農政開始!

 一行は朝食を済ませた。耕助は茶をすすり、肩を回す。仕事に備えているのだ。煙草をとりだし、火をつける。

「農政の一覧表をお持ちしました」

 ヴェルディが紙束を持ち入室、うやうやしく耕助に差し出す。

「ありがとう。確か気になったのは…… 税だったかな」

「税制ですか。それならお答えできるでしょう」

 耕助はリストをめくる、気になったものを見つけ出す。

「えーと、これだ『王室への納税 貴族収入に纏わる命令』。なになに、一定以上の農業作物の収穫があった場合、これを王室に差し出すべし。これって農業のインセンティブをかなり削いでいると思うのだけれど、こんな取り決めがあったら誰も農業を栄えさせようなんて思わないでしょ」

「血の連盟の取り決め、貴族のパワーバランスを保つ為の政策です、輪作の禁止と同じ理由ですね」


「うーん、今の状況でパワーバランスも何も無いでしょう。世界が滅びるかの瀬戸際ですよ」

 ヘルサ達にとって、よっぽど平和とは尊いものなのだろう、何を犠牲にしても保ちたいという願望を感じさせる。

「そうかもしれません、ですが魔王軍討伐後の混乱を招きたくないというのは王国の基本方針です。徴兵経験のある農民は帰農しても、再び貴族によって参集されれば兵になるでしょう。できる限り貴族の力は押さえ込みたい。ですが……」

 ヘルサは顎に手をあて、考え込む。

「全ては魔王軍討伐が出来ればの話。幸い近衛も鉄家騎士団、忠臣の兵も前線で鍛えられ、連携を深めている…… 叛乱が起きても押さえ込めるか。アルドに聞いてみます、王室が許容できるかどうか」

「多分、貴族の意欲を刺激するには蓄えを認めた方が良い。よろしくね」


 耕助はリストをめくる、治水に関してのものが多い。水源は農業に必須である、昔は日本でも水を巡り村どうし死人が出るほどの争いをしていた。しかし、ジャガイモは水分をそこまで必要とする作物ではない。

(現行法をそのまま使いまわそう、新しい制度が増えると貴族や村長が困惑するだろう)

 耕助は斜め読み、まとめてページをめくる。

「後は…… 輪作の禁止、これは解除。それにしてもどうやってスミナは連作障害もおこさず、土壌の栄養を維持してきたんだろう。普通、土地が痩せる筈なんだけど」

「スミナは魔導波で育つ作物だというのが最新の分析です、珍説ではありますが。土壌以外から栄養を吸い取っていたのでしょう」

 ヘルサはすまし顔で茶をすする、昨日の酒乱ぶりが嘘みたいだ。本心が酒の力を借りて出てきたとなると、彼女はペルソナを維持するのに大分労力を使っているのだろう。

「そんな高等な食物だったのか。ふーん、なるほど。冷害さえ起こらなければ、半永続的に栽培が出来てた、と」

「ええ、おそらくは」

 ヘルサは頷く。


「後は気になること…… そうだな……」

 耕助はページをめくる、肌触りの心地よい上質な紙だ。

(農業大臣に宛てるリストだから高級紙を使っているんだろうな)

『ジャガイモにまつわる大臣の独占権』

「これは?」

 耕助はヘルサに紙を示す。

「新しい法律ですね。ジャガイモを普及させる上で参謀本部の意向を無視できるように作ったのでしょう。ジャガイモの生産、貯蔵、流通は農業大臣、すなわち貴方が独占するという内容です」

「独占ねぇ…… 私としてはある程度自由にさせたいと思ってるんだ。そのほうが農民も、貴族もジャガイモの恩恵にありつけるよう努力すると思うから」

「ならばその方針にそった立法が必要ですね。今の状態だと鈴石殿以外、ジャガイモに関して政治的決定ができません」

(そう突然言われても困るものだ、法律も知らぬ一農協職員にどうやって立法しろと。嗚呼、ユミナの協力が欲しい)

 耕助は顔を擦り、天井をにらみつける。天井には重々しい雰囲気を漂わせるシャンデリアが吊されている。


「じゃあ、そうだな。うーん、やっぱりユミナさんの協力が必要かも知れない。農政のプロが協力してくれないことにはどうしようもなさそうだ」

 耕助は力なく首をふる。

「呼びましょうか」

 ヘルサは当然のように尋ねる。

(ユミナはユミナでやることがあるだろうに。こうも一方的に呼び出すとは傲慢だ、これが貴族の序列ってやつなのか)

「手が空いていたらでいいです。ユミナさんには自分のやるべき事があるでしょう。それにジャガイモのパワーを知らしめてから立法した方が意識改革にも繋がる。法律は後回しにしてジャガイモ見学会を優先した方がいいかもしれない」

「おまかせします」

 ヘルサはあてにならなそうだ、まだ若い上に農業を知らない。政治に関しては長じているのは確かだ、だが農政となると役者不足感が否めない。

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