第五話 ボクはいったい

 が……っ。

 刃物が木製の床に刺さる音。目を閉じて聴力に頼ると、少し焦って震える息の音が聞こえた。……男。背は高いけど細身。刃物の正体は、たぶんあの音からして短剣だろう。腰の剣を抜いて構える。相手はきっと目が慣れていて、こっちの動きは見えてるし、ここのどこに何があるか理解しているはず。地の利としてはこちらが圧倒的に不利だけど、体力なら自身がある。……なんにせよ、このまま死ぬわけにはいかない。

「……っふ」

 とん、と地に一瞬足をつく。ばねのように一瞬で足を屈伸させ、一気に伸ばす。その重力をすべて上体にこめて、一瞬で喉元に剣を突きつけた。喉の皮まであと一ミリ以下くらいのところでとめる。

「……く、」

「なんの用ですか?」

 慣れてきた目をあけて相手を見る。知的そうなその顔が歪む。

 と、ぎいいと音を立ててドアが開く。その隙間からのぞく光を思いっきり見て目がやられる。……やば。ふっと目の前の気配が消えて後ろにそれが回る。視力を捨てて動こうとするが思うように動けない。右腕をつかまれて無理な方向に上げられる。剣が落ちる。

「あ……っ!」

 あまりの痛みに小さく叫ぶ。痛い。かなり痛い。後ろから刺されたら、死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬのは、だめ……!

 と、聞きなれた声が聞こえる。

「ドリラ?」

「……え?」

「おや……ラルさんの知り合いの方でしたか」

 薄目を開ける。白い空間に薄いシルエット。……ラルさんがそこにいた。

「ラルさ……」

「なにやってんだ、お前ら」

 光がやみ、手を開放されて、急いでラルさんの近くによる。なにがおきているのかよくわからないが、とにかくそうしたほうがいい気がして。それを見た男のヒトは、ふむ。と小さく呟いて言う。

「キミにそんな趣味があるとは……知りませんでしたね」

「どういう意味だ。で、何でお前が此処にいるんだ? お前この先の村の担当だろ」

「ああ、そのことですが……《オーズ》が異端者狩りを強化しました」

「! ……あいつら……」

 オーズ。聞き覚えがあるそれに、ボクは思わず顔をしかめた。能力者は異端であると主張し、それらを狩ることによって世界は平和になるとする集団。何回か遭遇したことはあるけど、なんというか、恐ろしい連中だった。……ボクの村を襲ったのがその連中だということを、最近知った。

「彼らはこの先の村を、私の担当地区を破壊しています。まあ、彼らの言う粛清に当たりますがね」

「皮肉はどうでもいい。……しかし、これをどうするか、だな」

「ここから総本山に直接帰還すればいいでしょう。途中でオーズに出会ったことを、ボスがなんというかは知りませんが」

「……るっせ」

 舌打ち。それからこちらをみて、相手を親指で指しながら言った。

「オルフだ。覚えなくていいぞ」

「へ?」

 不機嫌そうな他者紹介に、間抜けな声がでた。失礼ですねえと言ってから、その人はかけた眼鏡の位置を直して手を差し出し、こう告げた。

「……申し遅れましたが、私はオルフです。半竜族の血を引いています。以後、お見知りおきください」

「覚えなくていいからな」

「え、あ、はあ……ボクは、ドリラです……」

 とにかく自分の名前を言って手をつなぐ。タコのないその手で、武闘派でないことを知る。そういえばさっきの剣の軌跡も、あまりいいとはいえなかったな。体つきも細いし、なによりこの長髪は戦闘向きではないだろう。そんなことを考えて、手を離した。

「ドリラさん、ですか」

「用は済んだ。俺達は総本山に向かうから。じゃあな」

 そうやってドアに向かって歩き出す彼を追うと、おや、と気の抜ける声でオルフさんが呼び止めてきた。「ひどいですね、私を置いていくんですか?」

「当たり前だ。なにが悲しくてお前と一緒に行動しなくちゃならない」

「では聞きますが、治療ができる方は?」

「……」

 ラルさんはできるよ、そういいそうになったけど黙った。彼がむっとした表情になったからだ。

「決定ですね」

 にこりと柔和に微笑むと(といってもまだしっかり顔をみていないが)、彼はそこにかけてあったらしいローブをまとった。短剣をしまいと袋を肩にかけ、ほんの十数秒で支度を済ませた。改めて内装を見回すと、武器屋を名乗っているだけあってちゃんと剣や弓矢などが置いてあるのがなんとなくわかる。ふと見るとラルさんもそこら辺の剣をあさっていたから、ボクもそれに習って物色し始めた。


 *


 街を出て草むらに出る。広い草原。ところどころに牛を放牧しているのも見えるけど。草が反射する宵闇の光が目に優しい。青白い光の下でみたオルフの体は、なんというか薄かった。ボクは一応女だけど、剣を振る腕はそれなり……といったらモンドに怒られそうだけど……に筋肉があるけれど、このヒトは薄い。そして長い。切れ長で色素の薄い目元も、白い頬を縁取る鴇色の髪もすっぽりとローブのフードに隠れて、そこになんだか縦長の闇があるみたい。ボクもそこで巡礼用のローブを貰って、端から見たら武器屋で武器を調達した巡礼者の三人組に見えたことだろう。

「……ふう、外は久しぶりですね」

「ずっと、あそこに篭っていたの?」

「ええ。もともと私たちは光に弱い種族なので」

「種族?」

 細い目でボクを見ると、ふわりと笑ったように見えた。

「ええ。世界には三つの種族があります。ひとつはあなた方サユフィ。普段はヒトと変わりませんが、戦闘時に力を発揮する能力者で、神のなせる技である《神術》も少し扱えます。

 そして、もうひとつが私たちの祖先である竜族。体力はヒトと大差ありませんが、《神術》を一番うまく扱える種族……というか、彼らがそもそも世界のはじめから生きている種族なのではないか、と言われていますね。今は混血が増え、純血の竜族は絶滅した、とまで言われています。まあもっとも……サユフィと同じく迫害を受けて、というのもありますがね。そして彼らとサユフィは共存関係をむすんで共に生きていたようです。

 最後がヒト。いま世界にもっとも多く存在する種族です。自分たちが世界を支配するのは当然だと思っているようですね。神術の代わりに他の種族が残した遺産を使い発展した、でもとても頭のよい種族といわれています。排他的ですが、まあ仕方のないことでしょう」

 難しい問題なのだろう。というか、つまりはボクにも神術は使えるのだろうか。ローブの裏に隠したナイフと剣に触れて、思う。(……ボクだってサユフィなんだから)

「おい、無駄口叩いてねえで行くぞ」

「あ、うん!」

 返事して、たっと駆け出した。そういえば、ずうっとラルさんの近くをふわふわしていたリュミエルが見えない。

「そういえばリュミエルは?」

「なによー」

 機嫌の悪いリュミエルが、ふわりとラルさんの首下から顔を出した。

「どうしたの……」

「どうしたもこうしたもないっ! ラル様あ、なんでアイツと行動しないといけないんですかあ?」

 彼が嫌いなのか。ちらちらとオルフの方を見上げて彼女はそうまくし立てる。心なしか目が潤んでいるようにも見える。それだけ嫌いなのだろう。……オルフのほうは見えているのかいないのか、一人で歩いている。

「仕方ないだろ。アイツの治癒術は認めざるをえん。……あとうるさい」

「む、むううう! ラル様ひっどい!」

「ひどくない」

 無理やりローブの中に押し込まれ、もごもごとくぐもった声が聞こえてくる。

「もう……!」

「はいはい」

 いったい彼女と彼の間に何があったのか。まあ、ただ単にリュミエルみたいなタイプの女の子は、オルフみたいな、よくわからないのは嫌いかもしれないけれど。そして、オルフとラルさんの関係とか。そうだ、ボクはアモスとサユフィの関係……リュミエルとラルさんの関係も、そう、ボクとモンドの関係もまったく……、いや、何も知らない。

(ボクはいったい、何を知っているんだろう)

 そんなことを考えて、一人ため息した。

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