宴の始末

「課長、外じゃ肉もなくなったし、ちょうどいい頃合いじゃない」

 マダム石屋が空になったゴブレットを片手に事務所へと入ってきた。

「あれだけ肉を用意したのにもう消費したというのですか」

 ペスタは目を見開き驚きを隠せないでいる。

「あーた方がどう考えてるか知らないけど、農家は結構飢えてるわよ、あれじゃ働けないのも無理ないわ」


 石屋は日本では二百万はくだらないであろうゴブレットを無造作に机へ放った。

 ゴツンという音とともにゴロゴロと黄金の塊が転がる、耕助は何かバチが当たりそうな気がした。

「コレと同じ。中身が無いんじゃあろうとなかろうと一緒、もっと農家に食料を回すべきね」

「だが、そもそも食料が無いから困っている、それであなた方を……」

「そんな事で呼び出された私達の身にもなってみなさい、ずいぶん上から目線だこと」

 マダムは深くため息をつき、いやだいやだとばかりに手を振る。


「とにかく撤収しましょ、魔導が大筋わかったなら明日でいいじゃない。産むがやすし」

「そうですね、ありがとうペスタさん。どうぞ、お帰りください」

 耕助はペスタを入口までエスコートする。


(さて、外では宴の始末で大あらわらしいがこちらもメモを整理しよう)

 耕助は書き留めた情報をざっと見返す、先ず電気自動車の充電は問題ないことになっている。

 途中、転移魔導で燃料満タンの車と空のものを取り換えるのだ。電気自動車の宿命、航続距離は二百kmと短い。轍を低速度で進むならより燃費は悪化するだろう。


 だが恨み言も言えぬ、バイオマスのお陰でガス欠を恐れることはないからだ。それに馴れぬ騎乗は危険が伴う。人里離れた場所で落馬して負傷するのはゾッとする、だからあえて自動車にこだわる。


(さて、フヌバで三日かかる場所が目的地の森、自動車だと一日か二日か。どちらにせよ泊りになるだろう、少しばかり面倒だ)

 耕助はアウトドアな印象の田舎の住民でありながらアウトドアレジャーが嫌いなのだ。生活の中でやっていること田舎暮らしを態々レジャーでやる意味がない、そう思っている。


 だから耕助は当然ながらテントや野外で一夜を過ごすのは好きではない。どうせ泊まるならテントじゃなく車中泊の方がまだマシだ。

 女性陣もいるし、夜になったら空の車と満タンの車二台を使えばいい。


 今回の道中、S町一行からは護衛の倉田と農家の藤井が同行することになっている。王国側からは先発同乗のコル、ペスタがつく。

 そしてゴランら農民たちはフヌバの荷車で後から追いつくそうだ。


(そして先についた電気自動車組は先に農地を開拓し……よう。いかん眠気が来た、時計は午後十時近くをさしている、もうそんな時間か)


 マダムの言った通りだ、案ずるより産むが易しの精神で行こう。

 重要なのはジャガイモの植え付けであって道中ではない。車が途中でトラブルに見舞われたとしても後発の荷車を待てばいい。


「あっちの人、帰りますよ。耕さんも一応見送りに出てくださいよ」

 素面の渡が事務所に入ってくる、結局酒は飲まなかったらしい。

「そうだな、そうする。俺もすこし詰まってたしな」

 耕助はメモをバインダーに閉じると、事務所の外に出た。


 一面、BBQのような肉を焼いた臭いがまだ残っていた。肉を焼いていた原っぱはきれいに整頓されている、食器も向こう持ち。

(なんて楽なアウトドアレジャーだろう、これなら俺でも楽しめるかもしれない)


「スズイシさん、今日はどうもどうも。いや久しぶりに肉が食えただ」

 ゴランが酔っ払い、肩を組んでくる。やたらと酒臭い、何を飲んだのだろうか。

「いや、準備したのも肉を持ってきたのもアノン家の人たちですから……」

「あんたがたが来なかったらこうはならなかっただ、ありがとう」

 そういうとゴランは気持ちよさそうに歌を歌い始めた。肩を組んだ耕助をまるで応援団かなにかの様に左右に揺さぶる。


「もう、あんたったら。ごめんなさいねぇ、ウチの人こうなると見境なくなるから」

 ゴランの妻と思われる農婦が現れ、耕助の肩からゴランを引きはがす。

「ほら、帰るわよ。荷車でるから早くのりなさい。それじゃあありがとうございました」

 農婦はサバサバとした印象を受ける、まぁ亭主がアレならちょうどいい組み合わせか。


 農民と女中一同を乗せた二台の荷車が発車した。皆笑顔である、農業を押しつけられて憮然としたペスタを除けば。


 (暗い中でもフヌバは走れるのか足が鳥だから鳥目だと思っていたが…… そうではないのか)


 耕助もとっとと早く寝よう。だが送迎の合図をする前に伊藤と渡を呼び出した。

「こっちの世界の情報は集まりましたか」

 二人とも力強く頷いた、これなら安心できそうだ。


「耕ちゃん、こっちの農業は割と遅れてる。というか他の技術と比べると発達が遅いね。憶測だけどちょっとしたことなら魔導で解決しちゃうから、発明するという事に疎いんだ」

 伊藤は慎重な口ぶりで、だが大胆な解釈を広げて見せた。

「何故、そう思うんです」

「今回、僕らが呼ばれたのも魔王が居て、飢餓が起きてでしょう。そこで自分たちで解決するのでなく、異世界から召喚する解決方法を選んでる。きっと他の分野でも同じ精神だよ」

 確かにそういわれてみればそうである、飢餓に対する彼らなりの工夫は見受けられない。

「後は肥料等からもそう思ったね、人糞、家畜の糞や骨を肥料に使わない。きっとそこまで収穫量を上げようという意識がないから、これまで発明されてこなかったんだよ」

 大胆な推察だ、が筋は通ってなくもない。


「輪作すらしてないよ、この世界」

伊藤は驚くべき事を口にした。

「それは不味いですね、ジャガイモに輪作は不可欠だ」

「だよね、ちょっとここはイムザさんに聞いてみる」

「わかりました、その話は後日まとめましょう。一応技メモを取っておいてください」

「はいよ、耕ちゃんもなかなかリーダーっぽくなってきたね」


 この時、伊藤はあえて農民、否『農奴』の生活についての報告をしなかった。まだ、耕助が革命をどうとらえるか推し量りきれなかったからである。


「で、渡はどうなんだ」

「耕さん、魔導というのは結構厄介な代物ですよ。なかなか理解できるものじゃない」

「そりゃあっちからしてみれば電気もエンジンも理解しがたいのと一緒だ。で、どうだ」

 渡は警察手帳を取り出し、中身を確認する。

「魔導はある種のエネルギー、魔導波を捉えてそれを具現化する物と言えそうです。大気がエネルギー的なニュアンスです、それを人、つまり魔導士が媒介となって行使すると」

「ふむ、じゃあエネルギーは空気中から取り放題か」

「いえ、連続使用は魔導士を疲弊させるらしいです、無茶は出来ないそうで」

 渡はメモをペラペラとめくりながら重要そうな案件を探している。

「そうだ、魔導士になる資質とかそういうのは何か言っていたか」


 勿論、マダム石屋の事が頭にある。マダムはこちらに来てから未来視ができるようになったと聞いていた。

「あー、そうですねぇ。魔導士の子供は魔導士になりやすいらしいですが……時々、何の血脈も無いのに魔導士が生まれることもあるそうです」

(ふむ、マダムが魔導士でもおかしくはない、ということか。だが本人の希望もあるしここは黙っておこう)


「それとですね、まー、いろんな流派があるようで。今度一覧表を作ることにしました。あと各流派はもともと別の宗教だったそうですが、世俗化してるらしいです。どうも魔導って形でご利益がでると経済活動やら政治活動に逆影響されたらしいです」

「そうか、ありがとう渡。私は明日から実験農地に行くので早めに寝ます。二人とも明日以降は情報の収集、資料の作成をお願いします」

 渡と伊藤の二人は無言でうなずいた。

(これで後顧の憂いはないか)


「何かあったらイムザさんに泣きついてください、この世界でのトラブルを解決できるのは彼だけですから」

 そう言い残し、耕助は自分が送り届ける爺さん方を呼びに向かった。


 爺さん方を各々の家に送り届けるのは沢村と分担しても時間がかかる。結局家に帰れたのは日付を超える少し前だった。

 明日から開拓がはじまる。本来なら耕助は興奮しそうなところだが今日はやけに眠い。

 耕助は家に帰るなりパジャマに着替え、布団に潜った。

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