梢の子守唄
春
第1話 出逢い
「市岐さん、お昼一緒に食べよ」
パンの袋を開けようとしていた手を、私は止めた。
見上げると、進級で同じクラスになった面識の無い女の子が、机をガタガタと鳴らし、移動させていた。
「そのパン美味しいよねー」
教室に残っている子達が小さくざわめいたけど、彼女は聞こえていないかのようで。
弁当箱を開けると、律儀に手を合わせてから食べ始めた。
私は何ひとつ喋らないのに、彼女は喋り続けていた。
それからは、何かと三条さんと過ごす事が増え、時々、家にお邪魔する事もあった。
他の子たちとは相変わらず距離があるけど、少しずつ、私の生活は変わっていった。
――…そして、月日は流れ。日差しが暑くなってきた頃…
三条さんとは相変わらずで、今日も家にお邪魔する予定だ。
少し急ぎつつ帰り支度をしていたら、教室のドアが開き、三条さんが入ってきた。
「ごめん、用事できた!すぐ終わるけど、先に家で待ってて」
そう言うと、自分の鞄をひったくるように取り、教室を出て行った。
こういう事は前にも度々あったが、在宅で仕事をしている、おじさん―…三条さんのお父さん、がいつも家に居たので、今回もそうなのだろう。
インターホンを鳴らすと、やはりおじさんが居て、家へ上げてくれた。
「どうぞ。オレンジジュースでいいかな?」
「あ、はい」
リビングに通され、おじさんはソファーを指すと、キッチンへ向かっていった。
「はい」
コトリ、とオレンジジュースの入ったグラスがテーブルに置かれる。
「ありがとうございます」
渇いた喉を潤すと、少し上がっていた体温が、スーっと下がっていく。
おじさんはテレビをつけ、リモコンを私の手元に置くと、またキッチンの方へ向かった。
「今日も暑いね」
「はい」
「暑くない?エアコンの温度下げようか?」
「いえ、大丈夫です」
会話はそこで途切れてしまったけれど、背中に視線を感じる。
私が肩越しに見ると、おじさんは目を伏せた。
向き直っても、神経は背中に集中したままで。
テレビの音が何処か遠くに聞こえ、カラン…というグラスの氷から鳴る音の方が、大きく聞こえるように感じる。
…思えば、数ヶ月前に三条さんから、お母さんが海外へ単身赴任になった。という話を聞いた頃から、おじさんはずっとこんな調子だった。
おじさんは、きっと寂しいんだと思う。
私が家にお邪魔する時以外、三条さんは部活等で夜にしか帰れないと言っていたし。
三条さんは、初めて出来た大切な友達。
そして、おじさんもおばさんも、私が学校で浮いていると知っていても、嫌な顔ひとつせず、受け入れてくれた優しくて大好きな人たち。
…私は、ゆっくりソファーから立ち上がると、それが自然だとでも言うかのように、キッチンへと向かっていた―…。
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