戦略転換

「しかし、カロリー換算をしないことには生産量が決まりませんが、後回しにしましょう」

 営農部長としては極めて遺憾だが、これしか道はなさそうだ。

「カロリーか。ワシにはわからん概念だが、イムザ様はご承知で? 」

 ダスクはイムザに問う。

「ああ、人間が摂取するエネルギーの単位だ、とで言えばいいかな」

 イムザが耕助をちらりと見るのでうなずき返した。

「成程。だが今はそのエネルギーではなく、まず腹を満たすことで十分だ。一応夏までの最低限度の食料は確保している」

(最低限度、か。この間のアレが最低限度、なのだろうか、それとも――)



「で、自分としては魔王軍との戦争の現状を知りたいのですが」

 拓斗が挙手をし、質問する。

 ダスクがイムザにちらりと目線をやる。イムザはうなずいた。


「魔王軍はパロヌ塩湖での大損害を受け撤退、主力ゴブリンは分散し後方で陣を張ってる」

 ダスクは緑の小鬼を指し示す、人間の駒が戦列を組んでいるのと対照的にバラバラに陣取っている。

「だが、最近我々の食料事情を把握したようだ。後方へ少数の部隊で進出、糧食や農地を荒らしまわっている」

 ダスクはあらたにゴブリンの駒を兵士の駒の後ろに並べた。

 その駒も自ら動き出し、後方で暴れ回っている。


「自分も先日ゴブリンと遭遇しました、十二体の小規模部隊です」

「ここもか、成程連中の浸透はなかなかに進んでいる、情報をありがとう」

 ダスクは拓斗に目礼した、拓斗はすぐさま気を付けの姿勢となる。

「それでそのゴブリンはどうした」

「殲滅しました」

「よろしい、貴殿らは何か武器を持ってきたらしいがそれなり、らしいな」

ダスクは感心した様に紫煙を吹きだす。


「そして悪いことに連中は輜重部隊を襲い、その帰り道でに夜襲を仕掛けてくる」

 小さなゴブリンの駒で鎌を持った兵士をなぎ倒す。

「飯を食えなかった部隊が夜襲を受ける…… 戦の素人でも結果は見えているでしょう」

 ダスクの目はイムザへとむけられていた。

「当然だ、かなりの損害を被るだろうな」

(イムザは軍事素人だったのか)

 耕助はてっきり領主は軍事の知識があるものと思っていた。


「現状、被害は金家が徴兵した農兵に集中している。金家から不満も……」

 ダスクはその先を言わなかった、がその目が雄弁に物語ってた。

「実のところな戦闘魔導士の術力も減少している」

 ダスクはいよいよ確信めいたことを語るかのように切り出した。

「このまま夏を迎えれば飢えで魔導の力を失うだろう」


 この世界のロジスティクスが転移魔導に依存していることぐらい耕助は知っている。実験農地で自動車を運び、ジャガイモを転移したのも転移魔導。重量のある荷車を引けないフヌバしかいないこの世界で転移魔導は命綱だ。


「そうなればジャガイモが実ろうが、前線にジャガイモがいきわたりませんね」

 耕助は二本目のたばこを取り出し咥える。

「その通り、だから作付けに使ううちの幾ばくかを魔導士に回したい、なにそんなに数はいらん」


 ダスクはさっき最低限度の備えはあると言っていたはずじゃないか。

「さっきの最低限度の食料の定義、一度聞かせてもらってもいいですか」

 耕助は腰こそ低いがイエスマンではない、いやあってはならないと身にしみた。S町、農協の合併は、はっきりものを言えば避けられたかもしれない。

 ダスクは深いため息をし、そして忌々しげに言葉を紡いだ。

「生存、だ」

「戦闘ではなく、生存ですか」

 拓斗が問いただす。

「そう、生存だ。これ以上の食料欠乏は死につながる」

 ダスクは忌々しげに煙を吐き出した。


「では体力を回復すべき魔導士何人ほどいるのですか」

 耕助はジャガイモ農作に話しを切り替える、いや戻す。

「補給にかかわるものは千にも満たない」

 しかしそれにつづけてダスクはつぶやく。

「尤も、その数も減っている。ゴブリンの奇襲のせいでな」


(千人分のジャガイモを夏まで供給、か。簡単に言ってくれる。農民へのジャガイモの普及も必要だ。本格的な生産が始まるのにもそれなりに時間はかかる)

 耕助はポケットからジャガイモを取り出した、一応の『サンプル』である。呼び出された時にひとつ、持ち出した。

「これならいくつ有ればいいですか」

 ダスクは興味深げにジャガイモを眺める。

「ふむ…… 腹持ちは別として五個もあればいいだろう。スミナもあることだしな」


「なんとか削れませんか、それでは植え付けがまともにできません」

 まとまった数を植え付けできなければ、ジャガイモの普及が間に合わない。転移魔導を紡ぐだけでジャガイモの異世界転生は終わりを告げる。


「ふむ、ならば魔導士の中でも補給に必要な後方職を優先しよう」

 イムザが提案する。

(戦闘魔導士にも後方、前方があるのか)

耕助の預かり知らぬ世界だし、しばらく踏み込む必要もないだろう。

「ならば十五トンで足りますな。もっとも、他家が認めるとは思えませんが」


 十五tが魔導士、他にも農家に五t程度を食用に回せばのこり五十tを植え付けできる。

「それを押し通してください、でなければ植え付ける前に我々は丸裸になります」

「承知した。イムザ様一筆頂けぬだろうか、他家を静まらせるためにも」

 ダスクはイムザに頭を垂れる。

「無論、それが戦争を終わらせるためば如何なる尽力も惜しまない」

 イムザは言葉と裏腹に、苦労人の顔をしかめた。


「鈴石殿、本戦争は相手を絶滅するまで戦わねばならぬもの。持久戦の覚悟を必要とする。兵站を担う貴殿にもその覚悟をお願いしたい」

 ダスクは耕助にも頭を下げる。

「持久戦とは……パロヌの雷光と言われるダスク殿らしからぬ発言ですな」

 イムザは頬杖をつく、どうもパロヌ会戦でダスクは素早い行動で功名を得たのだろう。

「当たらぬ稲妻は唯のこけおどしでございますよ、それに散兵相手では騎兵も力を発揮できぬ申さぬ。ともかく、鈴石殿、この世界を救うには異界の食物を定着させる必要がある。どうか頼む」

 老騎兵が頭を下げ、苦労人イムザが目線をおくる、どうあがいても耕助に拒否権はなさそうだ。

 耕助はうなずき返すほかなかった。

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