はともかく酒はルークしか飲まねぇけど」


 俺も普段は飲まないけどな。

 それなりに飲める方だが、酔ってもそこまで性格変わらないし。頭の回転が鈍るだけだからあまり酔ってる状態好きじゃないしな。それに……クソジジィに強引に飲まされて吐いたことも何度かあるし。

 故に基本的に酒は付き合いで飲む程度にしている。酒は飲んでも飲まれるな。人様に迷惑を掛けたくないならこれを心がけるべきだ。


「ハクア……何であんたはそうやる気がない顔をしておきながらさりげなく出来る感じを出すのよ! おかげであたしがダメな子みたいじゃない。騎士団の方でも何かあたしよりハクアの方が良くね? みたいな感じになってきてるじゃない!」

「えぇ~それただの逆ギレ。人様の家でご飯もらうなら何かしら持っていくものでしょ? というか、先輩がダメなのは先輩個人の問題だしぃ。ウチは新参者だから真面目に仕事してるだけなんだけどぉ」


 ぐうの音も出ない正論である。

 何故こうもアシュリーさんはダメダメなのだろうか。口を開けば開くほど年下よりへっぽこぶりが露見するのだろうか。


「まぁ、そのお酒に関しては酒場のお姉さんからお兄さんにって預かっただけなんけど。ちなみにそのお姉さんからお兄さんにお手紙も預かってま~す。はいこれ」


 差し出された手紙を受け取る。

 裏面を見ても差出人の名前は載っていない。ただ俺には利用する酒場は限られており、また手紙に押された印を見ても差出人はあいつだろう。

 最近顔を出してないから催促のつもりなのか。ともあれ読んでみるしかないか……


「……ちょっと待って。今ハクア、酒場のお姉さんって言ったよね?」

「言ったよぉ……あ、もしかしていつもの彼女面が始まるのかな?」

「ちげぇし! というか、いつものって何? あたしはそんなことした覚えないから。話の腰折るのやめてくれる!」

「先輩ってこういうときだけ素直じゃないよね……あぁ~うん、ウチが悪かったよ。話を聞くから続けて」


 物分かりが良い後輩だ。

 これまでの経歴はあれだが、正直猪突猛進なアシュリーさんより良い女なのではないだろうか。手紙を読んでるから口には出さないけど。


「ねぇハクア、あんたってあたしより年下よね?」

「多分ね」

「多分って……前にあたしのひとつ下とか言ってたじゃない」

「それはそうだけどさ。ウチは物心ついた時から天涯孤独だったし、自分の誕生日とか知らないもん。だから見た目と自分が生きてきた時間から判断するしかないじゃん……あぁ~このスープ美味しい。家庭の味がするぅ」


 場の空気を重くしないためかハクアの口調は、普段どおり無気力かつ間の抜けたもの。正確には、食事で幸せになっているのかいつもより軽やかかつ感情的だった。

 ハクアなりに周囲への配慮を考えての行動かもしれない。もしくは単純にマイペースなだけかもしれない。

 ただ……それでもアシュリーはこう言いたそうな顔をしている。

 あんた天涯孤独って言ったじゃん! なのに家庭の味がするってどゆこと!


「…………話を続けるわ。とりあえずあんたってあたしより年下ってことになってるわけじゃない?」

「そうだねぇ」

「なのに何で酒場のお姉さんと知り合いなの? ルーくんは……まあこんなだけど大人だから知り合いが居てもおかしくないけどさ。まさかあんた……」

「いや~世の中には付き合いってものがあるじゃん」

「あるじゃん、じゃない! 確かにそういうのはあるけど付き合っていいものと悪いものがあるでしょうが!」

「大丈夫だよぉ、ウチはミルクしか飲んでないし。それに誘ってくる大体お爺ちゃんだし」


 ハクアの言うお爺ちゃんというのは、皆さんご存知である騎士団長のガーディスである。

 故にアシュリーは何も言えない。頭を抱える事しかできない。

 俺ならハクアみたいな子供じゃなくてそのへんの若い連中を誘えと言う。ガーディスからすればむさ苦しい連中だけなく、若い女とも飲みたいのだろうが。

 しかし、ハクアなら酒を飲んでもおかしくないと思っていたが……ミルク、ミルクか。もしかしてアシュリーを見て思うところが……天然物相手にあれこれ考えるのは精神的に悪いだけだと思うのは俺だけだろうか?


「ところでお兄さん、手紙の内容どんなだったの? もしかして恋文? 告白でもされたのぅ? ねぇねぇ教えてよ~」

「何でお前に教える必要がある?」

「だってぇ~酒場のお姉さんすっごい美人だったし。お兄さんに気がある感じだったんだもん。ウチはお兄さんの愛人でも良いとは思ってるけど、やっぱり女の子だから気になるじゃん」


 知らんがな。

 というか、愛人でも良いって何だ。俺にはそんな気持ちはさらさらないぞ。冗談でも肯定的な言葉を口にしたらお前の隣に居る騎士様に何かされそうだしな。


「別に大した内容じゃない。たまには飲みに来いって催促だけだ」

「ほんとにぃ?」

「本当なのか?」

「本当のところどうなの? はっきり答えて!」


 ……何なのこの状況。

 何で俺は手紙ひとつでこんなに質問されるわけ?

 いやまあ確かにこの子達は年頃の女の子だけど。でもさ、恋の話なら俺よりもシルフィを対象にした方が良くないですか?


「はっきりも何も今言ったとおりだ。それとごちそうさま」

「あ、ちょっ話はまだ終わってないんだけど!」

「いや終わってる。それに俺は暇じゃない。お前もさっさと食べて仕事に戻れ。動かないと胸や尻ばかり育って騎士として成長しないぞ」

「言わんでも動くわぁぁッ! つうか人が気にしてること言ってんじゃねぇ、下着代も馬鹿になんねぇんだぞこんちくしょぉぉぉぉう!」

「……いやはや、今日も平和だねぇ」


 白髪、スープを飲みながらしみじみ言うな。こんな日常は平和じゃねぇ。

 と言いたくもなるが……こんな日常が続くことが平和なのも事実。ここ最近物騒な事が多かっただけに今はこんな日常でも良しとしておこう。



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