決心
女中が控え室からカートを押して入室する。
「ゆでジャガイモ、バターのせ。それに仔ミギのポワレでございます」
「こみぎ? なんですそれは」
「食用の家畜です、スミナに入ってる肉ですよ。雌ミギからは乳を搾ります。バターの原料となります」
「ミギはワシの領地でも育てている。さて、味比べといこう」
「あまり期待しないでください、王家に献上するほどのミギをシルタ家は生産しています。勝負にはなりません」
ゆでたジャガイモが装飾された大きなボールに乗せられている。女中は皿を並べ、その上にトングを使ってジャガイモをのせていく。転移魔導を使って送られた品で、未だ冷めずに湯気を沸き立たせている。
女中はジャガイモを配り終えるとバターの入った器を中央に置く。
女中は肉の乗せた皿を配って廻る。またベリー系のソースがかかっている。ハーブらしきものがまぶされている。耕助はベリーソースは嫌いでは無いが、そろそろ醤油の味も恋しくなってきている。照り焼き、ワサビと醤油、そんなものが欲しい。
「さて、味見といくか」
ユミナはジャガイモへと手を伸ばす。バターをたっぷりと付け、がぶりと一口。
「うま味が強いな。ふむ、これなら国王陛下も満足されるはずだ、スミナの何倍もうまい。それにこのバター、サッパリとした味に良く合う」
「そりゃもう、品種改良の賜ですよ。味で勝負しないと勝てない世界だったので」
「なるほど、味を改良したのか。この世では無理な話だ、先ず効率性を重視した品種改良になるからな。で、コレが作付けで十倍になると。農業は変わる、それに付随する形で身分制も変わるのも納得がいく。このジャガイモは世界を変えるぞ。農奴の舌も肥えるだろうな、ふむ、本当に世界が変わるぞ」
ユミナは感嘆しながらも分析をする。元農業大臣、農業に関心を寄せるだけある。耕助はこんな味方が欲しかった。気楽に付き合え、イムザの様な苦労をにじませるタイプではなく、そして農政、農業に明るい人間が。
「ただ、ジャガイモは害虫、疫病に弱いのです。ジャガイモだけに頼るのは危険です、スミナの作付けも行わなければなりません。モノカルチャーを防ぐ必要があります」
「こんな奇跡の様な作物があって尚もスミナを植えよと。中々難しいな」
「ええ、難しい事です。しかし、私達の世界ではジャガイモが疫病にやられ、餓死、移民で人口が半減した実例があります。ジャガイモに依存していた国が疫病に襲われると一気に傾きます、今以上の惨状が待ち受けているかもしれません」
耕助は肉を切り、口へ運ぶ。ベリーの酸味と甘みが肉にマッチしている。
焼き加減は残念ながらウェルダン、耕助は生っぽいのが好きだ。だが寄生虫対策が確立しているかも不明、生は控えたい、だから総合的に見ればこの焼き加減でちょうど良い。
だが、やはり固い。そして臭みがある。臭みは鹿肉やジンギスカンで慣れているからまだ平気、だが本州の人間であれば苦手な部類に入るかもしれない。
味の良い家畜の育て方だとか、品種改良が進んでいないのだろう。
「ミギの味はやはり我が家の方が上だな」
肉を厚切りで頬張るユミナはどこか自慢げである。
「コツをお教えしよう、餌を発酵させるのですよ、ふふん」
ユミナは不敵に笑う。
「そうですね、発酵飼料はよく育つと聞きます。こちらの世界で使われているとは思ってもいませんでしたが」
やはりユミナの領地での農業は少しばかり発達しているらしい。シルタ家がようやく送り出したという移民団も期待が出来る。
「で、ジャガイモだがこれは主食になるということか」
「ええ、私の国ではそうじゃなかったですがジャガイモを主食にする国、地域は沢山あります。腹はふくれますよ、デンプン質がおおいので」
「確かに腹は膨れそうだ。だが栄養はどうだ、腹が膨れるだけでは兵は動けまい」
栄養の話はイムザからは聞いていない、関心が無かったように思える。その点ユミナは栄養価を元に給食計画を練っている。そこが大きな違いだ。
「カロリーは少ないです、カロリーとは人間が運動するのに使うエネルギー量のことですね。ただビタミン、人体に良い影響をもたらす成分は豊富です。油を使って調理すればカロリーは補えます。うまく植えることができれば皮も食べられます、皮の近くに栄養があるので無駄にはしたくないですね」
「なるほど。カロリーか、やはり一工夫必要なのだな。ふむ。揚げ物にするのか」
「ええ、スティック状に切ってあげればそれだけでちょっとしたものになります」
フライドポテトの事だ、確かウルムンドという輜重兵が作り方を習っているはず。
「今晩のメニューに加えて貰いましょう、なかなか美味しいですよ。ジャンキーだから前線の兵士でも満足すると思います」
何も言わずともヘルサが筆を執る、書記のようなポジションに収まった。だが重要な役割だ。他に魔導文を転送できる者は居ない。それに天下に名をとどろかす鉄家である。このコネクションは重要だ。
「ふむ、油の増産をしなければなるまいな。ワシが根回ししよう」
ユミナは二個目のジャガイモを手にとる。
「なかなか気に入ったぞジャガイモ。早いとこ我が領地でも栽培したいな」
ユミナは微笑む、ジャガイモに期待しているようだ。
(期待に応えねば)
これまで耕助はこの世界を救うことでS町の底力を示そうと躍起になっていた。だが今、ニュアンスがすこし変わってきている。異世界人との交流、そしてその関係に応える為にもジャガイモの普及を目指している。耕助と異世界の関係が少し変わった。
耕助は決心を新たにする、この世界を救うのだと。
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