酔いどれヘルサ
夕食は思いがけぬ蒸留酒の発見で酒宴と化していた。ヘルサは出来上がってる、倉田は涼しげな表情を保っているがペースが早い。耕太は控えめである、耕助はちびちびと嘗める程度に止めている。なにせメインがまだなのだ、酔うには早い。
「ミギのフィレとキノコのポアレ、チーズソース添えでございます」
フェリアが皿を配る。キノコの香りが部屋に立ちこめる、良い匂いだ、マイタケに似ている。
ナイフで切り、口へ運ぶ。獣の香り、それがたまらない。耕助は酒を一口、旨い。
「肉とチーズが最高にタンパク質って感じ」
耕太が語彙の無い感想を口にする。
「なんだその感想。まぁそうだな、タンパク質は十分だ」
「たまらない!」
ヘルサが酒を手に肉を頬張る。
「そろそろおやめになった方が……」
ヘルサが諫める。
「いえ、ここで止めるのは勿体ないの」
ヘルサは聞く耳を持たない。
(大丈夫かこの娘……)
「お酒はほどほどがいいですよ、二日酔いは本当に気持ち悪い」
流石の耕助も止めようとする。
「でも、でも、次の一杯で終わりにしますからっ」
ヘルサは空の酒杯をフェリアに示す。フェリアは多少の逡巡の後、酒を注ぐ。
「そうそう、それでいいの。これでいいの。これがいいの!」
ヘルサは旨そうに酒を飲む。未成年って事を除けば美少女だし、広告に使えそうでもある。
「酒癖悪い女の子って案外かわいいね」
耕太はまじまじとヘルサを見つめる。
「いや、この後吐いたりなんだりでプラマイゼロだ」
「吐きません! 食べ物は貴重なんです! そんなことはしません!」
ヘルサは断言し、酒を飲む。
耕助はイムザがヘルサの酒を禁止している理由がわかった、酒癖が良くない。貴族の嗜み程度と言っていたが、こんな姿を貴族に晒せば威光もなにもあったものじゃない。鉄家の矜持がそれを許さぬのだろう。
「お食事は以上です。何か干し肉などおつまみでもご用意しましょうか」
「いや……」
(これ以上はヘルサが持たぬだろう、この宴はここまでがいい)
「いえ、肴は必要です。我、酒杯を愉しむ者、逸品に相応なつまみ、出でよ!」
ヘルサが耕助の発言を遮る、魔導陣がテーブルに浮かび揚がる。木箱に入った干し肉が現れた。
(なんて適当な詠唱なんだ、相応なつまみなんてあやふやな言葉でもちゃんと使えるのか)
フェリアはやや困惑気味に下がる、女中としての仕事を主人に突然奪われたからであろう。
「ヘルサ様、魔導力が勿体ない!お控えください!」
ジュセリの声は悲鳴にも似ている。
「ジュセリ、酔っ払いの介抱はできるか」
倉田が尋ねる。倉田は四杯目の酒を空にした。ヴェルディが酒を注ぎ、氷を入れる。倉田は煙草を吹かし、それを眺める。
「お嬢様の介抱は、まぁ、仕事なので」
ジュセリは珍しく言葉を濁す。いつもは『武断』というイメージで中途半端な事は口にしない。侍従としてもヘルサの酒癖には思う所があるのだろう。
「二日酔いとか、大丈夫かな。明日も手伝って貰いたいのだけど」
耕助は不安を抱く。最も身近な貴族はヘルサだ、使い物にならなくなるとユミナをまた呼び出さなければならなくなる。
「いや、ヘルサ様は二日酔いは無いのです。酔うだけ酔って、翌日はけろっとなされる。却って手を焼くというか……」
ジュセリは沈痛な面持ちである。
「素面でも楽しいってのが年頃の特権なのに。勿体ない」
耕助の若者論である。素面でも馬鹿騒ぎできるのは一定の年齢まで、それを超えると酒に頼ることになる。酒を飲まずともはしゃげるのは特権だ。
「そうは言いましても、楽しい事というのが中々ありませんから。強くとめる事ができないのはそこがおかわいそうだからのです」
ジュセリは悲しげな瞳でヘルサを眺める。
「これと言って友人という者もおりません。友人も人を選ばねばならないのです、鈴石殿がお嫌いな社交というものです。親しく付き合えば他家との兼ね合いもあります、特定の友人を持つことも叶いません。それに娯楽というものも中々、堅いお家柄なので」
「若い娘には辛いだろうな。仕方ない、かわいそうだ、酒に付き合うか」
耕助もヘルサに同情をせざるを得ない。酒に頼らねば楽しめぬ青春か、恐らく恋とかそういう浮ついた話もないのだろう。政略というものがついて回るのだ。日本の女子高生と比べれば格段に自由は奪われる。ならば多少の酒の行き過ぎにも目をつむるほか無い。
耕助は徹底的に呑む覚悟を決めた。
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