飢餓と最強食物

 これからヘルサの屋敷で異世界説明会が開かれるらしい。らしいというのは耕助を含めたS町の人間がそれを事前に同意していないからである。


(日本、いや元の世界……うーむ現世と言うべきだろうか、ともかく現世から急に呼び出され、少しばかり休憩を取ったら即説明会というのは横暴に過ぎる)

耕助はそう思う。もう少しこの世界に馴染む時間が欲しい。


 S町とU市の合併の時もよく公民館で説明会が開かれたから慣れてはいる。が、今回の説明会が耕助の知るそれと同じだと言う保証はない、何しろここは異世界だからである。


「その前に皆さまにこれをお食べ頂きたいのです」

 ヘルサは目でジュセリを促す。ジュセリは鳥とラクダを足して二で割ったな動物、フヌバの脇から袋を取り出させた。


 袋はなにかの動物の皮をなめしたような、そんな雰囲気だ。たぶんこれは食べ物をためておく為の容器。

 確かモンゴルの騎兵は馬か羊の膀胱を使った袋に干し肉をためていて、その星肉こそがあの世界帝国を築きかけた機動力の源の一つであったと耕助は知っている。ドキュメンタリー番組で得た知識である。


「これは魔王軍と戦う王国軍兵士が食す兵糧です、ご感想をお聞かせ願いたい」

 ヘルサがどことなく、不安げにジュセリを促す。

「スミナという名の穀物です、私が作った最前線の味です」

 ヘルサと違い自信ありげにジュセリが付け加える。


「姫騎士の! 異世界メシ! これはキタ! スミナかー、スタミナみたいで美味しそう」

「確かにテンション上がるな」

 耕太が嬌声をあげる。拓斗は静かに、しかしどこかロマンを見つけたかのように興奮を抑えられない声で答える。


(愚息よ、なにが『来た』んだ。それに姫騎士という言葉の矛盾感をどうにかしてくれ)

 耕助はやはり姫騎士という言葉の矛盾感に苛まれていた。ジュセリもその姫騎士という言葉にいささか思うところがあったのか耕太を怪訝そうに見つめる。

 ジュセリは黄金のボールを取り出し、袋の中身を注ぐ。中身はドロドロとした、白い粥状のなにかだった。


(異世界で出されたメシをおいそれと口にしていい物か。何かマズい菌でも入っていて腹を下すのでは)

耕助は心配になる。

 この世界には冷蔵庫もなさそうだ。調理過程での汚染はあり得るし、そもそも具材である食物、水にすら当たる危険性もある。


「スゲぇよ!異世界飯だぜ!これはどうなんだろうな」

「まぁ食ってみようぜ」

 父の心配を余所に耕太と拓斗は結構ノリノリである。


 耕助は新婚旅行で中国に行ったとき水に当たった。腹を下した耕助は三日もホテルにひきこもった。今となっては夫婦の笑い話の一つ。だが、当時の耕助は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。一生に一度の新婚旅行をホテルに籠もって過ごすのだ。


 だから耕助は海外での食事には並々ならぬ警戒心がある、異世界ともなると格別だ。

(スミナという食べ物も体に害をなさないとも限らない。警戒に警戒を重ねることは無駄ではないのだ)


「マダム、ちょっと来て下さい。コレ食べても大丈夫ですかね」

 嬉々とする若者二人を尻目に耕助は『千里眼』のマダムに助けを求める。

(マダムはこういう場合下手な科学者よりも信頼がおける)

そう耕助は判断している。マダムの予感はそこいらの天気予報を上回る正確さなのだ。占いでも始めたら大繁盛だろう。

「それ食べてもいいけど、食べない方がいいわよ。でも食べなきゃいけないのよね」

 マダムはどっちつかずな返答をする。

(どうしたものか)

 耕助はいよいよ進退窮まった。


「毒の類は入っておりません、私が最初に食べましょう」

 ジュセリは耕助の戸惑いを察したようだ。懐から金色のスプーンを取り出し、パクリと食べて見せた。


「父さん、俺が先食べるよ。父さんに万が一があると困るだろ」

 耕太の狙いは間接キスなのは明々白々である。

(カノジョの澄佳ちゃんはどうしたこの浮気者め。だが粥をめぐって喧嘩するのも情けない)

耕助は耕太に先を譲る、視線で許可を出す。耕太はジュセリの使用済みスプーンを受け取るとガバリと頬張った。


 一口、二口目こそ耕太は興奮気味だった。しかし顔がやがて疑問を浮かべた顔に、それ以降はみるみると醒めていく。

「メシマズ属性の姫騎士か……うん、ギャップ萌え、ギャップ萌え……」


 メシマズ、語感からして飯が不味いの略語であろうことを耕助は察した。それが不味いことはその表情からも見て取れる。

 

 だがギャップ萌えという言葉の意味は耕助にはよくわからない。勿論、萌えという言葉ぐらいは知ってる。だが、ギャップと合わさった時のその意味するところが理解できないのだ。

 耕太があえてギャップ萌えという言葉を口にすることで頑張ってさせようとしているのは明白だ。がその努力はむなしい。


「耕太、お前が先を競って食ったメシはどんな味だ」

 耕助は少しばかり意地悪に尋ねる。

「無味無臭。なんだろう、例える食べ物が見当たらない。あと超低カロリーな味がする」

 耕太はボールを耕助に突き出す。

(ティッシュでも食ってるような感じだろうか)


「ちょっと食べてよ父さん、これマジで例えがわかんない」

 ここで尻込みしていては父親の威厳もあるし、きっと大丈夫というマダムの助言もあった、耕助は意を決して食べる。


 耕太の言いたい事はすぐにわかった、これはがする炭水化物だ。コーリャンとか、アワやヒエなんかの味に近い。そんな味の粥なのだ。米のような甘味、うま味はない。そして塩味が効きすぎている、こうなると元の穀物の味は全く消え失せる。

 それに大量の水によって薄められてしまっていてこの粥は最早ダイエット食を通り過ぎている。

(祖母から聞かされた戦時中のすいとんはこんな感じだったのだろうか。そう,例えるなら坊主が修業中に食べるのにぴったりな一品だ。極めて戒律の厳しい宗教で修行するならこういう食事が一番だ)


「うん、不味い。もういらない」

 一応全員に食べさせた、そして皆が同じ反応をした。


「これが兵士の食事ですか。これでは兵士のの士気も上がらないでしょう、それに素人目からしてもカロリーが低すぎる」

 拓斗が自衛隊員らしい全うな意見を述べる。

「左様、以前と比べ前線の兵士はは疲弊しています、昔はもう少しマトモな食事だったのだのですが」

 ジュセリはやるせなさそうに地面を睨む。

「しかし、これでもまだ良い方の食事です。兵卒はこれを一日に一食、食べれて二食の有様です」

 ヘルサはそう付け加えた。


「簡潔に申せば、魔王軍との戦線拡大に伴い、兵力拡充の必要性が高まりました」

 悔し気に地面を睨むジュセリの代わりにヘルサが補足する。

「農民が徴兵され、農村は大幅に生産力を失いました。更に昨年は冷害による不作も続いています。徴兵で拡大した軍の維持もまた困難な状況にある訳です」

「つまり農村は人口流出の上に冷害、軍隊は人手余り、その上飯はない。二重の泣きっ面にハチ、ってことですか」

 耕助は問う。

「その通りです」

 ヘルサは頷いて返した、状況は相当に悪いらしい。


「従って王国は今現在食糧難にあり、それが前線にも影響しているのです」

「だが、それでも我々をいきなり召喚していい理由にはならないでしょう」

「相応の対価は用意してございます、屋敷においでくださればご覧に入れましょう」

「相応の対価ってハーレムとかかな」

 耕太が拓斗に耳打ちする。

(こんなところに来てまで女の話か、なんたる楽天脳!)


「ともかく、不作がたたってこんな不味い粥にしてカサ増ししていると」

「その通りです、そして兵士は力を失いつつある。だからあなた方、そしてジャガイモを召喚したのです」

 ヘルサの目には確信めいたものが浮かんでいた。


 ジャガイモ、歴史を幾多と変えてきた作物。その力は異世界を救えるのだろうか。

 耕助はヘルサへの反発的な言葉と裏腹に静かなやる気が徐々に沸いている。

(S町の力を今こそ活かす時である。否、巻き返しだ。国を救うのだ、過疎からの復興を超える大技)

 そのハードルの高さが愛郷真とフロンティア精神を持つ耕助の心に小さな火をつけた。しかし当の本人はそのことにまだ気が付いていない。




【注記】

 新婚旅行で中華人民共和国の水にあたったという表記は、私の両親の経験のお話で同国を貶める意味ではありません。皆さま悪しからず。

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