ウィンドウショッピング

 フェリアは確かな足取りで歩く、迷路みたいな町並みだから彼女なしでは一行はどこにもたどりつけないだろう。

(防衛用にこのような町並みになっていると聞いた、確かにこの町じゃ攻め込みづらいだろう)

「地図ってないんですか、これじゃどこに行くのでも迷っちゃうでしょう」

 耕助はヘルサに尋ねる。

「地図はないんですよ、王都の町作りは防衛機密です。時々道路工事をしてわざと迷うようになっているのです。鉄家ですら王都の構造は知りません」

 ヘルサが説明する。

「でも町人が案内役になれば問題ないんじゃないの?」

 耕太が尋ねる。

「王宮に繋がる道はわざと細い路地を通ったり、要所には衛兵が立哨についています。道を知っていても攻めるのは容易ではありません。それに各領袖には必ず王家直属の密偵がついています、王都攻撃のために兵を動かせば察知されますから王都攻略は更に難しくなります」

「なるほど、念には念をってことね」

「ええ、平和の強制のため領主も寡兵しか保有できません。単独で王都攻撃が出来るのは軍事をつかさどる鉄家グンズだけでしょう。それでも王都の防衛網は密ですから下町を攻略するので手一杯でしょう」


 一行は石作りの家々が立ち並ぶ通りにたどり着いた、他の通りと違い活気がある。商店が建ち並び、市場のようになっている。

「ここの外れに店があります。人混みでまよわないよう注意してください」

 フェリアは念を押す、だが耕助達の格好は異世界で浮いている、迷うことは恐らく無い。その証拠に町人達の視線が耕助達に集まる。

「かなり目立ってますね、私達」

「鈴石殿は珍しい格好ですからね、仕方ないかと」


 倉田と耕太は武具店で買った装備を身につけている、この世界の物だから浮いてはいない。銃を持っている、だが異世界人は知らない武器だ、皆そこには注目していないようだ。

 だが耕助は違う、アノン家で洗濯、アイロンがけされた作業服を着ている。薄緑色の作業服は異世界にはなじまない。町人達は耕助に注目する。

「これならコッチの世界の服を仕立ててもよかったな」

 耕助は作業服に矜持を抱いている、だが注目を集めるとなると話は別だ。


 群衆からは『異世界人』、『新農業大臣』、『スズイシ』というささやき声が聞こえる。

(王都の人間は俺の事を知っているのか)

 耕助はどこかむずかゆい思いを抱く、こんな風に注目を集めるのはどこか気恥ずかしい。

「群衆を静め、道を空けさせますか」

 ジュセリが問う。

「いや、かえって注目されるだけ。いいよ、ありがとう。それに道なら勝手にひらけるさ」

 耕助の言葉通り、一行の前を町人は避けて通る。異世界人と関わりたくないのか、それとも貴族、大臣だからかはわからない。


 耕助の周囲はトーンダウンしてささやき声になっているものの、市場は賑やかだ。ヘルゴラントに召喚されてから初めて活気づいた環境にいる。

(市場じゃどんな物を売っているんだろう)

「少し商店を見ていきたいな、どんなものが売っているか気になるんだ」

 耕助は先頭を行くフェリアに話しかける。

「畏まりました。この市は中流町人から金家の貴族が集まる場所です、品揃えは豊富です」

 フェリアは足を止め、耕助の足取りにスピードを合わせる。


 耕助は先ず町人を観察する。耕助と目線が合った者はそっぽを向く、やはり悪目立ちしている。

 この市にあつまる町人は土に汚れていない、農業をやらなくとも食にありつけるということだ。

(フェリアの言う中流がどれほどの稼ぎがあるのかはわからないが、飢餓の世にあってはまずまず儲かっているということだろう)


 耕助は手近な店に近寄る、波打ったガラス越しに店内を覗く。所狭しと干し肉が売られている。店員とおぼしき老人と目が合う。えくぼをたたえ、愛想の良さそうな老人は恭しく礼をする。耕助は軽く一礼する。店の看板を見ると『ブレン魔導食』と書いてある。看板の下には『前線の魔導師に召喚獣の干し肉を』と書かれた垂れ幕が下がっている。

「ここはアヴァマルタで余った召喚獣の干し肉を売っています」

 フェリアが説明する。

「前線に送られた魔導師、もしくは物流網を担っている下級魔導師への贈呈品として人気があります。転送魔導で瞬時に前線に届くこともあって人気があります。尤も、希少品の魔導食を買えるほど稼げる人間は限られますが」

「ふーん、アヴァマルタの肉ってどこから仕入れるの?」

 耕太が尋ねる。

「財産の少ない貴族、特に子供を前線に送る貴族や騎士です。良い装備を身につければ生存率は上がります、ですが鎧の類いは値がはります。ですからアヴァマルタで与えられた干し肉を売って換金、その金で装備を買うのです」


(魔導を使えない俺達には関係のない店だな)

 耕助は肉屋から視線をそらし隣の店へ足を運ぶ。剣を構えた甲冑が置いてあり、看板には『ムル刀剣』と書かれている。

「親父、剣道部だったじゃん。剣使えるんじゃないの」

「竹刀と真剣は全然ちがう、俺には扱えないよ。重いし。それにお前が守ってくれるんだろう」

「まぁね」

 耕助は武器屋を覗くことなく通り過ぎる。まだまだ店は並んでいる、耕助は通りにそって足を進める。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る