豪快なる朝食
ユミナに先導され、一行は椅子に座る。
「食事をもてい、腹一杯になって貰わなければ我が家のメンツが潰れるぞ」
ユミナは豪快に笑う。
女中達が慌ただしげに働き始めた。ゴブレットに酒を注いで廻る。
「それで、私が失職することで鈴石殿を恨むのではないか。そう懸念されているな」
ユミナは指を組む、大きな指輪が鈍い光りを放つ。
「左様です、なんの貢献もないまま異世界人が大臣になるのはどうかとおもってまして」
ユミナは興味深げに耕助を眺める。
「いやいや、そんな事に拘って魔王軍に負ければ祖先に顔向けできんわい。それにジャガイモとやらをワシは知らん、適材適所だ」
ユミナは酒を飲む。
「ワシなりに先を読むならば、王国にジャガイモが根づけば鈴石殿は元の世界に戻る。これはたしかアノン家との約束だったはず。ワシはジャガイモで満たされた王国の農業大臣に再び就任する。美味しいところは頂く予定だ、気になされるな」
「あなたの様な方が農業大臣で良かった。就任前からゴタゴタに巻き込まれるのはまっぴらごめんですので」
耕助は胸をなで下ろす。
「ふふん、正に。自分で言うのはなんだが、器がでかいところだけがワシの取り柄だ」
ユミナは豪快に笑う。
女中達が食事の配膳を始めた。立派な鳥が一人一匹、ローストされて配られる。
「これは食べきれないな……」
耕太が呟く。
「若人よ、それでは力がつかんぞ! 大いに飲み、食らう! それが我が家を訪れた者の運命だ。農業大臣の見栄というヤツだな」
(この人は豪胆すぎる)
耕助に一抹の不安がよぎる。飢餓の世界でこのような男が農業を取り仕切れば、細かい所に気を回せず事態は深刻になるだろう。
耕助の農業大臣就任を厭わぬのも問題だ。自らの手柄をみすみす逃している。農業を改善し、名声を得ることに無関心ということになる。やる気があるのか、判然としない。
「聞いたところによると鈴石殿は農民ではないそうだな」
ユミナは肉を頬張りながら問う。
「ええ。農協、農家の指導や、商品の流通を担っていました」
「なるほど、商人と官吏を兼ねたようなものか。ふむ」
ユミナは手を止め考え込む。
「となれば、品種改良や農法の改良を需要に合わせて行えるな。なかなかよさげな組織ではないか。我らが世界には無い発想だ。貴族の考えることは何せ一に納税、二に納税だからな。自分が食える分がまかなえればそれで満足」
ユミナは指についた脂をなめる。
「それに王家、鉄家御三家と金家のパワーバランスもある。輪作も出来ん。農業の生産性はこの王国では上げにくいのだ。我がシルタ家ぐらいでしか農業研究は行っていない。冷害に強いスミナも未だ作り出せていない」
ユミナは苦々しげに続ける。
「それで、ジャガイモとやらの生産性は恐ろしく高いらしいな」
「ええ、一個が十倍に増えます。冷害にも強いですよ。植え付けも比較的簡単です」
「そうか、正に王国が望んでいる作物だ。参謀本部め、全て供出とは危ない橋を渡りよる」
耕助は黙る、この世界の政治には口出しはしまいと決めている。
「参謀本部の件は既にお聞きですか」
無言の耕助の代わりにヘルサが尋ねる。
「嗚呼。冷害の今、腐っても農業大臣だ。そこら辺には神経を使っている」
一見、無神経そうなユミナが眉をひそめる。
「乱暴な話だ、収穫物を全て差し出せとは。軍神ダスクも反対したそうだな。そこらへんの話はあくまでワシが独自のツテで聞いただけだ。他の青銅家、金家はしらんだろう」
「安心しました。世界が滅亡に晒されている今、前線と後方が対立している事が表立てば……」
「そうだな、これは他言無用というヤツだ。限られた者が知れば問題ない」
余った鳥肉を下げ、女中達が次の皿を運ぶ。
皿には久しく目にしなかった麺料理がこれでもかと乗っている。肉、葉物野菜、飾り切りされたカブみたいな野菜がたっぷり載っている。
「スミナを挽いて、細切りにして作った料理だ。珍しかろう」
「私たちの世界ではなじみ深い料理です。でも異世界に来て初めて見たました」
「まるで二郎だ」
耕太がつぶやく。
「ジロウ? ほほう、ではそちらの世界の麵とひとつ食べくらべといこうか。負ける気はせんぞ。なにせ麺料理の為に作った専門のスミナを使ってあるからな」
ユミナは楽しそうに笑う。耕助はこの異世界人を信頼できそうな気がしてきた。
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