最終話 「少女との約束」
謎の集団を討伐し、流星石を無事に手に入れた俺達は帰路に着いた。
とはいかない。死体の後始末や魔物の検証、生き残った奴隷達の対応とやることは山ほどあったからだ。
とはいえ、俺達だけでは限界がある。
そのため、最も騎士の数が多く首都の方へ応援も呼べる国境の屯所まで奴隷達を誘導することにした。
あの傭兵達はこちらの動きを知っていた。おそらく黒衣の男、または関連する何者かが情報を与えていたのだろう。
ただ今回の遠征を知っていたのは、俺達を含めエルザなどの一部の人間のみ。情報が漏れるとすれば内部に敵の協力者が……。
そのような可能性は十分にある。それだけにまた襲撃があるのでは、と危惧していた。だが
「あぁ~……疲れた。……やっと帰れる」
実際は何事も起こらず、無事に奴隷達を送り届け引継ぎも終わらせることが出来た。
ちなみに今発言したのは馬車の後ろで、ケツを叩いてくれと言わんばかりに尻だけ突き上げた体勢で項垂れている巨乳騎士様。皆さんご存知のアシュリーさんである。
私服姿なのでアシュリーさんの立派に育った大きな胸は、体重で潰れつつも弾力に富んだ姿を見せつけている。ただ無気力にだらけきった顔が実に魅力がない。
まあそもそも、年頃の娘ならスカートでケツを突き上げるなと言いたいが。そんなんだから身体に比例する色気が身に付かないんだ。
「ルーくん、何か返事くらいしてよ」
「何で俺がしないといけない?」
「だってルーくん以外はお寝むじゃん」
確かにその言葉を裏付けるように小さな寝息がふたり分ほど聞こえてくる。
俺とアシュリーが起きている時点で分かるだろうが、シルフィとユウである。互いを抱き締めるように寝ている姿はまるで親子のようだ。
ユウはともかくシルフィが寝ているのは意外と思うかもしれないが、奴隷達の世話や騎士達への指示、今後の対応の仕方など……この数日の間、最も忙しかったのは彼女である。
その半分も働いていないアシュリーですらぐったりしているのだ。昼間から寝てしまっても誰も文句は言えないだろう。
「ならお前も一緒に寝たらどうだ?」
「それが出来るなら苦労しないっていうか、ルーくんなんかに話しかけてないし」
人が会話に応じてやっているというのになんか呼ばわりか。
まあ……別にいいけど。今更それくらいでどうこう言うつもりはないし、そういう態度を取るならこっちも言葉選ぶ必要もなくなるし。
「ほらあるんじゃないっすか? 疲れてても頭だけ冴えてる感じ。今のあたしはまさにそれなのですよ」
「お前の状況は理解したが、疲れのせいか口調がヴィルベルみたいになってるぞ」「なっ……あのクソエルフ、いなくなったと思ったらそんな毒牙をあたしに仕掛けていたとは」
単純にあなたがそのクソエルフに似ているところがあるからでは?
ほら、あなたもあいつもノリと勢いで生きてるところあるし。性癖もあなたはシルフィ、あいつは魔石に……って感じで暴走する時は似てるとも言えなくない。
ちなみに今話題に出ているクソ変態エルフことヴィルベルさんですが数日前に
『流星石も手に入ったし、ヴィルベルさんはここでおさらばするぜ! だって世界中の魔石や魔剣がヴィルベルさんを呼んでるから。呼んじゃってるから。ヴィルベルさんがいないとダメェ~♡ ってなっちゃってるから! というわけで
と、捲くし立てるように一方的に別れを告げると空に帰って行ったよ。
風魔法で飛べるのは知ってたけどさ、飛べるなら俺達と一緒に行動しない方が世の中の魔石や魔剣に会う時間が出来たのでは? でもきっと、ひとりで居るのが寂しくなってたんだろうな。
そのように俺は人知れず結論を出しました。
異論は今度本人と顔を合わせて覚えていたら本人の口から聞くことにしよう。多分その頃には覚えてないだろうけど。
「とりあえず起きてるならその姿勢はやめろ。一応年頃の女だろ」
「一応って何よ一応って。あたしはれっきとした年頃の女の子なんですけど……そっち行っていい?」
「好きに……」
……言い終わる前に横に来てるし。
「…………」
「…………」
「………………」
「………………」
…………しゃべんないの?
そっちからこっちに来ていいか、と聞いて承諾する前に来たのにまさかの無言。これは俺から話せというフリですか。そうですか。
というか、何でこいつは妙にこっちをチラチラ見ながらモジモジしてんの?
「……小便でもしたいのか?」
「ちげぇし! 唐突に何を言っとるんじゃ、こちとら年頃のレディやぞ? 一応扱いかもしれんけど少なくともレディなんやぞ。なして便意の話になるんじゃい!」
「トイレを我慢しているような子供みたいだったから」
「そうですね! 発育が良い割に色気が全くないあたしがモジモジしてたらそうなりますよね。見かけ倒しの色気のないガキで悪かったなこんちくしょうぉぉッ!」
「うるさい。黙れ。耳元で叫ぶな」
情緒不安定か。
でもそれはある意味平常運転。だからどうでもいいとして……女の子みたいにポコポコ殴るのやめてくれない?
「手綱を持った人間を殴るのはやめろ。お前の怪力でラッシュされたら腕が折れる」
「折れねぇ程度で殴ってんだろ! あたしのこと何と思っとんじゃい!」
ゴリラ。
なんて言ったら本気で殴られるかもしれないのでやめておこう。あっちの世界での使われ方も浸透しているものはしているし、こいつは直感的に悪口と判断しそうだから。
無難なところで言えば……ヲタクだろうか。
迫り方とか捲くし立ててしゃべるところとか割と似てる気がするし。ただアシュリーさんには伝わらないと思うので
「実に女らしい身体つきなのに女らしくないことを売りにしている女」
「別に売りにはしてねぇから! これでも人並みに料理とか出来るんですけど!」
「ならうちでタダ飯もらうのやめろよ」
「そ、それは……食事はひとりで食べるよりみんなで食べる方が美味しいといいますか、食費削減に尽力している次第でして……すんません。ルーくんやユウの作った方が美味しいんです。美味しいものを食べたいと思ってしまうんです」
そこで誤魔化そうとするけど素直に白状するあたり、お前の心の清らかさだけは認めてやる。
「…………で?」
「で?」
「そこで首を傾げるな。何か話があるからわざわざ隣に来たんじゃないのか?」
「それはその……そうなんすけど。いざ話すとなると気まずいというか、恥ずかしいというか……」
若干あのエルフが重なって見えるのは俺が疲れているからか?
いやきっとそうだ。そうに違いない。久しぶりにあの強烈な奴と長時間一緒に居たわけだし、ノリと勢いのアシュリーに影を見てしまうのも無理のない話だ。そうしておこう。
「ヘタレ」
「ヘ、ヘタレじゃねぇし! ただ人並みに羞恥心あるだけにだし。ルーくんに対しても最低限度は異性として意識してやってるだけだし!」
「そいつはどうもありがとう……それで?」
「いや、だから……少し待てつってんだろ。あたしにだって心の準備ってものがあるんだよ」
それくらい分かれよな?
みたいに対等な感じの彼女面するのやめてもらっていいっすか。俺も最低限異性として意識してやってるけど、彼女にして良いとか思ってないから。大体さ、心の準備がどうのって言うなら出来てから隣に来なさい。
「やれやれ……お前、魔竜戦役の頃に俺と何かあったのか?」
「おぅ~ふ……ルーくん、いやルークさん。凄まじいまでにド直球すね」
「回りくどく聞く理由もないしな」
「ですよねー……その潔さ憧れるっす。でも準備の出来てないあたしには別の意味でも痛恨の一撃。マジで少し時間ください」
まったく……仕方ない奴だなお前は。少しだけだぞ。
なんて言ってあげません。だって今のアシュリーさん、何かヴィルベル感があるんだもの。
このまま進めると支離滅裂になるのではなかろうか。
だから大人しく待ちます。アシュリーさんの心の準備が終わるまで待ちます……ただ数十分も経過したらさすがに威圧する。ヘタレにも限度があるから。
「………………ルーくんてさ……魔竜戦役の英雄なんだよね?」
「ああ」
「……誤魔化したりしないんだ」
「今更誤魔化す意味もないだろ」
アシュリーがバカだと思うことはある。
だが何度も元英雄などと耳にしている現状で誤魔化すことが出来るバカだとは、さすがの俺でも思っていない。
「それは……まあそうだけど」
「話し始めた割には歯切れが悪いな。当時俺と何かあったのか?」
「いやだって……あたしとルーくんの関係が変わるかもしんない話題だし。むしろルーくんはグイグイ来過ぎ」
「お前が踏み込めないなら俺から踏み込むしかないだろ」
アシュリーときちんと話すと決めた。
もしも当時俺とアシュリーとの間に何かがあったのならば、彼女には俺に対してその想いをぶつける権利がある。そして俺には、それを受け止める義務がある。
「日頃素直なお前がそこまで言い渋るってことは、俺とお前との間には何かしらあったんだろう。だが……俺にはお前との間に何があったのか分からない。俺は当時孤児になった子供を数えきれないほど見た。だから俺にとって、当時のお前はその中のひとりに過ぎない」
突き放すような言い方かもしれない。傷つける言い方なのかもしれない。
だが俺には……人や魔物を斬り捨てるために意識を割いていた俺には、断定できる記憶がない。
金髪の孤児は確かに居た。
しかし、この世界の住人の髪色は色彩豊か。しかも金髪や銀髪はその中でも占める割合が高い。また魔竜戦役で見た孤児の数は、数十どころか数百に上る。
それだけに記憶にある孤児の姿は、どれも霞がかって朧気だ。それならば下手にアシュリーのような子供を見たと言うよりも正直に話す方が良いだろう。
「そっ……か。……うん……そうだよね。あたしだってあの頃は同じ境遇の子をたくさん見たし。あちこちで戦ってたルーくんはあたしの何倍も見てるもんね……」
「誤解がないように言っておくが、だからこれ以上何も言うなとか別に許せと言ってるわけじゃない」
「え……」
「俺は英雄という肩書きを7年前に捨てた。が、英雄としての過去を捨てた覚えはない。俺に覚えがなくてもお前には何かしらあるんだろう?」
それが感謝なのか恨みなのか。アシュリーの態度からは予想がつかない。だがこれだけは言える。
「お前は……お前の中にあるその想いのまま最後まで言えばいい。どんな罵倒されようが俺は最後まで聞く。それが過去英雄だった俺が果たすべき責任であり、今のお前に出来る唯一の償いだ」
「え……あ、その、あの……凄く真剣に聞いてくれるのはありがたいし嬉しいんだけど。その言い方だと何だかあたしがルーくんに恨みでもあるように聞こえるわけで。あたしが言いたいのはむしろ感謝と言いますか……」
純粋に恥ずかしそうに頬を赤く染め、両手の指を絡めるアシュリーは……素直に可愛いと思った。ノリと勢いでの言動が減れば、惹かれる異性も増えそうだと確信できるほどに。
「ただ……それなら素直に言えって思うかもしれんないんだけど。正直に言うと……昔あたしを助けてくれた人がルーくんだって確信がなくて」
「…………」
「いや、えっと、その! ルーくんっぽいとは思ってるよ。でもあのときは魔物に襲われてていっぱいいっぱいなところもあったし……ちゃんとその人の顔を見たえでもないし。だから……ルーくんに言っていいものか分からなくて」
どうしたらいいかな?
そう言いたげな実に女子らしい上目遣いで見ないでくれ。お前の方まで曖昧で言っていいものか分からないなら俺が分かるはずもない。
「……はっきりと言っていいとは言えん」
「だ、だよね」
「ただ……お前が言いたいなら言えばいいし、聞きたいことがあるなら聞けばいい。お前の過去や今後にも関わる話だ。答えられることは答えてやるよ」
「ほんと? ほんとに?」
「ああ」
「じゃあ……えっと、その、ちょっと待ってね!」
そこまで慌てて考える必要もないと思うんだがな。
どうせ家に戻るまで数日は掛かる。その間よほどのことがない限り、話す機会はいくらでもあるだろう。まあユウやシルフィが起きている間は話しにくいことかもしれないが。
「……まとまったか?」
「う……うん」
「その歯切れの悪さは何だ? 本当はまとまってないのか?」
「いやその……まとまってないかと言われたらそうだけど、聞きたいことは浮かんでる。ただ……」
「ただ?」
「聞いたらルーくん怒るかなって……」
この場で真っ先に人を怒らせるかもしれない質問を考えるお前の思考に怒りたいんだが。
「はぁ……とりあえず言ってみろ」
「怒ったりしない?」
「それは内容次第だ。ただ……大抵のことじゃ怒らないって約束してやるよ」
「絶対だからね! 急に怒ったらあたし泣くから。泣いてシルフィ団長にあることないこと言ってやるから!」
なぜ優しくした途端、それを無下にするような返しが来るのか。
真面目な話をしてなかったら絶対怒ってた。怒るとまで行かなくても文句のひとつはこぼしてたと思う。
さっきは可愛いだとか思ったけど、やっぱり俺とこいつは人間性的に噛み合わないのかもしれない。
「じゃあ言うね。えっと……ルーくんはその英雄なわけじゃん?」
「ああ」
「でも今はその肩書きを捨てて……名前とかも変えてるよね? 英雄の人達の大半って今のルーくんみたいな名前の響きじゃなかったし」
「そうだな……で?」
「だからその……別に今のルーくんを否定したりするつもりはないし、過去を聞きたいとか言うつもりはないんだけど。ただルーくんはあたしを助けてくれた英雄かもしれないわけで……」
前置きが長い。
あと怒らないって約束したんだから顔色ばかり窺ってないで、さっさと本題に入りなさい。
そう切り返せないのが地味にストレスである。やっぱアシュリーさんってヘタレだわ。
「だからね、ルーくんの……あなたの英雄だった頃の名前が知りたい。知っておきたい。だから教えて……ください……」
……まだ何も言ってないのに若干泣きそうな顔で視線を逸らすのやめてもらっていいですか。
ここだけ見られたら俺が悪人みたいだから。不意にシルフィが起きて見られたら後々面倒になるから。
だから……素直に教えてやろう。
「……言いふらしたりするなよ」
「え……教えてくれるの?」
「答えることには答えるって約束したからな。ただそっちも約束しろ。このことは秘密にするって」
「うん、約束する。絶対言いふらしたりしない」
「約束したからな。いいか? お前を助けたかもしれない英雄の名前は……」
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