錬金術と農政と

鉄人ヘルサ

 耕助は太陽の光で目が覚めた、フェリアがカーテンを開けのだ。

「おはようございます、閣下。ご朝食の準備が整いました」

 異世界の昼夜に合わせた腕時計を見る、八時半を示している。耕助にとっては遅い朝、昨晩はしこたま飲んだ、それを女中は気にして遅い時間に起こしたのだろう。

「おはよう、手紙は書き終わったのかい」

「ええ。個別の晩餐会は断り、アノン家で催すイモの見学会でお目見えという内容でお書きしました」

「それはどうも、徹夜かい」

「いいえ、多少の睡眠はとりました」

 フェリアはまだ二十代だろう、若いから多少の無理が利く。耕助には無理な話だ。

「ありがとう、助かったよ。文章書ける人がいて助かった」

 耕助はベッドから起き上がる。


 フェリアは空になった水差しに水を注ぎ、机に投げっぱなしになったアルドからの書類を整理する。

「着替えるから部屋を出てくれると嬉しいのだけど」

「お気になさらず、メイドは空気のようなものと思って頂ければ」

「気になるよ、うら若い女性にさらせるようなからだじゃないから」

「左様ですか、では失礼致しまして食堂にてお待ちしております」

 フェリアは一礼し、部屋の扉を閉める。耕助はいそいそとパジャマを脱いでベッドに放り投げる。初春の季節、作業着では暑いだろう。ワイシャツを着てスラックスをはく。服はアノン家から洗濯、アイロンがけされて送られてくる。ピシッとした折り目が心地よい。


 耕助は食堂へと向かう。階段のところでジュセリを引き連れたヘルサと出会った。

「おはようございます」

 ヘルサはすまし顔、二日酔いには見えない。一方のジュセリはどこか苦々しげな顔である。

「おはよう。気持ち悪くないの、あれだけ飲んで」

「ええ、全く平気です。記憶は怪しいですが」

「ヘルサ様こうなのです。回りを巻き込んでおいてけろっとしてらっしゃる」

「そういうジュセリちゃんは二日酔い?」

「ええ、最近は酒を飲んでいませんでしたから堪えて……」

 ジュセリは力なく首を振る。


「情けない、それでも私の侍従ですか」

 ヘルサはジュセリを軽くにらむ。

「普通、侍従に酒の共という仕事はありませんよ」

 ジュセリはうんざりしたように首を振る。

「いいですか、愚痴を聞くのも侍従の仕事、酒に付き合うのも仕事。常に主に寄り添うのが使命でしょ」

 ジュセリは言葉を返すかわりに肩をすくめる。


 一行は階段を降りる。

「まぁ、愚痴も付き合うけど、毎日は無理だね」

「鈴石殿も二日酔いで?」

 ジュセリが尋ねる。

「ええ、頭痛と胃のムカつき。薬を夜中に飲んで落ち着いたけど」

「ヘルサ様、お聞きになりましたか。普通の人はあれだけ呑めば次の日が辛いのです。ヘル様は平気でも回りは疲れるのですよ、自重してください、人を束ねる貴族として」

「もう、その言い草では私が悪人みたいではないですか」

「悪人とまではいかなくとも、迷惑ではありますよ。今日はお控えください」

 ジュセリは素直な物言いである。

「わかりました。今日は飲みません、折角兄様の目がないところに居る、そして上物があるという好条件がそろっているというのに」

 ヘルサはどこかふてくされている。


 ヘルサは酒を借りなければ愚痴もこぼせぬかわいそうな娘、耕助は同情している・

「倉田さんが付き合ってくれるだろう、あの人強いから。だからと言って毎日じゃんじゃん飲んでもいいって訳じゃないけど」

「ヘルサ様を甘やかさないでください、絶対倉田殿だけで手に負えるものではないので」

 ジュセリは諫言する、そんなことをしているうちに一行は食堂に着いた。食堂の扉には昨日、人手を集めに出ていたアノン家の女中が一行を出迎えた。

「おはようございます。いつの間にやら人手が増えたようで、友人のメイドを斡旋使用かと思いましたがどう致しましょう」

「もう一人くらい人手はあっていいでしょう、紹介して」

「承知いたしました」


 女中が扉を開く。中では倉田と耕太が食卓を囲み、フェリア、ヴェルディが控えていた。すでに粥が配膳されている。

「おはよう、親父」

「おはようございます」

 耕太と倉田に耕助は頷く。

「おはよう。耕太、二日酔いではないか」

「うん、ちょっと気持ち悪いだけ。キツくは無いよ」

「若いっていいな。倉田さんは。あの後寝ましたか」

「ええ、ぐっすりと」

「強いなぁ。マダムより強いかも知れない」


「そういえばマダムはどうなっているのです?」

 耕助はヘルサに尋ねる。

「彼女は今寝て過ごしています。体力の回復が第一です、未来予知を乱発していたとなると心身への負担は壮絶なもの。サラの見立てでは一ヶ月ほどは休息が必要です、暴走する魔導を止めるには鎮静させる他ないとも」

「無事ならいいんですが、薬漬けになるのは心配だな」

 耕助は自ら椅子を引き、座る。

「サラの薬草の知識は一日にしてなったものではありません、その点は配慮しているかと」

「それなら良いんですが、まぁサラさんを信頼する他ないか」


 ヘルサはジュセリに椅子を引かせ、座る。そういう風に耕助も振る舞わなければならなのだろう、だがどうも慣れない。

「では頂きましょう」

 ヘルサがスプーンに手を伸ばし、朝餉が始まる。


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