控えの間

 王宮の中は鉄であふれかえっていた。ドアノブ、蝶番、シャンデリア、家具の殆どに鉄が使われている。豪華趣味とでも言えば良いのだろう。なにせこの世の鉄は日本における金と同等の価値があるらしい。


「謁見の前に服装を直したいんですが、控え室とかってあります」

 アルドに耕助は尋ねる。

「国王陛下の準備が整うまで控えで待機して頂きます、心配はご無用です」

「だそうです。倉田さん、防刃ベスト脱ぎませんか。見ているこっちも暑苦しくなる」

「ジュセリさんの甲冑と同じです、『武人』としては脱ぐのはご勘弁だ」

 確かにジュセリは鉄の鎧を身にまとっている。

「武人の嗜み、暑いからといって鎧を脱ぐのは恥です」

 ジュセリ、そして倉田の意思は固いようだ。耕助は説得を諦める。


 長い廊下を渡る。外の家は黒っぽい石で出来た家が多かった。だが流石は王宮、白っぽい大理石状の石が廊下を彩る。絨毯の赤と非常にコントラストがきいている、悪くない。

「つきました。ここが控え室です。隣は王の間となります」

 アルドがうやうやしく扉を開く、中は鉄の椅子が並び、アノン家よりもずっと大きなシャンデリアが垂れている。歳をくった女中が一人いた。


「これって豪華……なのかな」

 耕太が呟く。確かに鉄製品は高価なのだろうが我々日本人としてはピンとこない。

「我々の世界では贅を尽くした内装です。鉄の椅子は数がありませんし、なにより鏡があります」

 確かに鉄をよく磨いたような、写りのぼんやりとした鏡がある。

「鉄の鏡があるのはここ位のものでしょう。王家の繁栄を誇示しているのです」

「じゃあウチの姿見を貢ぎものにすればよかったんじゃない、親父。時計よりもこの世界にマッチしてるかも」

「そうかもしれないな」

「転送で呼び寄せますか」

 ヘルサの問いに耕助は首肯した。


「我、今異世界の鏡を呼びださんとする者なり。鈴石宅より姿見よ、顕現せよ」

 ヘルサが杖で地面をつつく。すると紫色の文様が地面に現れ、そこに鏡が現れる。

(ニトリで買った鏡だ、俺達にとってはそんな価値はない。時計もそうだ。異世界にない物であれば何でもよかったのかもしれない)


「そういや転送魔導って引き寄せるのと、送りつけるの、二つあるよね」

 耕太がヘルサに尋ねる。

「はい。呼び出す方は召喚魔導の系譜にあり、難易度が高いのです。一方で送りつける転送魔導はそこまで困難ではありません、基礎技術です」

 ヘルサは暗に自分の能力を誇示した。


「美しい鏡だ。きっと国王陛下もお喜びになるでしょう」

 アルドがまじまじと姿見を見つめる。ネタばらしすると悪いが、ニトリで買った安物だ。

「その程度の鏡、私達の世界ではあふれていますよ。ちょっと失礼」

 耕助は転送されてきたばかりの鏡で服装を整える。

 暑さで緩めたネクタイを締め、作業着を着込む。皺がないか振り返って確認する。

(よしこれならいいだろう)


 耕太の格好を確認する。タン色のチノパンに夏向けのネズミ色をしたジャケット、ノーネクタイ。異世界人はネクタイの有無を気にはしないだろうという想定での服装。若者らしい、すがすがしい服装だ。


 倉田は皺こそないが、使い込まれた感じのある夏の制服。防刃ベストの『POLICE』の文字がかすれている。これ以外制服がないのだから仕方ない。むしろ夏服があった事が僥倖と言うべきだろう。


「そうだジャガイモも送ってもらおう」

「ジャガイモであればアノン家にあるものを使いましょう」

 ヘルサは文を書き、転送する。

「アノン家に居る魔導師に送らせましょう。呼び寄せるのは体力を使いますから」

 控えの間にある机が光る、ジャガイモが一山箱に入って送られてきた。

「これが救世の食物ですか」

 アルドがジャガイモを手に取りしげしげと眺める。

「そうです、我々の持つ最大の武器です。植え付ければ十倍に増えます、生産性の高さが売りです。寒さにも強い」

「なるほど、この世界が求める要素はクリアーしたと言うわけですな」

 アルドは手に取ったジャガイモを箱に戻す。


「国王陛下の準備が整いましたらお呼びします。私は国王陛下の元におります」

 アルドは一礼すると王の間へと繋がる扉から部屋を辞する。

「たしか国王陛下は高齢だとか」

 耕助はヘルサに尋ねる。

「ええ、どうも体調が優れぬようで。私としても心配です」

(確か認知症を患っているとかイムザは言っていたな、大丈夫か)

 耕助は不安を抱く、認知症が為政者となれば何が起こるかわからない。ボケにも種類がある。温和になるのもあれば、キレやすくなるものもある。暗君の可能性もある。

 だが、表だって聞くこともできない。そんな事を聞けば『無礼』に当たるだろう。貴族様の機嫌を損ねるどころか、無礼打ちの可能性もある。耕助は黙っていたが、ここにきて急に不安になる。

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