ぺスタという女

 耕助は握手するつもりでコルに手を差し出した。

 だが、コルは人工甘味料に魅了されたのだろう。異世界の流儀なのか、跪き耕助の手を額に当てた。

(中年の男が手を差し出し、メイド姿の幼い少女がその手を額に当てている。なんだこの絵面は)

 耕助はこのシチュエーションに困惑する。


「あー! 耕さん特殊プレイしてるー! 警官として見逃せませんよぅ! 」

 渡がどかどかと乱入する、口ぶりとは裏腹に彼の目は素面、後ろにはペスタを連れていた。

「バカ、握手しようとしたんだ」

 耕助は適当に言い返した。


「ま、それはいいとして。ではスタッフ交代のお時間でーす」

 渡はおっパブの店員染みたMCをする。コルを手招きし、ペスタを耕助に押しやる。


「「ありがとうございました」」

 コルと耕助は同時にお辞儀をする。コルは渡に連れられ宴会場へと向かう。

(渡もあの調子なら大丈夫だろう、多分。ここぞという時はやってくれる筈だ、きっと、たぶん、そうであってほしい)


 ついさっきのやり取りでペスタは少々堅苦しい性格であろうことは知っていた。

「改めまして私はS町農協、営農指導課課長の鈴石耕助です」

 だからこっちも格式張って名乗る、コルと話してる時とはおのずと態度も変わってくる。


 ペスタは黒髪を後ろで束ね、背をしゃんと張って椅子にも座ろうともしない。

わたくし、アノン家に仕えるスラッタ派魔導士、ペスタ・サル・コロミと申す」

 なかなか堂に入った話ぶりだ、初めてヘルサと会った時に近しい感触。きっと元は貴族か軍人か……


「私達はこの世界に疎いもので、スラッタ派というのはどういった魔導なんですか」

 農地開拓のために斬撃魔導士をよこす、という事はイムザから聞いていた。

(だが斬撃魔導とはなんだ、敵を切り裂くなら斧や剣で良いだろう)


「そうですね、空間に見えない剣を振り回している、とでも言えばよろしいかと」

 なかなか物騒な例えだ。

「それじゃ本来は軍隊とか、そういうのに使えるというものですね」

「左様で、優れた者であるなら城の一つや二つ壊滅できましょう。しかし私の場合、詠唱時間が長く敵味方が入り乱れる戦場では……」

 ペスタは直立したまま顔だけうつむく。

「詠唱時間とはなんなのです」

「魔導を使用する前に唱える呪文の長さです、個々人の技量によってその長さが変わるのです」


「その詠唱、どれくらい時間がかかるんですか」

 なんだかまるで採用面接の面接官気分だ。

「荒い範囲指定なら十分、精密なら十五分はかかるのです」

 なるほど、それだけタイムラグがあれば戦場では使えないのかもしれない。

「それだけ時間がかかると流石に戦況も変わります、下手をすると味方に…… 」

 常に流動的な環境においてダラダラと呪文を述べる必要がある術は不向きだろう。


「誤爆の可能性があると、でもここは戦場じゃありませんから」

 そう、ここは戦場ではない、やることべきことは農業だ。

 農薬散布の時にマスクをするように、気をつければ問題はないはずだ。耕助は安心させるように声をかける。

 だが、ペスタはかえって顔が暗くなる。


「ところで木を切る、なんてことは造作もないかな」

 試験用農地の開拓ができるかどうかの瀬戸際である。近視眼的にはわざわざ森を切り開く必要ない、だが疫病に弱い種芋保存のための集中生産地は必要だ。

「勿論、どんな大樹が束になってかかろうとも造作もありません」

 ふむ、心強い返しだ。

「一度に効果を発動できる最大範囲はどれくらいかな」

「1ヘクタールより僅かに小さい範囲です」

 多少の誤差はあるのだだろうが、ここまで単位が揃うとお膳立てされたような感じになる。


「じゃあ、地面を耕す、細かく切り刻むというのはどうだい、できるかな」

 トラクターの燃料が有限でかつ家畜の居ない今、耕作の効率化は優先事項になる。

 農民達を最大に活用しても、仕事に見合った食事を用意する必要もある。それに第一陣として、作業時間よりもジャガイモについての教育を行う余裕を作らねばならない。


「耕す……、能力的にはできましょう」

 ペスタは握りこぶしを作り、俯く。

「ですが、それがいかんのです」

 突っ立っていたペスタは突如ぐいと身を乗り出し、耕助に迫る。


「我らがスラッタ派は戦地にて生を得るもの、それが後方で召使いとは……!その上農業など 」

 彼女は奥歯で大きな音を立てて歯ぎしりしながらゆっくりと元の位置へと戻る。

(彼女はそんなに戦場へ行きたいのか)

 武勲を誇る者、耕助にとってこれまで関わったことのない手合いだ。


「じゃあ、君はこれから農作業することに乗り気ではない、という訳だ」

「乗り気だと言えば嘘になりましょう、しかし主からの命ですから」

 ペスタは明らかに不満げである、否不満げというのは正しくない。正確に表現すると屈辱的だと受け止めているようだ。


「だが、自分のなすべきことではない、農民にやらせておけばいいとは思ってる」

 ペスタの目が泳いだ。当たりか、この娘はどうにも素直すぎると耕助は踏んだ。


「私が聞いた限り、この世界は今大変な食糧難と魔王軍とで疲弊している、そうだね」

「正に、だからこそスラッタ派魔導士の使命として戦地でーー」

 手のひらでペスタの話を遮る。

「軍隊には当然ながら飯を食わせなきゃいけない、でも徴兵で農民も取れ高も減っている」


 耕助は少々説教を垂れてやる気になってきた。農家をコケにされるのはすこし腹が立つ。

 それに今後の計画上、彼女をやる気にさせる必要がある。

「私達がわざわざ異世界まできた理由はそこにあるんだよ、農業の抜本的改革だ」

 そう抜本的改革、S町に必要だったもの。故郷を守るためにするべきだったこと。

「それは重々承知している、だがスラッタ派の誉れは軍人のそれと同じ。どれだけ敵を倒すかだ」

 

(S町でも町や農業の誇りやらにしがみついた。土臭い農業に少し上等な衣を着せてやれ六次産業化だのと騒いだ。だが結局は失敗した、焼け石に水のやり方はもうこりごりなんだ)

 耕助は益々力が入る。


「そうなんだろうね、じゃあ考え方を変えよう。君が生み出した食料で兵隊が戦えるようになる。そしたらその兵士が挙げた武勲は、間接的に君の武勲でもあるだろう」

 このこじつけは強引かもしれないが話を続ける。

「飯のない軍隊は使い物にならないだろう、私の国には腹が減っては戦はできぬという諺がある。そんな諺ができるくらい食事は大切なんだ。君の魔導が戦闘に不向きでも、戦争に貢献したいならやるべきは農業だ」


「それくらいの事はわかっている、わかってはいる」

 ペスタは床を睨む。頭で理解していても心納得はしていないようだ。

(やはりショック療法を施すほかないようだ、歴史を変えてきたジャガイモの力を見せてやる)


「君の戦争に対するやる気、覚悟は十分伝わったよ、私はそれを有効活用させてもらいたい」

 胸ポケットからタバコを取り出し、火をつける。

「だから明日以降どんな頼みがあっても従って欲しいと思っている、半ば命令だ。君の好きな軍隊と同じだよ」

 煙を吐き出した、それなりに大物を気取って話す。


「そして私達が持ってきたジャガイモには世界を変える力がある、その内君も農業に誇りを持てるようになるだろうね」

「承知しました、私はイムザ様からも同様の命が降っております、もとより従うのみです」

 先ほどとは違い、ペスタは淡々とした口調になる。自分の主張を殺している。

 最初の電気に驚いていたのが嘘のようだ。自分の斬撃魔導の話題になった途端熱を帯びる、が同時に諦観がある。

 そして短所があるにも関わらず、別の活路を模索しようとしない。彼女もまたコルと同じくコンプレックスの塊なのかもしれない……

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