独り立ち

 耕助は目を覚ます。天蓋付きのベッド、だが浮遊小屋の中ではない。窓から都市が見える。

「お目覚めなさいましたか」

 見知らぬ女中、そして耕太が隣の椅子に腰掛けていた。

「ご気分が優れないとか、気がふさぐといったことはありませんか」

「いや、その、平気です」

「そうですか、それは良かった」

 女中は胸をなで下ろす、耕太も安堵のため息をついた。


「こちらお吸いになられますか」

 女中が小箱を差し出す。

(この世界の麻薬だったか。また眠りこけるのもなんだし、耕太の目の前だ。教育上よくない)

「後にします」

「そうですか。私めは廊下に控えておりますのでご用があればお呼びください」

 女中は一礼し、退出した。


「親父、単刀直入でいこう。俺が人を殺したことどう思ってる」

 耕太は窓を見ていた視線を耕助へと移す。

(耕太が人を殺した。そうだ、俺はなんて一大事のさなかに眠りこけていたんだ)

「ああ、その件だがな…… 」

 耕助は言葉を紡げない、どう続ければいいかわからない。

「親父も多分モヤモヤしたものを感じてると思う。俺もなんだ」

 耕太が切り出す。

「いくら正当防衛だからって、殺人ってのは良くないのはわかってる」

 耕助は耕太の瞳から目をそらさず聞き入る。


「多分、だけどさ。銃ってのがネックなんだと思うんだ」

「それはどういう意味だ」

「相手と同等の武器だったら、ここまでくよくよしてないんじゃないかって。銃のおかげで一方的に勝っただろ。そこで殺人の嫌な部分が増長されているんだと思うんだ」

「確かに銃があったおかげで戦いは有利にすすんでいたんだろうな。父さんは見ていないが」

 耕助は戦闘中、耕太の銃床打撃を受け嘔吐し、もんどりかえっていた。


「殴ったのはごめん。でも、武器が銃じゃ無いと俺達死んでた。剣とか魔導とか使えないし」

 耕太は続ける。その姿は真面目だ、召喚直後とはえらい違いだ。あんなに浮かれていた姿の片鱗さえ見せない。

 耕太はある意味成長した。それが望ましくないものであったとしてもだ。耕助はしばらく耕太に話させようと思った。


「仮に現代で通り魔にあって、応戦して相手を殺してもこんなに悩むことないと思うんだ。今回はたまたま手元に銃があって、それを使った。相手は銃の事を知らないさ、異世界だもの。だから結果として一方的にはなったけど、正当防衛だと思う。いや立派な正当防衛だ」

 耕太は指を組む。


「お前はやれる事をやった。そう言いたいのか」

「うん、そうだよ」

 耕太はポットから水を注ぎ、耕助に手渡す。

「これ、アノン家から取り寄せた蒸留水。安心して飲んで」

 耕助は一口飲む。口が渇いている、そして吐瀉物の残り香がする。


「正当防衛か。そうだとしても殺人の重荷は消えないぞ」

「覚悟はしてる」

 耕助は耕太を見つめたまま視線を動かさない。耕太の表情からは迷いとか、後悔みたいなものは感じられない。視線もまっすぐ、泳がない。

 耕助は一人の男、大人の顔の耕太を初めて見る。そのことに若干、驚く。あんなにも異世界に浮かれていた耕太は、今や立派な男として成長しているのだ。

(耕太は覚悟がきまっているのか)


「耕太、お前はこの世界を背負ってる訳じゃ無い。そこまで覚悟を決める必要があるのか」

「異世界を背負ってようが、いまいが自分の命、そして父さん達の命は守りたい。それだけだよ」

「そうか…… 」

 耕助は天蓋へと視線を移す。


 耕太の残酷な世界にみあった成長は止められない所まできてしまった。耕助には最早どうすることも出来ないだろう。そう痛感する。

 耕太の覚悟もすでに固まっている。父親として言えることはあまり残されていない。


「せめて人として道を違うことはするな、それだけはダメだ。力に溺れるな、これからの人生、胸を張って生きれるようにな」

 耕太へと再び視線を戻す。

「わかってる」

 耕太は迷いの無い、覚悟の固まった表情だった。


(もう、耕太を子供のように扱って教えられることはないだろう)

 耕太が覚悟を決めた今、耕助にできることはない。手助けもできない。説教も意味をなさないだろう。耕太と耕助の意識の差はあまりにも溝が深すぎる。

(これが親離れというヤツか…… )


 耕助は起き上がり、胸ポケットからラッキーストライクを取りだす。

「灰皿ください」

 廊下の女中に声をかける。

「はい、ただいま」


「もう、父さんはお前をどうすることもできない。きっと親離れの時期なんだろう、肯定的に捉えればな」

 耕助は煙草をくわえたまま話す。

「親離れは日本にいてもいつかは来る時だ、別に見放すとかそういう話じゃないぞ」

 耕助は念を圧す、親子の距離感は保ちたい。独り立ちするとはいえ、仲の良い親子でいたい。

「この異世界に来て多少は早まっただろうが、いつか来る時だったんだ」

 耕助は耕太に説いているだけでは無い、自分自身にも言い聞かせている。これは悪いことばかりではないと。そうでもしないと、耕太の殺人という罪を受け入れられない。

 耕助は自分自身を納得させる。そうしないと身が持たない。


「親父…… 」

 耕太は目を伏す。


「灰皿でございます」

 女中が灰皿とキランの小箱を持って入室する。

「キランはやらない。もう、いらないです」

(薬物で紛らわすのはもうやめだ。独り立ちする耕太をしっかり見守ろう)

「そうですか。承知しました」

 女中は部屋を辞する。


 耕助は煙草に火をつけ、ゆっくりと煙を吸い込み、吐き出す。

「いいか、これが父親として最後の説教だ。今、目標とか夢とかはあるか」

「最終目標はS町みんなで無事に日本に帰る。異世界ではできるだけ多くの人を助けたいと思ってる。それが今の俺が出来ること」

「人助けか、情けは人のためならず。良いことがあるといいな。これからはお前自身が判断して行動しろ、責任は自分で負え。それが大人ってものだ」

「わかった」

 耕助はゆっくりと目を閉じ、頷いた。

 もう子供では無い耕太の姿がそこにあった。

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