ゲリラ、浸透

 伊藤はアノン邸の廊下を赤髪のメイドに先導され歩いている。

伊藤はあくまで好好爺とした雰囲気を醸し出すよう『偽装』している。

 今回ここへ立ち寄った表向きの理由は『異世界の事情をより知りたいから』である。そしてその目的は『王国を助けるため』だ。

 この世界を知り、伊藤の技術で王国を助ける。そのための情報交換という訳だ。


 だが王国への支援は御題目に過ぎない、本来の理由は『偵察』である。

 そしてうまくいけば『革命に有利な政策』を提言し、了承させることもできるかもしれないと伊藤は踏んでいる。

 

 そもそも、伊藤はこうして地回りするのも鈴石課長とイムザから信頼を得るためである。

 鈴石は現代組の長であり、イムザは異世界側の権力者だ。信頼されるなら損はない。

 特にイムザからの信頼を得られれば絶大な効果を発揮する。例えば移動の自由を許されれば他の領地を偵察できるだろう。

 それに農民との接触を増やせるだろう、上手くいけば秘密裏の会合を開けるかもしれない。

 農民との接触可能性の増大は後々革命運動に効いてくるだろう。


 伊藤は『真面目に働く』ことにした。農業を立て直し、王国を魔王の手から救い出すために尽力する。

 だがその根幹である農業の立て直しは農民の生産力を高め、階級闘争を誘発する要因となる。

 つまり王国を救うための行為が、そのまま革命の為の行為にもなりうる。革命家としてはなんと笑える話だろうかと伊藤は思う。


 伊藤は鈴石課長から情報取集の依頼を受けていた。それを理由にイムザと謁見する。

 そして、昨日収取した情報を基に作り上げた農業プランを暗示する。無論、正式な提示は鈴石課長の役目だ。一部農民を刺激しかねない政策も混じっている。伊藤が正式な発案者となれば、後に革命家として扇動することが難しくなるだろう。


 長く、格調高い廊下を抜け応接間にたどり着いた。メイドが扉をノックする。

「イムザ様、伊藤様をお連れ致しました」

「どうぞ」

 イムザの声がした、メイドが扉を開く。


「先日は大変ご無礼なことを申し上げました。本当に失礼いたしました」

 伊藤は入室と同時に深く頭を下げた。

「どうなされた、別段無礼なことなど言ってなかったと存ずるが」

 イムザの声は戸惑いを隠しきれていない。

(攻め時だ)

「いえ、召喚が暴力的だとか、無理やりだとか…… しかし、領民の皆さんと接してイムザさんの懐の深さを聞き及びました。己の人を見る目ののなさを実感しました……返す返す本当に失礼なことを」


 暴力的、無理やり、初めてイムザと会った時に投げかけた言葉である。伊藤は今でもその言葉は正しいと思う。が、権力者に取り入る為に空虚な謝罪をする。

「その懐の深さから察するに、私たちを召喚するだけの理由があった。きっと王国臣民の皆様の困窮はよほどのことなのでしょう。私、元々人助けが好きな性分でしてこれぞ骨の埋めどころと覚悟しました」

(そう、革命は人民を救済する。僕は人助け革命が好きだ)


「今回の件、是非とも協力させていただきたく存じます」

 美辞麗句、貴族ならば聞き慣れているかもしれない。だが、伊藤は相手を欺くテクニックを最大限に活用した。

(効果はあるだろうか)

伊藤は推し量る。


 イムザはため息をついた、安堵のため息だ。事情は知らないが、彼はかなりの苦労人らしい風態をしている。

 農民も彼の治世を『はじめは大丈夫かと心配した』と言っていた。つまりイムザはなんらかの努力を続けて、この地位にいるのだろう。

 そういう人間は得てして褒められるのに慣れていない。努力だけで人は評価されない、結果が重要なのだ。

 そういう不慣れな状況を利用する。問題はこの戦法が通じるかどうかである。


 イムザはしばし沈黙する。

「頭をあげて下され」

(語感に変化、うまくいったか)

「失礼します」

 頭をあげる、元より苦労が染み付いたイムザの顔にやや満足感が差している。

(効果覿面だ)

 伊藤は内心ほくそ笑む。


「それで、聞きたい事とは」

「はい、この世界の人口や、面積といった情報です。農民や召使いの方々はご存知無いので」

「成る程、確かにそうであった。今現在の人口はそうさな、四億と三千余りだ」

「内政が良いのでしょう、パッと見た農業技術からすると二億程かと」

(多少褒め過ぎたか、まぁ良い矢継ぎ早に質問してやろう)

「それで、面積は」

「貴殿らの世界の北アメリカ大陸、とでも言えば良いか」

 イムザの手元には川山出版の世界史教科書が置いてある。

(社会主義について知られていたら面倒だ、より慎重にならねばなるまい)

「なるほど、それは大きい」


 いよいよ慎重になるべき所へやってきた。

「それと、この国の権力構造、政治体制をお聞かせ願いたく」

「ふむ、何故かな」

 イムザはやや眉を顰め、伊藤を睨む。

「私たちの提唱する農法や改革が実行できるか分析したく」

「ふむ」

 

 短い沈黙、そしてイムザは顔を弛緩させる。

「現在、王国は国王の元、領主による間接統治の体制を採っている、皆忠臣だ。それが公式見解だ」

(公式見解、ね。成程、それで現実問題はどうなんだ)

「まぁ、予想は付いているだろうが、領主にも階級がある。その区分ごとに忠誠度も違う。我が家は最高位の鉄家、これは三家しかない。他に青銅家が六家、金家が十二家ある。数が少ない方が忠誠も高い」


(重要な情報だ、アノン家と同格が残り二つ、他は忠誠度が低い。特に位の低い家の経済状況を知りたいが事をせいてるか。それよりも公式見解以上の情報を得られた所で満足するとしよう)


「それで、諸君らの方法でどうにかなりそうかね、この王国の状況は」

(向うから食いついてきた。ここで上手いことやってのければ最高位領主のアノン家に食い込める)


 伊藤はわざと一呼吸し、一瞬時間を空ける。

「できそうです。が」

「が」

「それなりの御覚悟が必要かと」

(さて、これからが本番だ、気合を入れろ)

 伊藤の闘志が静かに燃える。

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