持つべきものは愚痴を聞く相手である
食堂での酒宴が続いている。貴族という身分に縛られたヘルサに同情し、耕助は酒に付き合うことにした。徹底的に飲む。ヘルサは青春を楽しむ事もできない、それは辛いことだろう。『素面でも楽しめる』、それが若者の特権。耕助の持論だ、酒を飲まずに楽しめないヘルサがかわいそうに思える。
「で、父さんはヘルサちゃんの酒に付き合う訳だが。耕太、お前はどうする」
「俺も付き合うよ」
耕太も同情している様子だ。酒杯を空にし、ヴェルディに酒を注がせる。
「ジュセリ、君も呑みな。フェリアさん、杯を」
耕助は勧める、フェリアはカートから空のゴブレットを取り出す。
「しかし、私は侍従の身。私が酒に酔っては……」
ジュセリは首を横に振る。
「ヘルサちゃんのつらさがわかるのは君だけだ」
耕助はヘルサの隣の椅子を引き、席を空ける。フェリアはその席にゴブレットを置き、酒を注ぐ。そして氷を入れる。まだジュセリは戸惑っている。
「ほら、座って。理解してあげることも仕事だと思って、今ヘルサちゃんに必要なのは良き理解者だ」
「しかし、蒸留酒なんて高級品、私の身には余り有ると言うか……」
「気にしない、気にしない。これは私の命令! 貴女も飲みなさい!」
ヘルサも勧める。耕助はラッキーストライクを取りだし、火をつける。
「うーん、わかりました。仕方ない」
ジュセリは席につく。
「仕方ないなんて言い方、お酒がかわいそうですよ、もっと前向きに」
ヘルサがたしなめる。それもそうだそんな心持ちでは貴重品が勿体ない。
倉田は酒を飲み干し、次を注がせる。五杯目、だが酔ってはいない、強い。
「倉田さん、強いですね」
「酔えないんですよ、本職は。酒には申し訳ないが」
倉田は酔わない、酔えないと言ったほうが正しい。公安警官という裏の仕事がある、酒に飲まれるようでは務まらないのだ。酒に酔う人間は公安から淘汰される。いくら飲んだからといって、平常心を失うことはない。だが酒は好きだ、ウィスキーを嗜む。倉田は酔えない酒でも愉しむ事ができる。無論、誰も知ることはない。否、伊藤だけは知っている、この秘密を。
「そうですか、酔えないんですか。ならとことん付き合いましょう。明日は二日酔いでも仕方ないということで」
耕助は倉田の背景を知らぬ。
「異存はない、若者を支えるのも大人の仕事です」
倉田は杯を進める。ジュセリは一口酒をなめる。
耕助はヘルサが召喚した干し肉に手を伸ばす。繊維にそって引きちぎり、口に運ぶ。
燻された良い香りがする、蒸留酒にはぴったりの品だ。酒に漂う樽の香りと燻製は相性がいい。酒を一口嘗める。
「これ、美味しいよ。ほらジュセリちゃんも食べる、夕食はまだだろう。そうだ、フェリアさん、彼女に食事を」
「畏まりました」
フェリアは一礼し、部屋を出る。耕助は干し肉をジュセリに押しつけた。
「では頂こう」
ジュセリは肉を頬張り、酒を飲む。まだためらいが残っているようだ。
「駄目ですよ、ジュセリ。ぐいぐいいきましょう」
ヘルサがはやし立てる。
「はぁ…… 畏まりました」
ジュセリは諦めたようで、酒をグイと一気に飲み干す。良い飲みっぷりだ。
「よろしい! 付き合いなさい!」
ヘルサも酒杯を空ける、ヴェルディが二人に酒を注ぐ。
「お食事をお持ちしました」
フェリアがカートを押してくる。挽肉の乗っていないスミナ、それと余りものだろう、サイコロ状のステーキ。侍従だから我々の食事とくべるとランクが低いのだろう。
フェリアは皿を並べると壁際にたたずむ。
「ジュセリ! もっとお飲み」
ヘルサが命ずる。ジュセリは酒をまたも飲みほす。フェリアがお代わりを注ぐ。空きっ腹に酒はきついと判断したのか、ジュセリはがっついて食事を頬張る。
「で、ヘルサちゃんは愚痴とかないの、折角の機会だしバンバン言っていこう」
耕太が促し酒を嘗める。
「ありますよ、有り余るほど! 先ずは兄様ですが、苦労を一人で抱えすぎなんです! もう、もっと頼ってくれても良いのに!」
ヘルサは干し肉を頬張り、酒を飲む。
「ふむ。苦労人ぽいよね、イムザさん」
「そうなんです、もう、全部背負い込んで。サラが居なかったら今頃心身をやられていたでしょう」
「サラさんと何の関係が?」
「薬学ですよ、彼女の。胃が弱いんです、兄様は。ドロッドロの苦い薬湯を毎日飲んでるんですよ、本当にマズいの」
「へぇ、そこまでとは知らなかったなぁ。ふーん」
耕助は酒を嘗める。
(話は長くなりそうだ、とことん付き合うと言ったがちびちびいこう)
「チェイサーに水を、全員にください」
ヴェルディがカートからポットをとり、空のゴブレットに注ぐ。
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