マダムの予知
「起きて、親父。もう夜だよ」
耕太に肩を揺らされ、耕助は目覚めた。腕時計を見る、午後六をちょっと廻ったところだった。
「結構眠っていたんだな…… 酔い止めの効果か」
「はい。ですが今の貴方には必要なものでした」
ヘルサが茶をすすり、どこか満足げである。
「マダム、最後の未来予知、親父が盛大にゲロを吐くって内容だったんだよ」
「マダムの最後?」
「今は睡眠薬で眠っていただいています。寝付く間際の予言で鈴石殿が嘔吐なされるとおっしゃっていたと」
ヘルサが補足する。
「成る程、マダムも予言を外すことがあるんですね」
「いえ、これから起こるかも。用心に越したことはありません、酔い止めは飲んでおいてください」
ヘルサは生薬のポットを耕助に押しつける。耕助はそれを受け取り、ゴブレットに注ぐ。
生薬の口当たりはシナモンに似た香りがきいてる、チャイに似てるとも言えなくも無い。薬というよりその手のドリンクだと思って飲める味だ。ただ、神経系統に影響を与えるらしい。飲み過ぎには気をつけなければならない。
「で、マダムの現状はどうなんですか。真逆薬漬けにしてる訳じゃないでしょう? 」
耕助は生薬を飲みながら問う。
「侍医のウェッタ、それにサラがリラックスできるよう、薬草を調合しています。未来視によって睡眠が阻害されているようだったので最小限の睡眠薬を調剤していますが」
「頭痛と不眠があったのは聞いていましたが、そこまで酷かったんですか」
耕助はサイドテーブルにゴブレットを置く。
「ええ。石屋さんの場合、無詠唱の魔導を常に使っていたと言えます。魔導の使用は身体を媒介に力を引き出す行為、連続した使用は体を蝕みます。コルの疲労をご存じでしょう」
確かにコルは加速魔導を使い、やつれていた。
「魔導波とのチャネリングが可能であれば、召喚獣の肉を食らい体力を整えればよろしいのです。が、石屋さんは力を使いこなせず暴走するでしょう。睡眠、休養が不可欠です。幸い我が家には温泉があります、睡眠による体力の回復が済めば湯治も有効でしょう」
「最低限の体力回復が最優先ですね。湯治なんか効くんですか」
「普通の休養とさほど変わりません、問題はチャネリングです。いかに媒介としての肉体を制限させることができるか」
「難しそう、それが皆できれば苦労しないでしょ。というか、簡単に出来たら全員魔導師じゃん」
耕太が口を挟む。
「おっしゃる通り、基礎にして最大の難関です。血統で魔導を有しても制御できず、魔導師になれない者は数多といます。さて、食事にしましょう」
「私は結構です。吐くかもしれないんでしょう、腹も減ってませんし」
「そうですか、わかりました」
ヘルサは文を書き、転送する。
カートが届く、三人前の食事が載っている。またスミナの粥だ、ただ昼間のものと色合いが違う。紅い。
「親父、腹減らない?」
「プチ断食は体にいいんだぞ。それに今日は体動かしてないからな、問題はないよ」
「それでチャネリングとやらはどうやって練習するんですか」
耕助は茶をすすりながら問う。
「ひたすら詠唱を繰り返します。内容を変えたり、道具を使ったりして魔導が上手くいく想像をしながら。血統で魔導力を得た場合は詠唱も親から子へと引き継がれる場合が多いのですが、石屋さんの場合はそうはいきませんね」
ヘルサは紅いリゾットを口へと運ぶ。
「なるほど、ホネが折れそうだ」
「意外とそうでもないかも知れませんよ。石屋さんは元々加持祈祷をやられていたとか」
初耳である。
「それはどういうことですか」
「ウェッタの問診で答えました。長らく隠していたそうですが元々宗教をやっていたと」
マダムが宗教? 意外な過去だ。
「魔導も元は宗教、親和性はあります。その過去を生かせばどうにかなるかもしれません」
「いや、初耳です。そんな過去が」
「そちらの世界では隠されていたそうですよ。なにか理由があったのかもしれませんが」
ヘルサは皿を平らげた。
「では明日は現職の農業大臣、シルタ家を訪ねます。おそらく到着は朝でしょう。早めに寝ることをお勧めします」
「なんだか乗り気にはなりませんが……仕方ないことなんですよね」
「ええ、そこまで厭わなくてもよろしいかと。私の記憶ではなかなかの好人物でした」
「はぁ、そうですか。ならもう寝ます。さっきまで寝てたばかりですが。おやすみなさい」
「ええ、おやすみなさい」
ヘルサは指を鳴らす、シャンデリアの明かりが消える。魔導でコントロールしているらしい。ヘルサが天蓋のカーテンを閉める音がする。耕助もならい、カーテンを閉じる。
(農業大臣か。イヤミとか、その手のことがなければいいんだけど……)
耕助は不安を胸に抱きながら眠りへと落ちる。
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