若者と酒
棚から酒樽
耕助は煙草を一本吸い終える。倉田はまだ吸い終わっていない、アメリカンスピリッツはよく持つ、燃焼材が入っていないからだ。
耕助はもう一本煙草を取り出す。
「失礼します、お食事のご用意が出来ました」
フェリアの声がする。
(準備が早いな、もう飯か。煙草は仕舞っておこう)
ソフトパッケージに煙草を押し込み、胸ポケットにしまう。
カートを押して女中二人が入室、ナイフ、フォークをそろえ、テキパキと準備にとりかかる。ヴェルディは慣れた手つき、歳の功名が物を言う。
「前菜が酢漬けと薬効サラダでございます」
「薬効、どんな効果が」
倉田が尋ねる、耕助も気になった。薬効といえば健康的な響きだが薬は毒にもなる。この世界の医療は確かに効果がある。原井の爺さんの高血圧にも効果があった、酔い止めも効いた。『だから』気になる。
「整腸作用が主となる山菜の種が入っています、私達の世界では良く用います」
「なるほど、胃はやられていないけど。どうしたんだろうな」
「恐らくですが、晩餐会等で胃を痛めると思ったのでは」
ヘルサが進言する。
「あー、そういう。全部断るから構わないのですけどね」
ヘルサの席に皿が置かれる。酢漬けはいつものカブのような野菜、相変わらず綺麗な飾り包丁だ。胃に収まるのだから同じではあるのだが、毎食似たようなものを食べる身としてはこういう工夫はありがたい。ちょっとした変化というものは重要になる。
全員の席に皿が置かれる。鳥をあしらった酢漬けの飾り包丁がサラダの上に乗せてある。見た目は悪くない。
「ではいただきましょうか」
「そうだね、頂きます」
耕太が前菜を拝み、フォークでがっつりと刺し口へと運ぶ。若者らしい豪快な食べ方だ、耕助は二、三枚の葉を刺し食べる。
香ばしい、ごまのような味だ。カリカリとした触感もある。サラダを注視すると細かな粒が絡まっている、これが薬膳の種か。ドレッシングはオイルを主体にした酢のようだ、酸味がある。
やがて葉の味が口をつたう、ほろ苦い大人の味。触感は水菜に似ている、シャキシャキした歯ごたえが種と相まって表情が豊かである。
「ふむ、悪くない」
倉田が評する。
「そうですね、味が割と複雑で楽しい。でもちょっと大人向けの味」
「大人向け、確かに。苦みがなんとも、酒が欲しい」
「倉田さん、結構飲むんですか」
「ええ、割と」
(自分で割と飲めると評する者は大抵そんなに強くないのは世の常。だが倉田の年齢は若者の時ほど飲めない自分を自覚する頃合い。それでいて飲めると言うことはやはり言葉通りそれなりに飲める事を表しているのではないか)
耕助は考えを巡らす。
「お酒、ご用意できます。先ほど厨房に樽がありました。何人前ご用意しますか」
フェリアが灰皿を新しいものに取り替えながら尋ねる。
「ヘルサさんは未成年だから飲めないとして…… そうだね、三人前」
「いえ、私も飲めます。四人分用意して」
「畏まりました」
フェリアが一礼し、部屋を出る。壁際に控えているジュセリは顔を引きつらせる。
「ヘルサちゃん飲めるの?」
「貴族の嗜み程度には」
「未成年の飲酒ってどうなんです」
耕助は倉田に尋ねる、警官としてどう思うだろう、そこが気になる。
「別にここは日本じゃないですからね、飲酒に未成年もなにもないかと」
「意外だな、もっとお堅い人かと思っていましたけど」
「そうですか。私は決まりにはうるさいかもしれませんが、日本の法をこの世界に持ち込む気はありませんよ。現に銃の所持を免許不保持者にも許しているじゃありませんか」
「なるほど、確かに」
耕助は酢漬けを一口で食べる。飾り包丁が勿体ない気もしたが、美しいものを少しずつ壊すもの何かと思ったのだ。シャキシャキとした食感と酸味が食欲をそそる、前菜としてはうってつけだ。
「失礼します、スミナとお酒のご用意ができました」
フェリアがカートを押して入室する。
「スミナの蒸留酒です、恐らく饑饉の前の品でしょう。ストックが割合残っています」
「それは貴重品じゃ、今飲んでもいいのかな」
「構わないでしょう。今日は大臣初日、祝いだと思えば。樽はどれ位あるの」
ヘルサがフェリアに尋ねる。
「大樽が三つほどございました」
「あら、そんなに。では気兼ねなく飲めますね」
「ヘルサさま、飢餓前の蒸留酒となると一財産です。控えられては」
ジュセリが諫言する。
「いえ、ジュセリ、これはアノン家の物、主人が楽しまずにいれますか」
ヘルサはふくれっ面になる
「しかし…… そこまでお強い訳ではないでしょう」
ジュセリの諫言は続く。
「強くないの?」
耕太がジュセリに尋ねる。
「ええ…… 蜂蜜酒でできあがります」
「無礼な、そこまで弱くありませんよ。ほら、お注ぎなさい」
ヘルサはフェリアに促す。
「はい、畏まりました」
フェリアはゴブレットに酒を注ぐ、無色透明な酒だ。それなりに大きいゴブレットに七分目ほど。
「そうそう、それでいいんです」
ヘルサはご機嫌だ。
「ヘルサさんが酒がそんなに好きだとは知らなかった。その歳で酒好きとは」
「兄上が止めていましたから領地では飲めないのです」
「まぁ、その歳なら止められてもおかしくはないけど、大丈夫かなぁ」
耕太は若干不安げな声色である。
(まぁ不安はあるが、外で飲んでる訳では無いし大丈夫だろう)
耕助は高をくくる。だが、後々になりこの判断は間違ったことになると気づく。
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