謁見
王の間でラッパがなるのを耕助は扉越しに聞いた。
「我々の出番のようです。参りましょう」
女中が王の間へとつづく扉を開く。大きなシャンデリア、ステンドグラスが広く暗い王の間を照らす。階段状のひな壇の上に玉座がある。巨大な鉄の玉座である。国王の顔をうかがい見るには距離がある。
「ヘルサ・イム・アノン、並びに鈴石耕助、参上つかまつりました」
ヘルサが良く通る声で告げる。ジュセリは鎧を鳴らし気を付けをする。倉田、耕太もビシッと直立不動になる。
「おう、よく来たアノン家の娘よ。異界の者もちこうよれ。」
しゃがれた声だ。声の主、王はやや肥満気味である。饑饉の世にあって太っているということは、毎日それなりの食事をとっているだろう事がわかる。
「は、失礼致します」
ヘルサは恭しく一礼し、玉座へとしずしずと近づく。
だが倉田の行動は対照的だった。
「気を付け!前へぇー!進め! 」
倉田が張り裂けんばかりの声を上げる、声は広い王の間においても反響する程の大声量である。国王は異世界のものごとに興味があると言っていた。倉田はそれに従い、警察式の礼式を貫徹するつもりのようだ。
耕太は倉田の号令に従いジャガイモの入った木箱を持って行進する。耕助も後につづく、その後ろには姿見を持ったジュセリが続く。
耕助は緊張し、今更ながら喉の渇きを覚えた。だが、今となってはどうしようもない。今更水を飲みたいなんて言えやしない。
一行は玉座の据えられた階段の下までたどり着く。
「全隊、止まれ!」
倉田の号令で一行は止まる。
「気を付け!国王陛下に対し敬礼ッ!頭ァーナカ!」
耕太はジャガイモの箱を抱えたまま、キレのある動作で顔を国王に向ける。
ヘルサは恭しく、深く丁寧な礼をする。ヘルサに続きジュセリは抜刀し、鼻先に刀身を付ける。耕助はなんとなく、腰を九十度に曲げる。
「ほうほう、それが異世界式の礼式か、珍しいものを見れた、やはり別世界のものに触れるのは楽しいのう。うん、休んで宜しい」
「なおれー!…… 休めッ!」
倉田が叫ぶ、耕太は正面へと顔を向け、足を開く。ジュセリが納刀し、後ろで腕を組む。
女中がカートを持ってきた。
「こちらに献上品をお載せください」
耕太は従い、箱をカートにのせる。そして素早い挙動で後ろに手を組む。休めの姿勢である。耕太は凄まじい速度で礼式を会得したのだ。
「かつての謁見では五十も百も兵を従えていたが、今回は三人か」
ベルモガ二世は寂しげに呟く。
「畏れながら、この者らは道中十人以上の賊を撃退致しました。戦力は十分かと」
「ほうほう、強いのう。ふむ、精鋭ということか。それならば宜しい」
ベルモガ二世は頬杖をつき、品定めをするように一行を眺める。
「そもそも、今回は閲兵が目的ではなかったな。なんだったか、じ……じ……」
「畏れながら、ジャガイモのことでしょうか」
耕助は助け船を出す。
「そうそう、ジャガイモだ。ジャガイモ。ま、その話は後だ。先に異世界からの貢ぎものをみせい」
女中達は王の前へとジャガイモ、姿見、時計を持ち運ぶ。
「ふむ、これは鏡か。おお、朕のものよりも緻密に写る」
ベルモガ二世は楽しそうに鏡を見つめる。
「これはよい! 寝室に置かせよう。侍従長!これを我が部屋に持て」
「は、承知しました」
黒いローブを着た男が鏡をいずこかへと持って行く。
「そして、これは……文字盤か。なんて書いてある」
「時計であります、陛下」
緊張のあまり、耕助の言葉遣いは変になる。
(あります調なんて普段使わないのに……倉田の礼式に引っ張られてるな、俺は)
「ほう、時計! どういう仕組みだ」
「機械、我々の世界のからくりであります。はい。太陽の光りが動力源です。文字の意味は後ほどご説明致します」
「そうか、からくりか。王国で用いられているのは時計、線香の類いが主流じゃ。面白い、面白いのう!お、文字が変わったぞ」
ベルモガ二世は面白そうに時計を眺める。
「時間が変化したということであります」
(まるでおもちゃを与えられた子供だ。呆けているという話は本当なのだろう。大丈夫か、この国は)
耕助の不安は的中したように見える。
だが、ベルモガ二世は呆けているふりをしているのだ。生前退位の口実を作り、国王の呆けを利用しようとする金家を裁く、そういう策謀である。耕助一行は完全にだまされている。この計略はヘルサもあずかり知らぬ、ごく一部が知りうる秘密だ。
「さて、肝心のジャガイモじゃ……これは石みたいだが、食えるのか? 」
国王はジャガイモを疑ってかかっている、耕助に緊張が走る。この老人を説得しないことには、ジャガイモの収穫はパーになってしまう。参謀本部に奪われることは避けねばなるまい。それを防ぐために耕助ははるばる王都までやってきた。ジャガイモ、否、王国の命運を託したプレゼンが今からはじまるのだ。
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