とある岩礁の上で

瓢箪独楽

とある岩礁の上で

 夏が終わりを告げる頃、台風の多い季節。

そんな時期に彼らは遭難した。


「いやーツイてないねぇ、僕達」

 そう言いながら夜空を眺めるのは、浦島という名の男。

 この浦島という男、三十代半ばといった年頃だろうか。ひょろひ

ょろと背丈だけが伸びた背格好で、やや頬もこけているが穏やかで

人の良さそうな顔だ。


「ああ、まったくだな」

そう言いながら海面に小石を投げるのは、越前という名の男。

 この越前という男、こちらも三十代半ばといった辺りだろう。

先の浦島とは違って、背は低いががっちり肉体派。

 現状を鑑みて多少ムスッとしてはいるが、イカつい顔というわけ

ではない。


 この二人、学生の頃からの友人という間柄で、よく二人して共通

の趣味である海釣りをしに出かけていた。

 今日は新しく手に入れたゴムボートで、そこそこ沖合まで出て糸

を垂らしていたのだが、不意に襲ってきた高波のおかげでボートが

転覆。

 命辛々泳ぎ着いたのが、海面から一メートル程頭を出した、六畳

程の岩礁だった。

 海に投げ出されたのが暗くなり始めた頃で、今は頭上に星々が輝

いている。


「まったく…… 君が強引に連れてきたからだよ。僕がいくら今日

 は風が強いからダメだって言っても、これっぽちも聞き入れよう

 としなかったんだから」


「仕方ないだろう。折角手に入れたあのボートを使いたかったんだ

 からよ。なんだかんだ言って、最終的にはお前だってノリノリに

 なってたじゃねーか」


「それを言われると返し様がないね。やっぱり僕だって釣りが大好

 きなわけだし」


 携帯電話なんてもちろん海の底。

 結論を言えば、自分達を心配して家族が捜索願を出してくれるの

を、ただただ待つ事しか出来ない状況だ。

 せめて無駄に体力を使わぬ様に、二人並んで仰向けに寝転んでい

た。


「普段はさ、仕事とか生活とかに追われて見上げることなんて無か

 ったけれど、こうやってゆっくりと夜空を眺めていると、なかな

 かどうして心が綺麗になっていくみたいだね」

浦島の言葉を聞いて越前は、

「そんなもん、腹の足しにもなりゃしねぇよ。あーあ、早く救助隊

 来てくれねぇかなぁ~」

そう言って浦島に背を向けて寝息をたて始めた。


「君は昔からそうだ。同性からの人望はなかなかあるというのに…

 …。もっとこう風情を楽しむ余裕も必要だと思うよ?」

言いながら浦島は体を起こし、岩礁の端の方に腰掛、寄せて返す波

を見始めた。


「おめーだって何も変わってねぇじゃねぇか」


「なんだ、起きてたのかい。僕も変わっていないって?」


「そーだよ。昔っからキザったらしい事ばっかり言いやがって。ま

 ぁお前の場合、キザなくせにどこか抜けてやがんだよ。だから

 すーぐにボロが出ちまう」

フフンと鼻で笑う越前。


「失礼な物言いだね。折角の穏やかな気分が台無しだよ」


 そこはかとなく不穏な空気が辺りを包み、暫くの間、二人の間に

言葉は無くなった。

 その沈黙を最初に破ったのは、ひょろっとした浦島だ。と言って

も、まだご機嫌は傾いたままであるが。


「君みたいな唐変木にも、海面で揺れる水月の趣くらいは分かりそ

 うなものだけどね。ほら、君も見てみるといいよ。波に揺れるあ

 の満月。ほんとに綺麗だ……。どこか儚げなのに、何物とも見間

 違える事なんてない強い美しさ、僕は本当に心が澄んでいくよう

 だよ」


余程気に入ったのか、今までよりもさらに饒舌になっている。


「ほら、見ないのかい? 早く見てみるといいよ、君も穏やかな心 になれるから」


「チッ。るっせぇなぁ…… わかったよ見りゃいいんだろ」

あまりにもしつこく浦島が言うので、このままでは寝ることすら出

来ないと、のそのそと浦島の横まで行く越前。


「お、やっと来たか。ほらあそこだよ。どーだいあの、粉う事無き

 丸い姿。流石の君にも分かるだろう?」

なかなかに嫌味な言い回しをする男である。


「あ? どれだよ…… 月なんて何処にもねぇじゃねぇか」

「まったく…… 君の目はとんだ節穴だね。ほらそこだよ、そこ」

どうしようもないと言った感じで、浦島が指を指す。


「ああ? んー…… あ。……ハッ…ハハハッ…あはははっ!」


 浦島の指差す辺りをじっと見ていた越前が急に笑い出した。

 訳が分からないという顔でポカンと眺める浦島。


「粉う事なき丸い姿だとぉ? オメー馬鹿か、ありゃクラゲだ」


浦島はキョトンとしている。


「いやはや、はっはっは。こんなにすぐにボロが出るとは流石に思

 わなかったぜ。よく見てみろ。触手つーか、あのにょろーんとし

 た長いのが見えるだろ?」


目を擦りながらよーく見てみると、確かにうっすらと足が見える。

「ハ、ハハハッ…… なぁんだクラゲか。……アーハッハッ、かっ

 こわるいなぁ僕」

どうしようもない恥ずかしさとオチのくだらなさから、浦島はお腹

を抱えて笑っていた。


「……ハァ。あー笑った。なるほどね、海と月でクラゲとは、昔の

 人はよく言ったもんだなぁ。でも君はすごいね、あんな薄っすら

 としか見えない足に、あんなにすぐ気付くなんて。いやー感心し

 たよ。」


 最早二人の間にあった不穏な空気など微塵も無く、ただ素直に浦

島は感心していた。


「何言ってんだ。上見てみろよ」

「え?」


浦島が見上げた先には、綺麗に輝く三日月が浮かんでいた。


 …………。


それからまた二人は、

顔を見合わせ大いに笑った───

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とある岩礁の上で 瓢箪独楽 @hyoutangoma

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