アヴァマルタ演習

「それで、私がいない間になにか判りましたか」

 耕助は湯舟の底にたまった砂金交じりの泥に尻をうずめる。

「国はこの王国一つだけ、総人口は五千万とちょっと、日本の約半分だって。適当な農業なのに多いよね」

「確かに、もう少し少ないかと思ってました。まぁ、昔は豊作だったのかもしれませんけど」

「そうだね。今の冷害を前提に考えちゃだめだね」

 伊藤はお湯で顔を洗った。


「そして王国の面積は北アメリカ大陸に相当、場所によっちゃジャガイモ二度作ができるかもね」

 伊藤はゴブレットの水をちびりと飲んだ。

「なんでアメリカ大陸の大きさなんて絶妙な数字が出るんですか」

 耕助は疑問をぶつける。

「どうも結構な数の『教科書』を召喚してるようなんだ、その知識らしいね。イムザさんは相当優秀だよ。知識を仕入れ、必要最小限の物資を召喚したんだ」

 伊藤は水を飲む。


「でね、問題は農民の生産意欲なんだ。意識改革をしないといけない」

 意識改革、耕助が合併に抗戦したときよく使った言葉だ。少しばかり、耕助は胸が高ぶるのを覚えた。

「ここの農民は自分の蓄えや土地を持たない、奴隷みたいな状況なんだ」

「それは知りませんでした、先入観で彼らも農地や資産を持ってるものかと」

 ゴランのように村長が居て、自治を任せているとなるとそれなりに自由があると思い込んいた。


「それで、生産意欲向上のために彼らにも財産や、農地を与える、ってのはどうだろうと思ったんだ」

(うーん、話がそれていないか。意識改革と農地は関係ないだろうに)


「それがどうして意識改革やら生産意欲につながるんです? 」

「なに、簡単な話だよ。頑張れば頑張る分だけ自分の財産が増える、その構造がこの世界にはないからね。歴史的には、実際に自由農民制度で人口が増えている。」

 確かにその通りだ、簡単すぎる話で耕助の頭には浮かばなかった。だが、身分制に切り込む政策を異世界側が許すのか。


「結構大胆な政策ですね。というか許してくれないでしょう、異世界組が」

「それが意外と、大王の勅令とやらで今農業に関わる政策は結構フリーなんだ」

 伊藤は湯を顔に浴びせる。

「今や存亡の危機、だからね。足掻けるだけ足掻きたいのだろうさ」


 なりふり構わない行動がとれるこの世界が羨ましい、耕助は素直にそう思った。

「S町農協もそれだけガッツがあれば良かったんですけどね。羨ましいな」

「そうだねぇ」

 短く、しかししみじみと伊藤は言葉を返した。


「ただ、一応陳情、依頼したのは耕ちゃんってことにしたいんだ。というのも中身が中身だろう。だからこっち側のリーダーの耕ちゃんが発起人という事でお願いしたい。細かいことは私が詰めるから、耕ちゃんは農業に専念してほしいし」

 伊藤は頭を下げた、そこまでしなくてもいいのにと思う。

「勿論、そんなことかまいませんよ、むしろそちらの方をよろしくお願いします」

 意識改革、その言葉に釣られ耕助は一大事を軽々と了承した。


「そういえば、農地試験場の結果はどうだったの。成功したって聞いたけど」

 ふと思い出したように伊藤が耕助に問う。

 耕助はジャガイモが魔導を使って育てられること、特にコルの魔導を使えば驚異的な速度で育成が加速されることを説明した。


「へぇ、あの小さい子がねぇ。世の中見た目によらないとは正にこのことだね」

「それと一部の魔導士にジャガイモを配給します、ジャガイモの収穫を待っていたら補給がダメになるらしくて」

 耕助はさっきの会談の話を始めた、彼も知るべき内容だろう。

「腹が減って魔導が使えないっていうこと?」

「そうです、現状のスミナの粥ではどうも足りないらしくて」

「それは仕方ないね。作付けに問題無い範囲なら供出してもいいんじゃない。どれくらい必要なの」

 少し、首を傾けながら伊藤が問う。

「それならもう量は決まっています、問題はありません」

「耕ちゃんがそういうなら大丈夫なんじゃない」


 突如、外で爆発のような轟音が響いた。

「なんだい、ここまで魔王とやらが来たのかい」

 伊藤は腰を浮かせる、耕助は驚きのあまりゴブレットを湯の中に落とした。湯の中で減速したゴブレットが膝にコツンと当たる。

 だが、轟音の後、外から響いてくるのは悲鳴ではなく歓声だった。

(これは事故、攻撃ではない、のか……)


「どうもお騒がせを……。 ご安心ください、アヴァマルタの予行演習ですので」

 ミリネアが入ってきて一礼する。

(予行演習?こんな爆音をとどろかせるとは、物騒な予行演習だ、一体何をしたのだろう)


「そろそろアヴァマルタが始まるのでどうぞお外へ。当家自慢の一大祭事ですので」

 温泉宿で女将が歌謡イベントを宣伝するかの如く、ミリネアが説明をする。。

「なんだ、攻撃じゃないのか。びっくりした」

 伊藤がつぶやく、あまりの突然のことに耕助には言葉を発する気力もなかった。伊藤は結構肝も据わっているのかもしれない。


 ミリネアの誘いを断る理由もない、お祭りは好きだ。耕助と伊藤は風呂を出て、服を着る。

 体からはやや硫黄の匂いがする。


「耕ちゃん、あれだよ、さっきの爆発みたいなの」

 一足先に風呂を出た伊藤が空を睨み、指さす。

 そこには、大きな黄金でできた煙突が突き立っていた。

(そんなものさっき迄なかったぞ、どうなっているんだ)


「あれで召喚獣の心臓を貫くのです」

 ミリネアが穏やかな口調で物騒な説明をする。

「はるか空中に杭を転移させ、その重みで一気に…… 」

 質量を使った攻撃か、あの杭ならゴジラでも結構ダメージを食らうだろう。


「よく見るとあれ、翼が付いてるね。姿勢制御のつもりだろう」

 伊藤が指さす、確かに杭にはフィンが幾つもついていた。

「まるで誘導爆弾だなぁ、ピンポイントで狙うわけだ。耕ちゃん、この世界は意外と物理学は発展しているかもしれないよ」

 伊藤は感心したようにつぶやいた。

 

(誘導爆弾なんてなんで伊藤が知ってるのだろう。あー、知識人インテリ崩れ、反戦派か。だから兵器にも通じているのか)

 耕助は一人納得した。 

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