自衛隊、狩人、一般人
ヘルサを呼び出して三十分たった。相変わらず兵士達は包囲網を崩す様子は見られない。だが此方に敵意を向けるだとか剣呑という雰囲気でもない。あくまで外に出ようとするのを防ぐのが任務であり、この事務所を攻撃するつもりは無いらしい。素人判断ではあるのだが、統率はとれてそうだし問題は無さそうだと耕助は判断した。
遠くから車列が馬に導かれ近づいてくる。
「えぇ、異世界にも自動車あるのかよ。あー、でも魔法スチームパンクもいいな、うん」
耕太が勝手になにかを納得したらしい。
「スチームパンク? パンクロックのこと? いいよねー、ブルーハーツ」
耕太は勝手に納得し喜び、渡は方向違いな会話のドッジボールを交わす。
そもそも秩序を保つ為の警官がパンクロックが好きだというのは些か矛盾した嗜好である気がする。
(それにしても呑気なものだ、槍を持った兵隊と相対しながらに互いの趣味を語り合うとは)
だが、車列が近づいてくるとその全容が明らかになる。耕太の期待とは裏腹に到着した車は言ってしまえば『普通の自動車』だったのだ。
耕太はその自動車が日本車だと気が付きがっかりした様子である。
「なんだよ、あれ日本車じゃん……つまんねぇ」
耕助にはあの車の持ち主達はおおよそ見当がつく。馬に先導されているRVは鹿撃ちの斎藤の車、S町の住人。バイオマス発電所の委託会社のワゴン車。あとの軽自動車の持ち主は知らない。
その車列の先にはヘルサと鎧を纏った御者が乗っていた。馬は結構な速さで走ってくる、おおよそ時速四十kmといったところか。
兵士たちがヘルサに向かって手で頭を隠すようにして出迎えた。まるでカツラがずれたのを直すようなしぐさだが、こっちの世界の敬礼なのかもしれない。
そう判断したのはどう見てもヘルサの方が兵士達よりも偉そうだからだ。
ヘルサを乗せた馬は農協の敷地内に乗り入れた、が、それは馬ではなかった。ダチョウに似た脚と羽をもつ、それでいて四足歩行でラクダの様にこんもりとしたコブを持つ動物だった。
「やべぇ、四本足のチョコロウだ! すげー!なにこれ、やっぱり異世界だ!」
「チョコロウ? これはフヌバという我々の世界の家畜です」
ヘルサが馬上ならぬフヌバ上から耕太に語り掛ける、チョコロウもフヌバも耕助が聞き慣れた言葉ではなかった。
「そうなんだ、フヌバ…… なんかもっと西洋風の名前かと思ってた……」
(フヌバ……確かになんだかアジアか中東風な名前ではある、この鳥がフヌバねぇ)
「でもいいや。僕の名前は鈴石耕太、ヘルサさん。よろしくおねがいします」
「耕太さん、私はヘルサ・イム・アノンです。召喚魔導士です、以後お見知りおきを」
ヘルサは馬上からペコリとお辞儀する。
(ずいぶんと上から目線なものだ)
耕助はいささかこの娘に反感を持った。幾らアホの息子でも舐められてる気がしたのだ。
同時に十代にも見えるこの少女が権威を持つ世界はきっと家柄であるとか、出自が問われる世界なのだろうとも予断を持った。
だからちょっとした不愉快感は飲み干し耕助は耐えた。
(今、この世界との唯一の接点を失いたくない。長いものには巻かれろの精神だ)
「さて、皆様と同時に召喚した方々をお連れしました」
さらりとしたヘルサの受け答えとは裏腹に耕太は嬉々としている。
(可愛い女の子と話せただけで満足か、お前さっきまで冒険とかしたいと言ってただろ。もっとこう、自分の目標を高く保とうとかいう意識はないのか)
耕助は心の中で息子を叱咤する。
「よう耕太、お前そういう表情に出やすい所とかなんにも変わってないな」
軽自動車から若い男が下りてきた、短髪で体つきはがっしりしてる。耕助はこの青年を知っていた、耕太の親友で村中拓斗、隣町の牧場の次男坊。確か航空自衛隊に勤めて、今は千歳基地にいた筈だ。その口ぶりにはどこか余裕とこの世界を理解した風の響きがある。
(流石自衛官、異世界に最早順応しているような口ぶりだ。倉田と共に頼りになるだろう)
「多分俺が異世界転生したって聞いたら上官やら同期が発狂して羨ましがるだろうな」
「拓斗! 久しぶり、お前ごつくなったな。でも異世界で自衛隊とかロマンすぎるだろ! 残念だけど。こっちの頭の固いおっさん達には異世界転生の意味が解ってないぜ」
耕太は偉そうに農協事務所を顎でしゃくってみせる。
(まて、異世界転生を羨ましがる上官に同期? それはつまり耕太と同好の士であるということか? つまり自衛隊はオタク集団?)
「拓斗君、お久しぶり。拓斗君ってあの、その、『オタク』なの」
「はい、そうです」
拓斗は力強く頷く。
一人、『マトモ』な人材が増えたかと思ったが、残念ながら耕助の希望的予測は大きく外れた。
「同期や上官って……、自衛隊ってそんなにオタク多いの」
やや悲観的に脱力しながらも耕助は問う。
「自衛隊って男子校と同じで女に飢えてるから、そこにアニメ、漫画が来たら勝てる訳無いですよ」
拓斗はよどみなく答える。
(なるほど、そういう事か……)
(嗚呼、結局拓斗は耕太、オタク方向で異世界に順応した人間)
耕助の肩がうなだれる。
(この状況にマトモに向き合っているのは謎めいた確信を抱いているマダム、やたらと警戒心の強い倉田、あとはオタクの耕太に拓斗。マダムと倉田を除き、皆オタク。自衛隊はアニメ、漫画に敗北したのか、なんと頼りない存在だろう)
「拓斗って空自だよな、あれじゃん、ワイバーンとかに乗ってエース目指すとか色々こうロマン路線もありだよな」
耕太は嬉々として話し出す。
「残念ながら俺は整備だよ、パイロットじゃない。一応ロクヨンは撃てるけど、その銃もない」
拓斗はさも残念そうに首を振る。耕助は拓斗が戦闘に長けているという訳ではなさそうなのは口ぶりから察した。
(確かに、戦闘機の無い整備兵は土地の無い農家みたいなものだな)
勝手に耕助はそんな解釈をした。
(しかし、ロクヨンって昔のゲーム機か)
「そもそも異世界転生するならやっぱり王道は陸自じゃないか、なんか変なカンジ」
(異世界転生の自衛隊に王道なんてものがあるのか。それに自衛隊とファンタジーと言えば怪獣映画だ。巨大怪獣になすすべもなく壊滅する戦車隊が脳裏をよぎる、それってやられ役じゃないか。『王道』とは敗北に終わるものなのか、それが王道?)
「拓斗君、自衛官になったの、ふーん。銃ならあるよ、ショットガンが三丁、エア含めライフル三丁」
RVから降りた鹿撃ちハンターの斎藤が拓斗に声をかける、ライフルを肩から下げていた。
「いえ、私のライフル二丁合わせて合計八丁です」
斎藤のランドクルーザーから彼の友人、鈴木が降りる。
友人と言っても斎藤は六十近く、鈴木は三十半ばとかなり歳は離れてる。鈴木は趣味でわざわざ札幌からS町まで鹿撃ちにやってくる会社役員だ。
つまり今回の召喚で警官組の二丁の拳銃と合わせて十丁の銃がもたらされた訳だ。
「銃って武器があるんですけど、これって禁忌とされた十分な『軍事力』じゃないんですか」
一応耕助はヘルサに問いかける、日本の通念からすると十丁の銃は十分な脅威。それに兵士達が持っているのは槍、素人目からしても彼らの武力の差は歴然だ。
そうなればもしかしたら強制送還という「解決策」もあるかもしれないと少しばかりの期待が胸をよぎったのだ。
「いえ、この程度の装備は禁忌ではありません、誤差の範囲内です」
ヘルサは平然と答える。
(鉄砲十丁が誤差の範囲内とはどういうことだ)
「誤差ァ? 家には実質三千発分の弾薬あるけども誤差かい」
斎藤は侮辱とうけとったのかヘルサに食って掛かる。
「魔王軍の前では余りに数が少なすぎますので」
「確かに、軍隊を相手にするにゃ数がたりねぇか」
斎藤はやや納得したようで、引き下がる。斎藤はまだ呆けていない、老練といった方が正しい印象だ。
(確かに十丁では軍隊は相手に出来ないか)
「でも三千発もあればロクヨンしか使ったことのない自分でも訓練できますね」
拓斗は感心とも畏れともつかぬ態度で斎藤に接する。三千発といえばかなりの量だ。
それに拓斗が斎藤と鈴木を前にたじろぐのも当然と言える。そう、斎藤と鈴木は『キャラ』が濃い、濃すぎる。
ハンティングの為に生きているような男達だ、ワイルドとも少し違う。お陰でS町の鹿害も少しは抑えられているのだが。
(だが、そんなサバイバル精神にあふれる男達が何故簡単に異世界に馴染んでいるのか)
現実主義的なハンター達は、最もこの現象を疑って掛かっても不思議ではない人種。
(耕太と拓斗はオタク友達だから当然として、この人たちはどうして異世界だと確信をもっている?)
「えー、お二人ともなんでそんなにこの異世界に順応してるんですか」
「当たり前ですよ、こんな動物は世界探しても見たことが無い。羽があるが、足が四本。鳥ではない、謎の生物。新種なら大々的に公表されるでしょう、新発見ですから。ネイチャーか何かで大々的に取り上げられるでしょう、既存の生物体系をひっくり返すだけのインパクトがある。そんなものが人の手によりこうも飼いならされている。そうなるとここは日本、いや元の世界ではない」
鈴木はフヌバの横っ腹を軽くたたきながら、眼鏡をクイと上げる。
「それなら今まで見たこと事もない動物も化け物も狩れるでしょう、楽しみです」
表現しがたい歪んだ笑顔を浮かべた鈴木が眼鏡をクイと直す。
「んだな、良い弟子が出来て嬉しいよ。会社辞めてウチの養子ならんか、ハハハハハ」
「会社辞めたら世界一周狩猟の旅の金が捻出できませんよ、それにこの異世界で十分楽しめそうだ」
(嗚呼、なんたるハンティング狂人だ。これもヘルサにとっては誤差なのか)
「うわぁ、この人たち怖いっすよ班長。やばいですよ、やっぱりここおかしいですって」
バイオマス発電所の下請けの若い者が慄く、この男はマトモな感性の持ち主らしい。男たちは皆、同じ作業服を着ていた、刺繍で小林組と書いてある。
「そ、そうだな。それにしてもここはどこなんだ、農協さんよぅ」
班長と呼ばれた小太りの男が耕助に問いかける、俺もまだよく知らないんだぞ。
「なんとなく、ですがここは日本じゃない別の世界としか……」
「なんとなくじゃなくて、『確実に』よ、耕ちゃん」
マダムが事務所から声をかける。
「はぁ、そうですか。如何せん信じがたいのですが」
「でもなんであの時間、午後十時に発電所になんかいたんですか」
渡は珍しく鋭い視点で切り込む。確かにバイオマス発電は夜間稼働させる必要はない。
「いえね、ここのところどうも異常が続いてて昼夜なしで調べてたんですよ」
班長はあたかも疲れをアピールするように肩をグルグルと回す。
「ほらS町の元町長、自己中心的でしょう。発電機が稼働しない間の金返せって煩くて」
班長はボサボサの髪の毛をかきむしりながら不愉快感をあらわに話す。
「成程、ご苦労様です。彼のハコモノ大好きっぷりには私達農協もかなり手を焼きました」
「やっぱりそうですか。その上このよくわからん状況じゃあねぇ、どうしたものかなぁ」
班長は真っ青な空を仰ぐ。
「あ、そうそう私整備班長の大場と言います、よろしくお願いします」
「S町農協農業、営農指導課長の鈴石です、よろしくお願いします」
(異世界に来て、ようやくマトモなやりとりをした気がする)
S町の元町長はある程度、先見の明はあったことは認めざるを得ない。
フクイチ事故よりも先に再生エネルギー事業に乗り出しバイオマス発電所を建てた。売電事業に乗っかって日本中が太陽光発電を建て始めたころには既にバイオマスは完成していた。
間違っていたのは方向性だ。
太陽光、風力よりもバイオマスは運用コストが高すぎる。間伐材の木を焼いて発電するのだが、木をチップに加工するコスト、木の調達コストがかさむのだ。
更に民間からの電気の買い取りが始まると、町が運営するバイオマス事業はいよいよ進退窮まった。そもそも北海道で売電したとしても、本州とつながっていないから震災後の電力売買という意味では全く意味が無かったのだ。
結果、大赤字を残しS町はU市に合併された。
因みに元町長はU市の市長と懇意で、それなりのポストで悠々自適に楽しんでいる。だからこそ、自分のおっ建てた発電所が稼働しないと、設立者の自分の沽券にかかわると檄を飛ばしたのだろう。
ズレた先見性のある人間が手に負えないのは様々なは失敗した発明の歴史が証明している。
耕助の懐古は意外な人物により打ち切られた。
「ひとまずこちらのお話を聞いていただけないでしょうか」
流暢な日本語だ、ヘルサを乗せたフヌバの騎手がヘルメットを脱いで間に割って入る。
甲冑に身を包んでいた為に勝手に男かと思っていた、が女性だった。ロールした金髪の彼女は、貧相な服を着たヘルサよりも上位に見える。
「「縦巻きロールの姫騎士! 」」
耕太と拓斗は一斉に嬌声を上げる。
(姫騎士ってなんだ。姫はお姫様だし、騎士は兵士だろ、なにが悲しくて姫が兵士を兼任しないといけない)
耕助は疑問を抱く
「姫……騎士? 私はヘルサ様の侍従にして護衛騎士、ジュセリと申します。お嬢さま」
ジュセリはヘルサを促した。ヘルサの方はあくまで被召喚組を勝手に話させるつもりだったらしい。ヘルサはジュセリの諫言を疎ましそうに、しかしそれに従った。
「ここに集まった方が今回召喚した方全員でございます、一人の漏れもございませぬ。これから我が屋敷にて委細ご説明させて頂きたく存じますが、よろしいですか」
(嗚呼、異世界に呼び出された後は、家に呼び出されるのか。身勝手もいい加減にしてくれ。全くこの娘は物事の運び方を知らないらしい)
耕助は一人ため息をついた。
【補足】
『フヌバ』
大型で鳥の様な外見を持つ家畜、四足歩行で飛行はできない。最高速度は時速100kmに迫る個体もいるが、重量物の運搬には不向きな細い脚になっている。この世界では主に騎兵、もしくは人員輸送のための軽量な荷馬車の牽引に使われる。
『ロクヨン』
64式小銃のコト。自衛隊や一部の警察部隊などに配備されている。
部品がよくなくなる(爪楊枝の凸凹部分サイズ)上に重いと不評が絶えない。
でも、なんだかんだ命中率とか、頑丈さもあって今も現役。
因みに拓斗は自衛官候補生枠で入隊。
実は佐藤渡君とは親戚。親戚で暴力装置多すぎ?
『自衛隊とオタク』
男子校がオタクっぽくなるのと同じで、自衛隊もオタクが多い……気がする(体験談)
閉鎖された環境、女はいねぇとなると昔は風俗だったものだが、それがオタクカルチャーに乗り替わったのだと分析する。確かに風俗通いが激しい人程、オタクであった気もする、二次元、三次元の両立だね!
『チョコロウ』
日本で大人気RPGゲームのマスコットキャラ、巨大なひよこみたいな姿をしている。
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