平和のあり方
敵である魔王は異世界召喚でモンスターを集めた。そして正体不明の魔導師でもある。
一方で耕助達は働き手不足と冷害からなる飢饉の解決の為に召喚された。
目的は違えど、同じ異世界召喚である。
(この世界は異世界に依存しすぎではないか)
耕助は疑問を抱く。
「この世界って、正直他の世界に頼りすぎではないかな。農業もそうだけど」
耕助は愚痴のようにこぼす。
「それは間違ってはいません。魔導は奇跡をも可能にしますが、ごく一部の人間にしか使えません。大方の問題は魔導で解決します。それは一過性の解決、根本的解決には結びつきません。発明というものに疎いのです。ただ疎いと言ってもそれ相応の理由があるのですが」
ヘルサは酔い止めの生薬を喉を鳴らして飲み干す。
「あなた方が持っている機械、そして電気や石油といったエネルギー源は万人が使えます。それは王国の威厳と中央統制された魔導を損ないます。誰にでも使えないからこそ魔導貴族制は成り立つのです」
「つまり発明は王国の支配体制にとって都合が悪いと」
倉田はこの問題にいささか感心があるようだ。煙草をふかし、尋ねる。
「左様です。魔王軍と飢餓さえなければ王国は安寧を維持できていたでしょう。我々血の連盟が望んだのは平和です。発展が平和を阻害するのであれば、我々はその発展を望みません」
ヘルサは断言する。
「有事に限り最小限の発展を持って世界を救うか。社会の停滞を厭わず平和を求めるその決心には感心する。だが、そのしわよせは平民の苦難につながるぞ」
倉田は灰皿で煙草をもみ消す
「仕方のないことです。延々と宗教戦争を繰り広げてきたこの世界では平和こそ尊ぶべきもの。平民の苦難は支払うべき犠牲と判断しています」
(貴族様の都合だな。結局、万人の為の世界平和ではなく、権力の集中による貴族の為の平和だ)
耕助はヘルサの弁に言いたいところはある。この平和が歪なものだと感じる。 だが、耕助は黙る。彼女の決心は固そうだ。それに耕助達の世界、否、戦後、憲法九条という要因で平和を保ってきた日本とは状況が違いすぎる。
日本も歪といえば歪なのだ。平和憲法の名の下に、自国の平和だけを保っている。のうのうとその平和に甘んじていた耕助に、異世界の平和をとやかく言う権利はないだろうとも思う。
「農民の反乱とかは起こらないの」
耕太が尋ねる。
「領主によります。統治が余り得意ではない領地では起こることもあるようです」
「そこまで頻繁に起きる訳じゃ無いんだ」
「そもそも農民の反乱は連盟の求める平和に反しています。農奴を満足させられないような領主は放逐され、新たな領主と変えます」
(対処療法だな、根本的解決ではない。だが根本的解決は王国の解体と民主化か? この体制と魔導による特権がある限り無理だろうな)
耕助は推察する。
「小屋を曳くフヌバをすげ替えます。昼食にしましょう」
御者の座るバルコニーへとつながる小窓からジュセリが声をかける。
「そんな時間だな。話も一段落した所だし、飯にするのもいいかもしれん」
耕助は腕時計を確認する。十二時とちょっと。早朝からの行軍である、昼飯にはちょうどいい。
ヘルサが書をしたため魔導で転送する。直ぐに昼飯の載ったカートが転送されてきた。中身はいつも通りの肉入り粥である。
「今日はあまり動きませんし、軽めの食事です。ご容赦ください」
ジュセリはフヌバをすげ替えるので奮闘中、給仕するメイドもいない。結果、若輩者の耕太が自発的に粥を配って回る。
耕助には食欲はない、だが温かいうちに食べる方が良いだろうと判断した。サイドテーブルに皿をのせ、食らう。最近はこの粥にも慣れた、以前のような警戒心はない。
もっとも、前線仕様の粥は別だ。この貴族様向けの食事に限る。
「お粥って言うとけど、リゾットだって思えば結構イケるよね」
耕太もこの食事になれたようだ、若者の順応能力は侮れない。
「そうかもな。リゾットか、近いかも知れない」
粥と呼べば日本の淡白なもののイメージがつきまとう。リゾットと呼べばこの肉入り粥も違和感がないのかもしれない。
耕助はゆっくりと皿を平らげた。
腹がいっぱいになると眠くなってきた。やたらとまぶたが重い。
「正直、眠いんですが。午後から寝てもいいですか、歴史の講義はちょっと辛いところが…… 」
「大丈夫ですよ、そのことは織り込み済みです。酔い止めが効けば眠くもなります。私も眠くなってきました」
ヘルサはあくびをする口元を手で隠す。
「ではお先に休ませてもらいます」
耕助は天蓋のカーテンを閉める。なかなか悪くない寝心地のベッドだ。
耕助は持ち前の入眠のはやさが働き、直ぐさま眠りに落ちた。
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