妙案

 今、堆肥作りが課題になっている。化学肥料の再現という道はあるが、如何せんこの世界の技術発展の方針と大きく異なっている。有機栽培の方法を練るのは必須だ。


「農兵を使いたいがなぁ………」

 ユミナが呟く。だが参謀本部との関係を考えると実現性が薄い。

「勅令を使うのはどうでしょう、王様の命令とあらば聞き入れるほかないのでは」

「勅令を乱発しては王の威信が崩れます。それにジャガイモ栽培を最優先せよという内容の大勅令二号が発動しています。それでもジャガイモを接収しようとした参謀本部ですよ」

 ヘルサが棄却する。耕助ではどうも感覚がずれている、やはり貴族、政治家の補佐が必要なのだ。


「堆肥作りは経験が物を言うからな。ただの農奴ではつくれまい、農兵から経験者を募るほかないだろう。後方に残された人間から人員を出すのは難しかろう、ジャガイモの植え付けも今後行うことを鑑みれば」

 ユミナは農兵を使う道を模索しているようだ。だが耕助はひらめいた。


「いや、意外と農兵を使わなくても良いかもしれませんよ」

 耕助は煙草を取りだし火をつける。

「堆肥作りできるほどの技術者を農兵にして送りだすでしょうか」

「ふむ、確かに。我が家では農業技術の低い者を送り出した」

「そうです。きっと後方に堆肥作り出来る人間は残っているはずです。それを総動員すればなんとかなるかもしれません」


「ふむ、技術者の動員か。各家が応えるかな。なにせ今は使える農奴が惜しい」

「それこそ勅令に則って命令を出せばどうにかなるのでは。参謀本部に頼むより確実でしょう」

「それもそうか」

「加速魔導を使いましょう。ジャガイモの見学会で生産性を見せつける、そして各家に堆肥作りの経験者を供出させる。もちろん派遣した農民の数に応じて種芋、完成した堆肥を割り振る。これでどうです」

 耕助渾身の案である、これが通らなければ耕助にはもう限界だ。

「よろしいのでは。堆肥は発酵させるのですよね」

 ヘルサが尋ねる。

「ええ。堆肥作りはアノン家で行いましょう。コルさんの加速魔導を使えばすぐです」


「糞はどうやって集める? 」

 ユミナが尋ねる。

「転送魔導で。戦場とは言え衛生面は気になるでしょう、屎尿を放置するより後方に送りつけたほうが参謀本部も嬉しいのでは」

「そうですね、アルドに調整を依頼します」

 ヘルサは書をしたためる。


「だが、これはジャガイモを貴族に喧伝できた場合に可能になる。見学会の重要性が増したな。鈴石、煙草は余っているか」

「どうぞ」

 ラッキーストライクを箱ごと渡す。今回の旅路は長丁場になるとふんでいた、煙草のストックはまだまだある。

 それにいざとなれば倉田からアメリカンスピリットを貰えばよいのだ。

「すまんな、煙草葉も冷害でやられてな。で、見学会だがこれの計画をねらばなるまい、一発勝負のここ一番だ。失敗はできないぞ」

 ユミナが煙草をくわえる、耕助は火をつけてやる。


「ジャガイモを植え付けて、収穫まで加速魔導を使って時短。取れたてのジャガイモをその場で調理するのはどうでしょう」

「うーむ、食べるのと植え付けは逆の方がいいと思う。味でまずインパクトを与える。そして簡単に植え付けられることを示すほうがよかろう」

「私もユミナに賛成です。最初にジャガイモの味を見せつけることで、植え付けにも関心をよせるでしょう」

「なるほど、筋は通っている。では試食、そして植え付けの見学の順でいきましょう。私がいた方がいいですか」

「当然です、農業大臣なのですから」


「では王都滞在は短い方がいいですね。早いところアノン家に戻って準備しましょう。王都で残っている仕事は……」

「アルドに聞きましょう、中央で行うベき仕事が残っているやも」

 ヘルサはちゃちゃっとかきとめ、転送する。


「さて、一段落ついたな。いや給食の問題が残っていたな、ジャガイモはどれくらい有れば腹を満たせる? 」


「えーと、ジャガイモ四つで四百グラム、それを三食で一千二百グラム。六十万人の兵を養うのだから一日七百二十トン。これから植え付けるジャガイモが化学肥料抜き、有機肥料で九倍に増えると想定して四千五十トンだから……全部供出しても約七日分ですね」

 今手元のジャガイモを全て植えてもたった一週間しか持たない、その期間で魔王に勝てるかわからない。それに全て食べてしまっては普及できない。


「スミナの蓄えもある、もう少し持つだろう。それに戦闘をしないのであれば一食に四つも食わないでいい、せいぜい三つだ、それに二食でいい。十四日は持つ」

「やっぱり軍への給食は各地でジャガイモ生産が始まるのをまちましょう。スミナの蓄えはあるんですよね」

「ああ、この夏は持つだろう。それに今育てているスミナもある」

「ではジャガイモの配給のタイミングは今シーズンの収穫を待ってですね」

「ああ、前線に負担をかけるがしかたあるまい」

 ユミナは煙草をもみ消した。

 兵士はあの粥で耐えられるだろうか、耕助は心配になる。だが、ここは非情にならねばなるまい。ジャガイモを使い切ってしまえばどうにもならないのだ。


(これも政治というやつか。嫌だと思っていたが、結局関わらないといけないんだな)

 耕助は諦め、現実を受け入れる。

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