プランニング

 アノン家別宅の食卓で耕助、ヘルサが向かい合っている。

 耕助は立法を後回しにして貴族達のジャガイモ農業見学会の詳細を決めることにした。立法はヘルサの協力だけでは足りなそうだ、ユミナが居るときの方が良いだろうと判断した。それにジャガイモの威力を貴族達に知らしめてからの方が立法の効果は高いだろうとも踏んでいる。


「ジャガイモの植え付け、こいつだけ教えるのじゃ駄目だろうな。輪裁式農法、こいつも知らしめないといけない」

 ジャガイモは輪作を必要とする作物だ、連作をすれば容易に疫病、害虫にやられてしまう。それに農業の安定性から鑑みれば輪作で複数の作物を植えた方が良い、現状はスミナのモノカルチャーと言っても過言ではない。モノカルチャーの脆弱性が冷害という形で浮き彫りになっている。

「だけど、こちらの世界の作物について私は全然知識がない。やっぱりユミナさんが居ないと駄目だな」


 輪裁式農法はただ違う作物を順番に植えれば効果が出るものではない。クローバーや豆科などの作物は栄養を土に蓄えさせる。植物に必要不可欠な三要素は窒素、カリ、リンである。そのうちの一つ、窒素を補う。

 クローバー、豆は根に微生物を蓄え、微生物が吸収不可能な窒素を分解し動植物が利用可能な窒素化合物へと変化させるのだ。クローバーや豆を植え付けることで地中に窒素化合物を固定し、次の作物がよく育つ。このような仕組みで輪裁式農法は高い生産性を生み出す。むやみやたらと複数の作物を植えたところで効果はない。耕助の異世界における作物の知識は無い、だから輪裁式農法について容易に決定できない。


「よし、輪作については後で決めよう。そうだ、錬金術師が午後にくるんですよね」

 耕助はフェリアに尋ねる。

「ええ、そのように手配しています」

「ではユミナさんにも同席できるか尋ねてください」

「はぁ、承知しました」

 フェリアはどこか不思議に思っている。錬金術師と前農業大臣が相席する必要性に疑義を抱いている。

 だが、農学部出身の耕助にとってなんら不思議なことではない、むしろ自然な流れだ。農業とは作物や受粉などに関わる昆虫などを含む生物学、トラクターといった省力化、効率を向上させる為の科学、肥料や土壌の分析に必要な化学、市場で出回る際に価格やどういった作物が普及するかに関わる経済、どのように農業を行うのか決定する政治、これらが複雑に絡み合う総合学問である。したがって為政者であり、かつ農業に詳しいユミナ、そしてこちらの世界の科学技術――無論平和の強制によって発達が遅れてはいるが、を知る錬金術師が同席することにはこうした農業の複雑性が絡む。


「じゃあその時に輪作については決めよう。で、その時にジャガイモを貴族に食べさせるのは決定事項。そうだな、どんな料理がウケるかな」

「今まで食べた中で一番美味しかったのはフライドポテトです。サクサクした衣、ほくほくとした中身、そしてイモの味。調和がとれています。蒸かしイモも美味しかったですが、悪く言えば単調、貴族の好評を狙うならばフライドポテトがいいでしょう」

 ヘルサは熱く語る、それほどフライドポテトが好きなのだろう。女子高生はマックでフライドポテトを注文し、長く居座るとは耕助も聞いたことがある。

(世界は変われど同じ生き物なのだ)

 耕助はそう判断した。

「そこまで言うならフライドポテトにしましょうか」

 ヘルサが頷いて返す。


「後、貴族が野営するとか、受け入れとかはイムザさんに丸投げしていいかな。勝手がどうもわからないから」

「そうなるとは思ってました、仕方が無いです。フェリア、本家に連絡を、全ての領主が我が家で一堂に会してジャガイモの見学会を行うので、その受け入れ準備を整えるよう伝えて」

「畏まりました」

 フェリアは筆記の準備をする。


「見学会に必要な観る、これはいつも通りイモを植えればいい。衣食住はアノン家に丸投げ、輪裁式農法は後で決める、後必要なのは自由農民の理解か。アノン家が先行して導入するのは決まってる、これはジャガイモの取れ高でショック療法しかないだろうな。植え付けから収穫までで一日つかって、輪裁式農法、自由農民を含む新しい法律の説明で一日、二日もあれば終わるか」

「遠い領地から来る貴族もいます、集結することを考えると一週間は野営で過ごしてもらうことになりますね」

「近い貴族は遅れて出発すればいいでしょう。なにせ魔導文がある、連絡は早いから準備さえ済ませてもらえればいい。確か根回しはユミナさんがしてくれてる。植え付けのシーズンを逃したくないので一週間後開催でどうでしょう」

「無理です、遠隔地の領主が集まるには二週間はかかるかと」

 ヘルサは首を振る。

「では二週間で、強行軍になるかもしれませんが。季節的に今が作付けの勝負時だから逃したくはない。フェリアさん、今の話をまとめて、御触れを出してください」

「畏まりました。その前に昼食の準備をヴェルディ達に頼んできます」

 フェリアは一礼し、部屋を出る。耕助は煙草を胸ポケットから取り出し火をつけた。

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