第5話 「近づくにつれ……」

 あれから数日。

 ヴィルベルの半ば強引な加入で実に波乱な日々だった。

 カオスの申し子であるヴィルベルがあることないこと口にするせいで、騎士様方に何度厳しい目を向けられたことか。

 アシュリーはともかく、シルフィは真面目で普段優しいだけに怒りしか宿ってない笑顔を向けられると肝が冷えた。

 こういうとき何故女は、男の方が悪いと先に思うのだろうか。

 まあ……それも昔の話。

 いくつもの苦難を乗り越えたことで、俺ではなくヴィルベルの信用はガタ落ち。

 今では誤解を招くようなことを言っても俺が疑われるより、ヴィルベルが嘘や適当なことを言っていると思われるようになった。

 今後のことを考えると先行投資に成功したと言えるのかもしれない。


魔剣鍛冶グラムスミス~、ひま~ひまだよ~。ヴィルベルさん暇なのです~」


 ヴィルベルは、やる気のない声を出しながら俺の背中に寄りかかってくる。

 馬車を扱ってる人間にそういうことをするな。

 と言いたいが……言っても無駄なのが分かっているあたり、俺はヴィルベルに対してやる気がないのかもしれない。


「もう目的の山脈近くに来てる。馬車ではそこまで行けないんだから暇だ暇だって言ってないで休んでろ」

「いや~無理っしょ。それは無理な相談っしょ。ヴィルベルさん、もう大人ですよ? ワンちゃんみたいに育ち盛りの子供ではないんす。寝れるわけないじゃないっすか」


 休めとは言ったが、別に寝ろとは言っていない。横になって大人しくしてろって意味で言ったんだ。

 まあ……この揺れで寝るのも難しいかもしれないが。

 あと1時間もすれば、山脈の入り口に到着する。人があまり訪れない地域なだけに道は舗装されておらず、大きめの石も落ちているだけに馬車の揺れはなかなかのものだ。

 そんな中……


「んぅ……るぅく……」


 ユウはシルフィの膝を枕にして熟睡している。

 ちなみにシルフィは寝ているユウの頭を優しく撫でており、シルフィLOVEのアシュリーさんはユウに嫉妬めいた視線を向けている。子供にやきもちを焼くなと言いたい。

 大体ユウは子供。大人に甘えていい。甘えるのが普通だ。

 確かにユウは、年齢以上にしっかりした一面がある。

 世話になっているからと家事は自分がする。俺は鍛冶の方に専念しろ、と言ってくるのだから。

 ただ無意識に気を張っているところもあるのだろう。

 だがらこそシルフィの傍に居る時、ユウは見ていて子供らしい振る舞いが多い。おそらく無意識にシルフィに母性を感じて甘えているのだ。


「なら同じ暇人のアシュリーにでも絡んでろ」

「え~ボインちゃん……仕方ないなぁ」

「仕方ないなぁ、じゃない! 何で上から目線なわけ? この状況で言えば、あたしがあんたに構ってあげる感じよね。なのに何で頼んでもないあたしがそっちに構ってってお願いしたみたいになってんの!」


 普段言い負かされる立場のアシュリーがまさかの正論。

 ユウにシルフィを取られ、羨望や嫉妬で一杯。だけど自分より年下、ましてや子供にその激情をぶつけるのもカッコ悪い。

 というか、そんなことをすれば十中八九シルフィに怒られる。

 なので容赦なく当たっても問題ない変態に行き場のない感情ごとぶつけているだけかもしない。


「はあぁ~」

「何でそっちが溜め息吐くの! 吐きたいのはこっちだから!」

「そこ、そゆとこなんだよね」

「どゆとこじゃい!」

「だからそゆとこぉ~」


 やれやれと言いたげにヴィルベルはより俺に体重を預けてくる。

 何でこうも俺の周りには常識の欠けた奴が多いのだろう。普通異性に対してこういうことやってきますかね。こういうことをするから男って生き物は勘違いするのに。

 大体言っても無駄だろうから口には出さないというか、言ったら余計に面倒になるから言わないけど、この変態金髪エルフは俺を何だと思ってるんだろうね。俺はお前の彼氏でもないんですけど。故に


「おい変態、重いから寄りかかるな」

「魔剣鍛冶よ、ヴィルベルさんも変態だけど一応レディなのですぞ。レディに対して重いというのはやめていただけますかな? 重いと言っていいのは、ボインちゃんみたいに恋愛初心者で初恋相手にのめり込んでウザがられそうな人だけ」

「何で今の流れであたしを蔑むのかな! あんたが背中を預けてる無愛想な男に言うべきところでしょうが。大体誰が重そうな女よ、あたしはこう見えても献身的だし。ルーくんみたいな男でも好きになったら尽くせるし!」


 アシュリーさん、あなたも俺のことを蔑んでます。

 あなたの言葉を借りるなら今の流れで俺をディスるのはおかしいのでは?


「だ~か~らそういうことなんだよね。ボインちゃんってさ、基本的に良いんだよ。ヴィルベルさんの言葉に何かしら反応してくれるから。でもさ、何にでも大声やデカいリアクションばかりだとさ……」

「な……何よ?」

「何ていうか、毎日見てると飽きるよね。ぶっちゃけ楽しくない。面白みに欠ける。ヴィルベルさんは失望した」

「誰もあんたを楽しませるためにやっとらんわぁぁぁぁあぁ!」


 不意に背中に感じていた重さが消えたかと思うと、凄まじい打撃音とほぼ同時に前方に何かが飛んでいった。

 それは『く』の字型の姿勢で凄まじく回転しており……気が付けば馬車の方へ戻ってきていた。

 まさかの人間ブーメラン、いやエルフブーメランである。


「え……えええぇぇぇッ!? いやいやいや、おかしい。人間の出来ることじゃ……って、人間じゃなくてエルフだった。いやいやでもエルフだろうと絶対におかしい!」

「おいおい、ヴィルベルさんのことを化け物みたいな言い方はひどくないかい? ヴィルベルさんにだって心はあるんだぜ……キリッ」

「その顔がうぜえぇぇぇぇぇッ!」


 唸る剛腕。

 また何かが前方に吹き飛び……戻ってきた。

 このふたり、コンビでも組んで曲芸師になった方が良いのでは?


「あのさぁボインちゃん……確かにヴィルベルさんもちょこ~とばかし悪かったよ。ほんのばかし言い過ぎたかなって思う。反省してる。でもさ……岩をも砕けそうな拳を打ち込むってどうかと思う。2発も撃ち込むとはどうかと思う」

「ちょこ~とでもほんのばかしでもないとは思うけど……確かにあたしもやり過ぎたかなって思う。でもさ、これだけは言わせて……」

「何ぞ?」

「あんた……何でいつもいつも無傷なの?」

「それはほら、ヴィルベルさんって天才だし?」

「それで済む話じゃ」

「うっせぇ!」

「――ねぇグヘォッ!?」


 眠りを邪魔された狼少女の一撃がアシュリーの腹部を襲った。

 私服姿かつ無防備だけにその威力は100%のまま伝わる。またイイところに入ってしまったのか、アシュリーさんは若干悶絶気味だ。


「……何すんのよこの犬っころ!」

「あぁ? こっちが寝てるの分かってるのによ、てめぇがぴーちくぱーちく騒いでんのが悪いんだろうが!」

「それについてはごめんなさい! でもあたしより悪いの居るから。先に吹っ掛けてきたのあの変態エルフだから!」


 やれやれ……何で次から次へと騒がしくなるのか。

 静寂な時間なんて寝る時だけじゃないか。ヴィルベルは流星石を手に入れれば風のように去るだろうが……

 ……去るよな? 俺達と行動を共にする理由はなくなるよな?

 もし帰りまで居座ったら俺は精神的に我慢の限界が来そうなのだが。目的の流星石全てを渡してでもどこかに行くように頼むかも……そうなれば本末転倒も良いところだが。


「……何故火種を作ったお前が隣に来る?」

「いや~ヴィルベルさんも女だから。たまには~男の人に甘えたいっていうか♡」

「キモい」

「キ、キモっ!? おおおおいそれは直球過ぎるというか、さすがのヴィルベルさんも傷ついちゃうぞ。玄武鋼みたいなハートがブレイカーしちゃうぞ!」


 魔石というか魔鋼の中でも最も頑丈な部類に入る玄武鋼をブレイカーって……。

 そもそも、そんなハート持ってるならブレイクなんてされないだろ。アシュリーが物理的に思い切り殴ってもビクともしないわけだし。

 

「……ところで美人団長さん。このヴィルベルさんの背後に立つとは何事かな? 何か言いたいことでもあるんですかい?」

「口調を安定させてください……いえ、これは今は置いておきます。ヴィルベル殿、あまりとやかく言いたくはありませんが、もう少し自重してください。今みたいに好き勝手されるとみんな迷惑です」


 真顔で堂々と迷惑と言えるシルフィさんってカッコ良いよね。

 あっちの世界なら絶対クラス委員か風紀委員してるよ。それで多分慕われる一方で陰口叩かれちゃうだろうね。常に正しい選択をして正しいことが出来る人ってなかなかいないから。


「切れ味がパネぇ……この美人団長さん、言葉で人を殺せる」

「人聞きの悪いことを言わないでください。私より口や言葉が汚くて鋭い人は世の中にたくさんいます」


 そうだね。でもシルフィさん……

 口や態度が悪い奴から言われるより、シルフィのように礼儀正しい感じから流れるように蔑まれた方が人は傷つくのでは?


「あと美人団長はやめてください。名前は何度か言いましたよね? 言うにしても団長だけにしてください……恥ずかしいので」

「うわぁ~自然にしおらしい言動が出来るとか、絶対この人モテるよ。男から言い寄られるタイプだよ。やっぱヴィルベルさんの敵だわぁ、男の方から話しかけて来たのにすぐに立ち去ってくヴィルベルさんとは真逆のタイプだわぁ」


 それが理解できるのなら対応の仕様があるのでは?

 ただ……この変態エルフがシルフィのような言動をしているかと思うと、沸々と吐き気にも似た何かが込み上げてくる。

 無知は罪とか言ったりするが、この場合は知っているからこそ受け入れられない。故に……世の中には知らない方が良いことがある。それも真実だ。


「ふざけないでください」

「あぁ~はいはい、分かりました。分かりましたよ。ボインちゃんやワンちゃんに必要以上に絡むのはやめますぅ。そのぶん魔剣鍛冶に甘えますぅ、これで良いっすか?」

「良いと思ってるんですか?」

「や~んこわ~い! 魔剣鍛冶、美人団長がヴィルベルさんいじめる」


 わざとらしく抱き着いてくるヴィルベル。

 俺は反射的にヴィルベルの顔面を鷲掴みにした。いわゆるアイアンクロ―である。

 ユウくらいの子供ならまだしもヴィルベルのような大人にしがみつかれて暴れられたら邪魔でしかない。馬車の手綱も握っているのだから。


「うん、たまにはこういうのも良いよね。というか、ヴィルベルさん思うんですよ。謙虚なのは美徳ではありますが、美人はある程度自分が美人であることを自覚するべきだと。美人に綺麗とか言ったのにそんなことないと言われたらそのへんのブスは怒り心頭ですしおすし」

「言っていることは理解できるが、ブスって言う方が敵を作るからな。大体今の状態でよくお前は平然としゃべれるな」

「まあヴィルベルさんですか――へっぶ!?」


 急に奇声を出すな。

 何て言うつもりはない。ヴィルベルがそんな声を出した理由は分かっている。俺が強引に彼女の頭を低くしたからだ。

 ちなみに勢いが付き過ぎて顔面が床にぶつかるような鈍い音がしたが……それは気にしないでおく。

 何故なら……痛みだって命あったのものだ。緊急時には仕方がないと思って欲しい。


「……ルーク殿」

「あぁ……囲まれてるな」


 ゆっくりと馬車を止め、近くに置いていた刀を腰に差しながら様子を窺う。

 感じる気配は……ざっと分かる範囲で10人ほど。隠し方にバラつきがあるあたり、殺気染みた視線を向けている者も居る。

 流星石を独り占めして儲けたい連中ならまだ話す余地もあるが、人に言えないことをしている連中なら……何にせよ、歓迎はされていない。


「シルフィ団長、何かあったんですか?」

「静かに。姿こそ見えませんが、近くに私達に敵意を持つ人達がいます」

「え……そそそれって情報にあった不審な連中なんじゃ」

「それはわかりません。ですが、いつ矢が飛んできてもおかしくない状態です。ユウ殿と一緒に姿勢を低くしていてください」


 シルフィの真剣な声にふたりは大人しく従う。

 どうせヴィルベルはこの手のことに協力するとは思えない。今のままでは片手が塞がって邪魔なので、アシュリー達の方に投げるように渡す。扱いが雑過ぎると泣いた声を漏らすが、しゃがんでいるあたり状況は理解しているようだ。


「シルフィ、こっちの守りは任せて良いか?」

「はい。そちらもお気を付けて」


 小さく頷き返すと、前方に大きく跳躍する。

 敵がどれほどの勢力でどんな装備をしているのか。それははっきりとしていない。

 ただ突然矢が飛んできたとしても、馬車に対してのものはシルフィがことごとく叩き落すはずだ。俺は俺の身だけを心配していれば良い。


「お前達の目的は何だ? こっちとしては無駄な争いは避けたい。出来れば話し合……」


 声を遮るように1本の矢が放たれ、風を切って飛来する。

 反射的に鯉口を外して抜刀し迎撃。だがそれが開戦の合図となり、次々と矢が放たれ、剣や斧を持った男達が姿を現し襲い掛かってくる。

 賊のようにも思えるが、賊でももう少しまともな身なりをしている気も……

 馬車を守る必要がない俺は、それに臆することなく前に飛び出し、必要なものだけ矢を叩き落しながら男達との距離を詰める。


「風よ……我が魔力を糧に巻き上がれ!」


 後方から響く凛とした声。突風の刃が無数の矢を無力化する。

 シルフィの持つ剣は、俺が鍛え上げた魔剣グラムの中でも傑作のひとつ。銘は《ラファーガ》。

 見た目はレイピアのように細身ではあるが、確かな切れ味と強度を持ち、銀色に輝く刀身には淡い緑色が竜巻のように浮かび上がっている。

 素材には《風麗石》という魔力を風に変える魔石を使用しており、魔力量に優れるシルフィが使えば暴風をも巻き起こす。

 故に雨のように矢を振らせてもシルフィの前では意味を為さない。


「「「うおおぉぉッ!」」」


 野太い気合を発しながら男達が手にした凶器を振り下ろしてくる。

 が、基本的に大振りで連携も取れていない。そんなものに当たるどころか防ごうものならシルフィから失望の声どころか説教ものだろう。

 それにしても……こいつらは何者だ?

 正直に言って、矢の狙いは甘い。それを数頼みで誤魔化しているように思える。また接近戦をしている男達も傭兵といった感じには思えない。全体的に素人染みている。

 まさか……無力化して話を聞くのが早いか。

 刀を持ち替え、最低限の動きで回避しながら峰打ちで迎撃する。骨まで砕かなくても痛みで蹲るあたり、痛みへの耐性はあまりないようだ。

 やはりこいつらは……


「――っ!?」


 首筋に感じた悪寒。

 振り向きざまに刀を反転させながら振り抜く。

 響く甲高い音。舞い散る火花。

 その刹那の間。

 交わった刀越しに見えたのは、長い銀髪と青い瞳。俺の射抜く視線は冷たく、そして感情が死んでいるかのように濁っている。

 俺を殺そうとした人物。

 それは……使い古された服を身に纏い、ユウよりも尖った耳をした獣人の少女だった。



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