召喚の意義

 ヘルサが倉田を従え入室する。

「キランをお吸いになりましたか」

「いえ、もう薬物で紛らわすのはもう結構。親子の問題はけりをつけました。子離れってヤツです」

 耕助はラッキーストライクを吹かす。


 この異世界に対し耕太は自分なりの覚悟を持っている。それは耕助にどうこうできるレベルではなくなった。耕助は今回の正当防衛を含めた耕太の覚悟を親として受け止めた結果、子離れ、親離れとなったのである。


「そうですか、憂鬱が長引くかと思っていましたが。杞憂で終わりましたか、キラン中毒にならなくて本当に良かった」

 ヘルサは安堵のため息を漏らす。

「今でも戸惑いはありますが、どうにかなってます」

 耕助はありのままの心中を伝える。


 無論、親離れは異世界に来さえしなければ、こんな形ではなかっただろう。その事は頭に入れておくべきである。だが、耕助としてはいつまでも塞ぎ込んではいられない。それに覚悟を決めた耕太をいつまでも子供扱いしていては耕助が持たない。割り切った判断だった。


「それで国王陛下にはいつ謁見するのです」

 倉田は親子の問題はどうとでも思っていないようだ。

(ドライだ。だが、こういう人がいないと異世界では上手くやっていけないかもしれない)

 耕助は倉田の冷淡さを肯定的に受け止めた。

「明朝です。服装はご自由に、礼節もそちらの世界に合わせてください」

「それでよろしいので」

 倉田がいぶかしむ。

「国王陛下は珍しいものごとを見るのがお好きなのです。何せ城から外へは中々行幸なされないので珍品には目がないのです。他の世界のものならばなおさら」


「なるほど。では耕太君、銃を持って上位者に謁見する際の所作を教えようか。鈴石さん、構いませんよね」

「ええ、よろしくお願いします」

 以前の耕助だったらいい顔をしなかっただろう。銃を持つこと前提の行為だからだ。だが、子離れした今、それを止める理由はない。耕太を縛り付ける理由はない。

 むしろ無礼を働くよりはいいとさえ思えている。

「では庭か、広間を使ってもよろしいですか。大声出しても良い場所が望ましいですが」

 倉田がヘルサに問う。

「ならば応接間が宜しいでしょう。密談の為防音性が一番高いのです。サフラ、案内を」

「承知致しました。ご案内いたします。」

 サフラと呼ばれた女中は腰を折る。


「じゃ、親父そういうことで」

「じゃあ、また後でな。しっかり練習しろよ」

「わかってるって」

 耕太は手を振り、扉を後にする。ヘルサはそれを目で追った。


「私のこと、恨んでおいででしょう」

 ヘルサは耕助に問う。

「召喚さえなければ、耕太殿は人を殺さずにすんだ。あなた方の世界では殺人は重い罪だと聞き及んでいます」

「ええ、そりゃもう大罪だ。確かにこの世界に召喚されたことは恨んでいますよ。耕太もああなっちゃうし」

 耕助はラッキーストライクをもみ消し、二本目を手に取る。耕助の瞳を遠くを眺めるように弛緩している。

「最初は単なる大馬鹿ものだと思っていた。異世界で浮かれて、勇者とかなんとか言い出す始末。全く、我が子ながら参ったものだと」

 ヘルサは黙して聞き入る。


「だが、耕太は耕太なりに成長したんだ。それが例え残酷な世界に適応するかたちでもだ。もっと早くからあいつに気をつかってやればこんなことにはならなかったかも知れない。だがもう遅い話だし、親離れしたと思える今なら後悔も浅い」

 耕助はラッキーストライクに火をつけ、吸い込む。そして煙をゆっくりと吐き出した。

「耕太の件はこれで終わり、良い意味でも悪い意味でも俺の手の届かないところに行ってしまった」


『カシラァー!!ナカッ!』

 館に倉田の声が木霊する。きっと警察流の挙動を練習しているのだろう。今の耕太なら多少スパルタ式でもきっと大丈夫だ、安心して倉田に託せる。


「でも、ある意味救われた側面もある。召喚がなかったら俺は今頃農協の合併で不完全燃焼。多分無気力症候群になって、立ち直れなかったかもしれない。俺は特に趣味とかないから引きこもり老人になって、認知症とかそういう類いの良くない老後を送っていただろうね」

 耕助は煙を吐き出す。

「それにS町はますます過疎になってただろう。今回の召喚はS町、そして俺にとってチャンスでもある」


「一度救えなかった故郷を復活させる。それが目標だ。アノン家の黄金を元手にしてもいい。それに今回の件でますます農協と農家の関係は緊密になった。別に農協に拘らなくたって今の時代いいかもしれない。ネットとか使って販路確保したりね。この世界に来て想像力は豊かになった」

「では、救国にお手伝い頂けますか」

「ええ、もちろん。喜んで引き受けさせて頂く」

「ありがとうございます、今後ともよろしくおねがいいたします」

 ヘルサは深々と頭を下げる。

(最初からそういう態度なら、もう少しこちらの態度も違ったかも知れないな)

 耕助は煙草をもみ消した。

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