メンディ服飾店

一行は夕焼けに染まる商店街を歩む。中流町人、金家の貴族が主な客層らしい、飢餓とは思えない活気がある。耕助は物珍しさにつられウィンドウショッピングをする。


耕助は次の店へと足を進める。『メンディ服飾店』、そう書かれた看板の下にカラフルな服を着た案山子が立っている。

(服を仕立てても悪くないな。作業服は異世界で浮く)

農協職員として作業服に矜持を抱いている耕助、だが異世界の町で悪目立ちしている。流石に耳目を集めるのは本意では無い。

「この店はどんな具合です? この服じゃ注目されるから一着仕立てようと思うんだけど」

耕助はフェリアに尋ねる。服飾店といっても様々なジャンルがある、メンズ、レディース、カジュアルにフォーマル。耕助が着るにふさわしいかは判断できない。

「この店は貴族向けです、流行ものがメインです。でも前衛的とまではいきません、ここで仕立ててもよろしいかと」

「そっか。じゃあ入ってみるかな」


フェリアは店の扉を開き、一行を招き入れる。中は赤い絨毯が敷かれており、天井から灯りが吊されている。やけに明るいろうそくがともされている。

「いらっしゃいませ。ようこそメンディ服飾店へ」

よく通るバリトンボイスが響く。店の奥から三十半ばの太った男が出てきた、紫色のつなぎを着ている。つなぎには鳥の刺繍が施され、腰には裁縫道具を入れるポーチを下げている。

(この世界で太っているってことはこの店は繁盛しているってことだな)

耕助はこの店があたりだとふんだ。


「こちらに御座すのはアノン家ご息女ヘルサ・イム・アノン様と新農業大臣鈴石耕助様。今日は農業大臣閣下のお召し物を見立てに参った」

ジュセリが堅苦しく名乗りをあげる。

「それは、それは。私、店主のメンディと申します。本店をお選びいただき真にありがとうございます。どういった物をお求めで? 式典用でしょうか、それとも普段使いですか」

男の声は低く響く。

(流行り物を売っているというから賑やかな店員を予想してたけど違ったな)

落ち着いた男の声にはなにか安心感を与えるものがある。


「そうだな、普段使いの物を一着。礼服はこの格好と決めているから」

耕助は作業服を示す。

「あと落ち着いた雰囲気のものがいい、四十だから若者向けじゃないほうがいい」

「左様ですか。普段使い、大臣閣下、痩せ気味、お年は四十代。ふむ」

店主は奥へと引っ込み、棚をあさる。丁寧にたたまれた服を崩さないよう丁寧な手つきだ。

「そうなるとこちらはいかがでしょう」

店主はややくすんだオレンジ色のチョッキを取り出す、裏表が見えるようにくるくると回す。肩から背中にかけて幾何学模様の刺繍が施されていた。

「こちらは最新の魔導陣が織り込まれております、肩こりや疲労回復に効果が御座います」

「残念ながら私は魔導使えないんだ」

「こちらの魔導陣は魔導の資質が無くとも効果が御座います。いかがでしょう」


肩こりに効くといううたい文句に耕助の心は揺れた。落ち着いたオレンジ色も嫌いでは無い。

「悪くない、でも他の服も見たいので保留で」

「畏まりました。そうですね、お似合いになりそうなのは……」

店主は奥へとひっこみ、再び服をあさる。

「これはいかがでしょう」

今度は白地に鮮やかな緑のストライプがはいったフードを持ってきた。

「こちらは染め物で有名なウィルド地方で作られた品で御座います。一流の職人がかかりきりで染め上げました」

「フードか、うーん」

染め物のブランドと言われても余り心には響かなかった、耕助はファッションブランドに関心は薄い。それにフードはこれからの季節暑いだろうとも思った。

「これはないな。他になにかあります?」

「正直申し上げますと大臣閣下の地位に見合う服も限られます、王都でもかなう服というのは手に入りづらいのではないでしょうか。オーダーメイドなら話は別ですが」

「これから食事なんですよ。オーダーメイドって時間かかるでしょう」

「ええ、それなりのお時間を頂くことになります」

「そうなると、さっきのチョッキかこのパーカーか……」


「チョッキの方がいいかも、Yシャツも使い回しできるだろうし」

耕太が助言する。

「確かに。Yシャツ使い回しできるのは利点だな。さっきのチョッキ、試着しても?

「畏まりました。こちらでお着替えください。お召し物はこちらに」

店主は間仕切りになったカーテンを示す、耕助はそれに従い中へ入る。店主は服をチョッキに置き、丁寧な手つきでカーテンを閉める。


着替えるのに時間はかからなかった、上着を着替えるだけだ。チョッキのサイズはすこしゆとりがある。それに肩が軽くなった気がする、魔導陣の効果か。耕助はカーテンを開ける。

「悪くないんじゃない。落ち着いてるけど、オレンジはエネルギッシュ。若く見えるよ」

耕太が評する。

「確かに肩が軽くなった、効くね。おいくら?」

「五万ギニーになります」

(五万ギニー、その価値がよくわからないな)

「私の俸給って幾ら位なの」

耕助はヘルサに尋ねる。

「他の大臣職の俸給から考えて五十万ギニーほどでしょう」

「となるとちょっと高いか。でも肩が楽だ。これにしよう」

「ありがとうございます、先ほどのお召し物をお預かりします」

店主はキャンバス地の袋を取り出す。耕助は作業服を手渡す、店主は綺麗に作業服をたたみ袋へ入れる。


「ありがとうございました」

店主が低い声で一行を送る。市場の活気は少しだけ落ち着いていた、さっきみたいな注目も薄れた気がする。着替えて正解だった。


「さて、付き合わせて悪かったね。飯にしよう。フェリアさん、案内を」

「畏まりました」

フェリアは雑踏へと歩む、一行はそれに付いていく。

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