なんの変哲もない僕らの生活

みゃーび。

1日目

生徒のいない校舎は重苦しくさびれた雰囲気が漂う。

たとえ朝でも。

そんな中を私は歩いていた。

ここは私が今通っている中学校、先ほどまで部活のOBが指導に来ていたため今日は朝から部活に勤しんでいた。

冬休みの後半なのでどの部活も練習していないない静かな校舎は少し違和感がある。

なんて普段考えもしないようなことを考えるのは卒業前に感慨に耽ってみたいと思っているからだろうか。

卒業だからといって私は何も寂しさも感じられなかった。

そういう人もたくさんいるし、単に実感がないだけかもしれないが、自分が逃げた挙句こんな終わり方は薄情な気がして。

仲が良い子はいるけど大体これからも会おうとすれば会えるし、小百合は自分から会いにくるだろうし。

そんなどうでもいい事を考えながら校舎を歩き続ける。

演劇部の部室でもある、古びた空き教室。

今ではメンバーたちの変な趣味の小道具で埋まり、古びた雰囲気が一層演劇部だと存在感を主張する。

そこをでて、美術室、理科室、家庭科室、音楽室、茶道部室、生徒会室、保健室。

剣道場、弓道場、体育館、多目的室、柔道場、トレーニングルーム、運動場、部室棟。

中学校にしては施設がいい数々の部室。

そして最後に水泳場に向かう。

少し離れたところにあるからだ。

プールだろ、と思われるかもしれないがここはそれほど立派な施設なのだ。

ガラス張りの屋根があり、晴れている日は屋根を開ける仕様になっている。

プールサイドも綺麗だ。

なぜこんなに良くなったのかはよく知らないが、水泳部がすごく強くて一時期すごく力を入れてる時期があったからだかなんだか。

そんなことは別にいい。

晴れた日には太陽の光がガラス張りの屋根に反射して、水に反射して。

きらきらと虹色に瞬いて私たちを照らしていく。

その美しさは見た者にしかわからない。

だが今日は休みの日なので開いていないと思、う…が?

「空いてる」

どころか桜の花びらが吸い込まれるようにドーム状の屋根に入っている。

この学校では早めに開き、長く咲き続ける桜を選び植えている、だから今でも満開なのだ。

そして、花びらが水に落ちて…ここで泳いだら桜の中を泳いでるみたいなんだろうな。

なんて、例の水泳アニメであったな、そんなシーン。

「まぁ、私泳げないけど。なんで制服で来ちゃったんだろ、ジャージがよかった…」

独り言を言いながら靴を脱ぎ、靴下も脱いで行く。

そして踏み出そうとしたら、自分と同じく水泳場には不似合いな制服を身にまとった男子生徒がいることに気がついた。

あれは確か水泳部の…美形で有名な、

ふと目を逸らした、目の隅に映った彼は謎の行動に出る。

なんとそのまま水に飛び込もうとしているのだ。

なぜか知らないが私はとっさに止めに走ってしまった。

「いやいやいや!いくらもう卒業するからって制服で飛び込まないで、その前に何しようとしてんですか!」

と、彼の制服を思いっきり引っ張る。

そうすると、彼はまるで私が言っていることがあたかも間違っているかのように答えた。

「制服は乾かせばいい。」

唖然としながら彼の顔を見やる。

陽の光を浴びた彼は本当にこの世界の者ではないかのよう…じゃなくて、そうだたしか

「あ、すみません、私なんかが話しかけちゃって。えぇと、松木さん、であってます…?」

本当は聞く必要なんてないほどちゃんと知ってるけど。

「あんたは、」

「いいです、名乗ります。」

どうせ、知らないだろうし。

「朝比奈か」

「いや、名乗りますってば」

名乗ろうとすると、頑なに答えようとする。

プールサイドで裸足で制服でプール桜だらけで…なんてシュールな光景なんだろうか。

しょうがないのでもう少し付き合ってみることにする。

「4文字と最期のな、だけあってます。あと、朝比奈は私の後輩ですね。」

なぜ真面目に答えてるんだ…。

「そうだったっけ。たしかタッチバーナーみたいな名前。あ、たちばなか。」

知ってくれてる!イケメンが私を認知している!

っじゃなくて、覚え方がひどい、タッチバーナーて…。

「立つ花のたちばなじゃないですよ。」

「漢字はいいだろ別に」

そのたちばなは同学年にいるからな、大事だ。

くだらないことを考えてる間に松木さんの視線は私から外れていた。

桜の花が浮かぶ水を見つめているようにも、もっと遠くを見ているようにも見える儚げな瞳。

「もう…あの水を切ることも、弾く事も俺の手脚ではできない、水泳部のくせにだ。

ふっ…滑稽だろ」

綺麗な顔に嘲笑を浮かべると傷跡がくしゃりとなるのが余計に見ていられない。

聞いたことがあった、優勝候補の1人とも謳われていたうちの学校の水泳部のエース…彼が交通事故に遭ったことを。

幸いと言っていいのか命に関わる怪我はなかった。

だが、選手としては終わったと言っても過言ではないと、うちのクラスの情報通が笑い話のように話していたのを覚えている。

退院後に登校してきた彼は見ていてとても痛々しかった。

まだ所々包帯を巻いていて、少し前はもっとひどかったと思うとぞっとした。

さらに、彼は生き甲斐を失い道導を見失っていたのだ。

以前はそこそこ明るかった彼のその面影は残っていなかった。

彼から発された言葉は最低限の受け答えだけ、周りのみんなは気を使い、励まそうとする者、距離を置く者、普段通りでいようとする者…見ていて気持ちのいいものではなかった。

それから1年と少しが経ち、彼の傷は塞がり跡だけが虚しく残っている。

本当に時間が解決してくれたのかはわからないが最近は口数こそ変わらないが落ち着いてきていると思う。

でも、これで終わるなんて私は認めたくない。

これが運命だから?高い壁が立ちふさがって乗り越えようと努力していたところに壁が崩れ落ちてきたようなもの…そんなの認めない。

運命だって抗ってやる、終わりは幸せしか認めない、なんて思ったらいけないのだろうか。

「怪我の具合はどうですか」

彼は振り向かずにずっと一点を見つめている。

その横顔は1年前と変わらない表情を浮かべていた。

「同情か、そんなもん」

「同情です。」

人の気持ちを知ろうとする相手の立場になろうとする、その時点で同情でしかないのを私は知ってる。

だから私は同情を鬱陶しいと思いながらも止めることはしない、間違っているとは思えないから。

もともと人の感性に影響されやすかった、人の顔色を伺って生きてきたから。

人の視線が怖かった、でも、それと同じくらい人が好きだった、醜い感情たちが私の心を弄ぶ。

でも嫌じゃなかった、みんなと同じになれてるようで。

卒業が寂しくないと私は言った。

けれど、涙を流す彼らを瞳に映してしまえば私はその感情に支配される。

少し気持ちがわかるような気がしてしまうんだ。

だから結局卒業式、私の目はきっとすこしあかいだろう。

「おい、なんとか言えよ。」

少しいらついた調子で彼が言う。

心の中で長々と話す癖やめなきゃなぁ…

「正直同情してます。でも、そんな話を私にしてるところでもう吹っ切れてると思ってます。水泳の存在が強すぎて、水泳のない人生が見えなくて、過去のことを引きずるしかないんじゃないかなって。」

私だってこんなこと言いたくない。

私の悪い癖なんだ、嫌われたくなくて、無理に主人公ぶって励まそうといい言葉を並べる。

本当は、ずっと選手であって欲しいと思う、人の夢は叶ってこそだと思う。

でもそれができないのが今の現実。

悔しそうに自分の何がわかるんだと言いたそうな顔をしている彼を見ると自分が非力なのが悔しくて仕方ない。

こんな顔の彼を初めて見た…

「わかってる…」

「趣味で水泳続けたり、実況者になったり、指導者になったり…あと、記者とか泳いでるとこ書けるかな…たしかに競泳のが楽しいし生きてるって感じするけど」

自分の本当に思ってることじゃないから話がまとまらない、薄っぺらい…負けてしまう。

「わかったから…そんな辛そうな顔すんなよ…決心が揺らぐから。なんか必死なあんた見てたら落ち着いた」

と言いながらも複雑な表情を拭えないでいる。

もともとこの人は優しいのだろう、ふと出てくる人の素は信用できるものだ。

「そうか…まだ色々あるんだな。

先生にも言われたよ。

お前の活躍を見てたやつはお前の苦しさを知らない。だから、選手生命終わったしあいつも堕ちたななんて言わせないような生き方をしろって。あんたに同情されるってことは俺はそんな人生を送れてないんだな。」

諦めたような遠い目をして言う彼を見ていると罪悪感が湧き出てくる。

目を逸らせば桜の綺麗な景色が広がっている。

でも、その花びらは完璧ではなくて5、6枚集まらなければ完全ではない…でも私はそうは思わない。

1枚でも必死で生きてる、傷だらけだって生きてるいつか散るとしても。

「私は人に嫌われたくなくて本当に少年漫画のテンプレみたいなことしか言えませんが…

散り際を見送る花びらを繋げていた蔕みたいなものみたいに何もせずに散っていくのを見送りたくないんです。凛々しく生きる彼らを支える人間になりたい。」

あれ?心の中で話してた話しの続き、今声に出した?

「くっあっはは、はっははっくくくっ…ちょっと待って…ロマンチスト?ポエミーだね」

「ま、待ってください!今のは心の声が出ただけで…いや、それも変だな。

馬鹿にしてま」

「馬鹿にしてます。」

妙にタイミングのいい返答に戸惑うばかり。

「やり返しだな。

さっきはっきり同情してるって言われたからな、馬鹿にしてます、だ。」

あぁ。そう言う…

若干無理矢理な笑顔に見えなくもないが、花開くように笑顔を浮かべる彼に少し見惚れていてもいいだろうか。

どんなに傷がついても枝に意地でもひっついている花びらを毎年見かける。

見ていて微笑ましく思いながらもその凛々しい姿に惹かれるのだ。

君は知らないし知っても迷惑だろうが…。

つーかこんな長い時間異性と話したの久しぶりだぁ…。

もちろん部の後輩と身内を除いてだ。

「噂には聞いてたけど変な奴だな。」

「演劇部は変人の集まりですからね。」

その濃い面子は校内でも運動部のイケメンにも負けず劣らずで有名だ。

「その部を影で操る演劇部の怪人さん、だよね。橘 みやびさん。」

スラスラと言葉を紡ぐ彼に私は目を丸くする。

「知ってるじゃないですか…!」

形から入るために自分から流した噂だったので羞恥で頭がどうにかなりそうだ。

今すぐうずくまりたい…

「さすが脚本も担当してるだけあって文才があるね。俺みやびの演技も好きだよ。」

あー、だめだ意識するな、心頭滅却だぞ!

本人は素だからね。

「ありがとう、ございます」

少し落ち着くためなのか深呼吸をし、口を開く。

表情は、明るい…でもどこか真剣な声色で

「うん、そんな文才のある演劇部の怪人さんに頼みがあるんだ。」

「はい!」

真剣な眼差しの彼につい勢い良く返事をしてしまった。

だが、少し悩むと

「やっぱいいや、今度で」

と彼言い、いきなり水に飛び込んだ…!

え!

「松木さん⁉︎」

「あ」

「はい!」

「パンツ乾かすわけはいかないか」

意外とアホなのかなぁ…

「…ちなみにパンツ何柄ですか」

「変態か」

やはり私はここの水泳場が好きだ。

キラキラしてて、まるで青春を運んできてくれるみたいなんだ。

今日も、こんな素敵な出会いを届けてくれたのだから。

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