異世界兵站事情

 風呂場でのダスクとの対面の翌朝、耕助はイムザ邸へ招かれた。何故か拓斗と一緒にである。


「なんでだろうね、何か心当たりある」

 ハンドルを握りながら耕助は拓斗に問う。

「昨日会ったから、とか単純な理由じゃないでしょうね。自衛隊だからでしょう。軍事の話がそれなりに混じるかと思います」

(その線が最有力か、王国にとって今回のジャガイモ導入は単なる食糧事情の改善では無い。資源が枯渇した中での魔王との戦争。補給のためのジャガイモだ)


 今や耕助は顔パスで館の頑丈な門を潜れるようになった。

「いらっしゃいませ、イムザ様、ダスク様の元へとご案内します」

 立派な門が上へ開かれる。そこには耕太と拓斗が『姫騎士』と呼称するジュセリが控えていた。フヌバに騎乗したジュセリがついてこいと合図する。

 だが、邸宅に向かうレンガの舗装道では無い、どちらかというと使用人が使うような道を通る。


 そんな脇道を通り邸内の奥へと誘われ、ついに厩に通された。うなるようなフヌバの鳴き声が響き、家畜特有の匂いが鼻をつく。

「ねぇ、こんなところに呼ばれたの」

 ウィンドーを開け、ジュセリに問いかけた。素材は粗末だ他が丁寧に張られた天幕と青銅の鎧を着たフヌバが目に入る。


「お待たせしましたイムザ様、ダスク様。鈴石様が到着なさいました」

 ジュセリは大声で天幕の中へ告げる、二人は中にいるのか。耕助と拓斗は車から降りるとジュセリに促され、テントへと入る。


 テントの中はさながら野戦指揮所であった、否そのものだった。地図が机に乗せられ、椅子も簡素なものがいくつも並んでいた。

 地図には駒が配置されている。駒は鎌を担いだ金色の駒、騎兵や槍を担ぐ鉄色の駒や緑色の悪魔のような駒がある、よく見るとフヌバに乗った駒が少しずつ動いている。

 驚いたことに、この駒は前線の配置とリンクしているようだった。


「鈴石殿、昨日お会いになっただろうが、パロヌ塩湖の立役者、ダスク・ベムラ」

 イムザがダスクを紹介する

「彼が王国を救ったと言っても過言は無い、彼のめざましい騎兵戦術は敵主力を包囲殲滅するという王国史にのこる偉業を――」

「失礼ですがイムザ様、長い話は割愛しましょうや。ワシとて照れる」

 話を続けようとするダスクは割っては入る。

「そうか、とにかく彼は現在この国において生き神、軍神であるそのことは覚えておいてほしい」

 つまり、敬意を払え、ということか。

 それなら腰の低い耕助に何の問題も無い話だ。


「それじゃなんでその偉い方がこんな馬小屋の隣にテントを」

 まさか生き神とてキリスト誕生ではあるまい。

「それなら、ワシの方から頼み込んだのじゃ、騎兵は一日でもフヌバから離れると鈍る故に」

 徹底した現場主義、そして国中が称える『本物の英雄』。

 

「そもそも、なぜ鈴石さんのみならず、自分も招聘されているのですか」

 拓斗は握りこぶしを突き上げ、疑義を呈する。

「それは私たちが置かれた状況を説明しなければ思ってな。では、ダスク殿、現状を」

「はっ」

 ダスクは素早く呼応する。

 ダスクよりもイムザの方が階級は高いようだ、確か貴族にも階級があるといっていた。というかイムザが最高級なはず、大抵の貴族も従属するのだ。


「我ら王国軍は十万の正規軍、五十万の農兵を抱え、大戦線を張っている」

 ダスクは地図に駒を指し示す、まるで黒板を指す教師のような手慣れた動作だった。

(やはり戦争の話、それが拓斗を呼び出した理由か)

「しかし、兵糧がない。そのことはイムザ様より聞いておると承知しているが、そうだな」

 ダスクは丁寧に並んでいた駒を一機に横倒しにする。

 それまで自動で動いていた駒が元に戻ろうとカタカタと震える。だが、そんな突然の動作に動揺もせず、拓斗は「はい」とだけ答えた。

 軍人同士の端的な会話が進む。


「そこで聞きたいのはジャガイモがどれだけの生産高を期待できるか、そして一日に一人が何個食べれば兵士として働けられえるか、である。これはそこの兵卒より、ノウキョウに聞いた方が早かろう」

 ダスクの目が耕助を捉える。

「加速魔導を使えばすぐに植え付けができます。手持ちは七十トンですが、十倍は収穫が望めます」

 この想定はつい先日までは取らぬ狸の皮算用、だった。だが試験農地で成功を収めた今、それは現実の数字となっている。


「それは素晴らしい」

 ダスクは大きく目を見開き、駒を一つ一つ立て直す。

 駒は震えながら元いた場所へと戻っていく、GPSみたいなシステムがあるのか。


「現在倉庫にあるのは七十tですね、これを一部農民に回し植え付けを行う計画です」

「農民の飢えを先に満たすのだな」

 ダスクがパイプには葉をつめ、火をつけた。

 ここでもタバコを吸っていい雰囲気なのか。

(ダスクより目上のイムザが吸っていないにも関わらず、ダスクが喫煙できているのなら、『吸える』だろう)

 耕助もタバコを取り出し、吸い始める。


「で、ジャガイモは何トンあれば六〇万の兵士の胃を満たせる」

 一度なぎ倒した駒を立て直す作業をダスクが止める。倒れた駒は依然カタカタと震えたままだった。

「ジャガイモで総べて賄うのは難しいですよ」

「冷害中じゃ、思考体操とでも思ってくれ」

 ダスクはパイプの灰をナイフで落とす。


「カロリー換算でなら、結構な量が必要です、ええと拓斗君」

 ええと、カロリー、兵隊、なにか目安は。

「自衛隊って一日どれくらいカロリー摂取するの」

「約三千は」

 兵隊はやはりカロリーが必要なのだ。


 残念ながら、ジャガイモは百グラム当たり八十カロリー程度、低下カロリーだ。

「腹を満たすだけでいいならそんなに量はいらないのですが……」

 確かにジャガイモのでんぷん質は満腹感を増幅する。だがカロリーは高いとはいえない。

 ジャガイモをダイエット食として売ろうなんて動きもある位である。


「そんな小難しいこと今はいいのだ、遺憾ながらな。兵は飢餓で倒れそうになっている、それを助けてやれば最低限満足だ」

 飢えさえしなければいい、よっぽど悲惨な状態なのだ。

召喚初日に食わされた兵糧の味がよみがえる、味の無い粥。

 あれが量的にも欠乏しているとなると、生存しているだけで困難だ。


 耕助は異世界の惨状を今更ながら把握した。

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