二頭制と耕太の旅立ち
射撃場から銃声が響く、発砲の頻度からして多分射手は一人だ。銃声が木霊する農協事務所の中で渡と耕助は耕助が王都に行く時のS町リーダーについて考えている。
ここに来てマダムがサブリーダーとして機能しないのは想定外だった。彼女なら耕助の不在中、全てを任せても安心だった。なんでもテキパキこなす彼女は心強い存在だ。
(マダムが頭痛で使えないとなるとどうするべきか…… )
「こうなったら二頭政にするか。農業と警備で」
「ふうん、まぁそうなるでしょうね。安パイですよ」
渡は適当に事務椅子をひきよせ座る。
誰をサブリーダーとして配置するか、警備は渡一択だ。倉田は護衛として耕助一行に連れて行くのは確定事項。彼の射撃の腕と状況判断能力、なにしろ元SITという肩書きがある。
だから残る警官は渡一人、警備には銃の腕以外にも求められる能力がある。例えば聞き込みとかの情報収集能力である。そうなるとハンター達では役者不足ということになる。
それになにより最近の渡は侮れない、耕助が期待した以上の働きをする
「渡、お前警備のリーダー頼めるか」
「合点承知の助。了解しました」
渡はラフに敬礼する。
「警備って言っても、このS町の人間を守ればいいだけだからな、移民村への警戒は二の次だ」
「わかりました」
(さて、農業のリーダーは誰にするか。最近、移民と仲良くしてる伊藤か、だが彼にはマスの農業を手がけた経験がない。あくまで個人で趣味として農家をやっている様なものだ。不安だ。藤井でいいだろう。彼なら作付け面積も大きいし、異世界の人間と共同して農業をやった経験もある。適役。いざという時は伊藤にヘルプを頼めばいいだろう。)
「農業は、藤井さんだな。伊藤さんをヘルプつけよう」
「了解ですけど、この間の伊藤さんの話は一応頭の中にいれておいてくださいよ」
「伊藤さんが移民団に感情を入れ込みすぎているのではないかという話か、それは頭のなか入ってるよ。移民に好かれている方が命令を出しやすいかもしれない。ちょうどバランスがとれていると思うけどな。疑心暗鬼は良くないぞ」
「わかってます、一応ですよ、一応。人権擁護で貴族様と対立しそうになったら僕は止めにはいります。その程度の介入はしますよ」
「それは頼んでおく、万が一の時はな」
「さて、俺は耕太に王都行きを伝えてこようと思う。お前はどうする」
「僕は移民村視察に行ってきます。どうもきな臭いんですよね。なんとなく厭な気がするんですよ」
「わかった、気が済むまで見てこい。ウチらの次の一手は彼らの持ち帰る農業技術だからな、しっかり仕事してるかどうかは肝心だ、だがくれぐれも――」
「疑心暗鬼になるな、でしょう。了解してますって」
渡はそう言うと事務椅子から立ち上がり、のびをする。
ドアを開けるとさっきの衛兵が立っていた。
「ウチの息子、どこいるかご存じありません? 」
「射撃場で鍛錬されています」
衛兵はハキハキと答える。
「どうも、探す手間が省けた」
「お役に立てれば光栄です」
「じゃ、耕さん。僕はこれで」
渡は自転車にまたがると、移民村の方へと向けて走り出す。
「おう、気を付けろよ」
(さて、耕太に王都行きの話をつけるか)
耕太を護衛要員として王都へ連れて行く話をするために耕助は射撃場へと向かう。
無論、最初から耕太を本格的な護衛要員として起用するつもりはない。
最近、耕太は変わった。この世界の残酷な事実、即ちゴブリンと呼ばれる化け物との戦闘を経験し、それに順応する形で成長し始めた。
耕助はこれを許したくはない、無事日本に帰り着いた時、この成長はその後の悪影響になるのではないかと考えているからだ。生存を賭けた戦闘術も死生観も現代日本では不要なものである。耕太が警察やら自衛隊に行くなら話は別だが、そういうわけでもない。
耕太が戦闘訓練に傾倒している今、王都行きは気晴らしの良い機会になるのではないかと耕助は思っている。少なくとも道中では訓練はできないだろうし、異世界の華やかな面を見ればまた気が変わるかもしれないと思っているからだ。
射撃場にはショットガンを構えた耕太の姿があった。射撃は的確なようである、藁をまきつけた的はズタボロに引き裂かれている。
(こいつがちょっと前まで能天気なオタク君だったとはね…… 我が息子ながら恐ろしい成長だ)
「耕太、ちょっといいか」
耕助の問いかけに答えは無い。
(ああ耳栓を入れているのか)
弾切れを見計らって肩に手を伸ばす。
「耕太、ちょっといいか」
「うわ、びっくりした」
耕太はショットガンを机に置き、耕助に向き直る。
「要件はなに? 」
「父さんな、今度農業大臣になることになった。貴族様になるんだ、と言う事は血のつながってるお前も貴族か。それでな王都まで行くんだ、お前も護衛要員でついてこい」
「大臣!? どういう風の吹き回しさ」
「貴族のもめ事だよ、異世界の尻拭いさ。なんでも参謀本部とやらが今あるジャガイモを全部使って早期終戦を狙ってるらしいんだが、ダスクは無茶だと言ってるんだな」
「それで」
「それを阻止するためにジャガイモを専門的に扱う権限を持った農業大臣をつくるんだと、それが父さんな訳だ」
「以外、異世界のもめ事には関わりたくないタイプだと思ってたのに」
我が息子ながら的確な指摘である。
「いや、面倒ごとはイムザとダスクがやってくれるとのことだから引き受けたんだ。要は神輿だよ、神輿」
「そういってて農協の独立運動じゃ結構頭張ってったらしいじゃん」
これまた的確な指摘だ。
「異世界とS町じゃやる気が違うよ、やる気が」
「そうは言いつつ、多分農業大臣やり出したら止まらなくなるかもね。で、なんで護衛が俺なの。もっと適切な人居るでしょ」
ここで本音、つまり耕太に戦闘から離れて貰いたいと伝えたら逆効果になるかもしれない、耕助はここは本音を隠すことにした。
「いや、最近のお前の頑張りみてたら出来るんじゃ無いかなと思ったわけだ。それに俺が王都に出ている間に移民村とか警備の仕事は残るだろ、渡やら拓斗君みたいな駐在要員は必要だ。それで余りのお前が適役だと思ったんだ」
「なるほどね、そういう考え方もありだね。了解、王都一緒に行くよ」
「よかった、珍しい物やら旨い物あればいいな」
「そうだね」
耕太は屈託のない笑顔で返す。そう、耕太はこれでいいのだ。
「それじゃ、今日は訓練これくらいにして荷造りしろよ、明後日出発だ」
「わかった、筋トレもやめておくよ、いざって時筋肉痛じゃ意味ないからね」
「そうだな、しっかり休んでおけよ。じゃ、父さんは事務所行ってくるから」
「じゃぁね」
耕助はとりあえず耕太を説得できたことに満足し、農協事務所へともどって行く。
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