『超低温アイス・ベリーソース』

 デザートは冷却魔導を使ったアイスクリーム。倉田によればマイナス二百十度で冷やされたアイスは現代日本にもないとのこと。倉田は意外にも分子料理にも通じていた。


 アイスが乗った金の器が振る舞われる、大きめの革手袋も一緒に配られた。

「器にはくれぐれも直接お触りなされないようご注意ください、指がくっついてしまいます。手袋をお使いください」

 ミラの忠告を聞きながら耕助はアイスの乗った器を眺める。ワイングラスを思わせる作りだが、ステム、脚が弧を描く凝った作りだ。全体に霜がついていて口からはもうもうと煙が湧き出している。耕助は手袋をはめて、ステムをつかむ。手袋は厚い皮で出来ており、少し大きい。皮ごしにひんやりとした感触を感じる、相当冷たいのだろう。


 耕助はグラスにスプーンを差し込む。低温というから固いだろうと思っていたが違った、するするとスプーンが吸い込まれる。ひとすくいし、口へ運ぶ。

 すこし酸味のあるレーズン、そして梅の様な香りが鼻を抜ける。続いて濃厚なクリームの味わいが舌をつたう。クリーミーな香りはチーズを思わせる、クリームの甘みは強い。恐ろしくなめらかでこれまで食べたアイスとは比較にならない。なめらかさは絹を思わせる。

 耕助はアイスを飲み込み、茶を一口含む。バナナの様な香りはクリームのコクとマッチする、特に茶の渋みはクリームの甘みと嬉しいハーモニーを奏でる。


「こんなアイス食べたことない。なにこれ、凄いクリーミー。果物のソースもまた合うね、これ」

 耕太は歓喜を顔に浮かべる。

「ええ、とっても美味しい。複雑な味わいね、甘いだけじゃなくて色んな味が絡み合っている」

 ヘルサは酒で赤らめた頬を更に紅く染める。年頃の娘にとってはこのデザートは嬉しいに違いない。


「南国の果実、ハマラを干したモノをナム酒で戻し、粉砕したソースでございます。ハマラとナムの香りを楽しんで頂けるかと。クリームは絞りたてのミギの乳を使っております、コクがあり、アイスにはぴったりの乳です。砂糖は黒蜜を使いコクと香りを引き出しております」

 ミラの説明に耕助は耳を傾ける。この品には様々な素材が使われている、飢餓の世界にあっては最大の贅沢と言えるだろう。乳に砂糖、ナム酒、ハマラ、冷却魔導、それにこれをシルタ家から転送する魔導。贅をこらす。


 耕助は煙を扇ぎ、グラスの中身を露わにする。やや茶色みがかったクリームに紫のソースがかかっており、その上に干されたプルーン状の果実がのっている。アイスは日本の二人前に相当する量がのっている。残すことが前提の量だ、シルタ家では客人が料理を残すほど満腹にする事が尊ばれている。耕助の腹はすでに八分目を超えている。デザートは別腹と言ってもこの量は食べきれない。


 耕助は果実とクリームをバランス良くスプーンに乗せてミラに示す。

「この干した果実がハマラですか」

「左様でございます。サッパリとした酸味でコクのあるアイスと相性が宜しいかと」

 耕助はハマラを乗せたアイスを口へ運ぶ。優しい酸味だ、ナムの爽やかな甘い香りもありすっぱさというものは感じない。食感は杏に似ている。確かにナムとハマラのソースはコクのあるクリームと相性が良い、満腹に近くても食欲をそそる。


「私はこれで結構、最後にスミナの酒を一杯」

 ヘルサは空のゴブレットを示す。

(この娘、デザートより酒をとったな。やっぱり呑兵衛だ!)

「畏まりました。料理もこれでお仕舞いですし、酒精が強くても構わないですね」

 若い女中が手袋をはめ、アイスの乗ったグラスを下げる。ミラがボトルをとり、酒を注ぐ。ヘルサは歓喜のまなざしでそれを見つめる。

「ナム酒も美味しいけど、やっぱり酒精が弱いからちょっと物足りなかったのよね。料理とは合っていたけど。では頂きます」

 ヘルサは勢いよく蒸留酒を呑む、杯を半分ほど一気。

(高級品だと言うのに…… まぁ、アノン家に戻れば酒は飲めないって言う事だし大目に見るか)


「なにかおつまみもらえるぅ?」

 ヘルサのろれつが乱れる。

「ナッツをお持ちします」

 ミラは若い女中に目配せ、女中は一礼し下がる。

 耕助はアイスを一人前分は食べ終えた、だが倍の量が残っている。

(もうこれ以上は入らない)

 耕助は腹にかなりの重みを感じる。

「アイス下げてください、もうおなかいっぱいです」

「畏まりました」

 ミラは手袋をはめて器を下げる。


 耕太はまだアイスを食べている。

「耕太、お前まだ食べられるのか」

 耕助は若者の食欲に関心する。

「いや、もうおなかいっぱいだけどアイスなんてこの世界じゃそうそう食べられないでしょ。なんか勿体なくって」

「無理はしない方が良い、美味しい量だけ食べるのもまた重要だ。この店は残したものを使用人が食べるようだから勿体なくはない。私のアイスは下げてください。あとスミナの酒をもう一杯」

 倉田は耕太を諫めた後、煙草をとりだし火をつける。

「畏まりました。お客様のおっしゃる通り、お残しになられたものは私共店員がありがたく頂戴します。お客様にどのようなものをお出ししているか、どんなお酒と合うか、日々研鑽を重ねる糧にしております。満腹でしたらお気がねなくお残しください」

 ミラは倉田に酒を注ぎながら説明する。

「なら僕のアイス下げてください。一・五人前は食べたし、おなかいっぱい」

「畏まりました」

 酒を注ぎ終えたミラは耕太のアイスを下げる。

(アイスとは食べ慣れたものだから感動しないと思っていたが、予想を裏切られた。シルタ家の料理は侮れない)

 耕助はそんな事を思いながら煙草をふかす。

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