第19話 取捨選択(執筆者:宵密糺)

「まぁまだ会議が始まる時間じゃないが早いことに越したことはないだろう」




 騎士がゼクス達に気付いて、敬礼をするのに返しながら、門を潜り建物の中に入る。まるでテレビなんかでよく見る大統領とかが良く出入りしている所みたいな堅い雰囲気がするので、ヒマリは内心かなり緊張していた。




「会議室はここだ。恐らく中には他のダイヤの騎士達もいるだろう。行くか?」


「行くわ」


「わかった。フリップはここで待っていてくれ」


「承知いたしました」




 フリップを扉の前に残し、ゼクス達が入室するのに続いて部屋の中に入る。部屋には中心に円卓が置いてあり、商会の当主は既に席についていた。ダイヤの騎士達も既に整列しており、二人はドライに勧められるまま、席に着席した。




「……あら、まぁ。珍しい客人だこと」




 ぱちりと扇子を閉じる音が静かな会議室に響いた。声を上げたのはサンドリヨン商会のアッシェン夫人である。




「ハート様ではありませんか」


「……お久しぶりですわ、アッシェン夫人」


「えぇ本当に。ハートアイランドは大変な事になっていらした様だけど、ご無事だった様ね」


「お陰様で、この通りよ」


「ふふっ! それはよございました。ハート様に傷一つ無いようで安心致しましたわ」




 心底安心したかのように微笑むアッシェン夫人はとても綺麗である。人の好さそうな雰囲気に、ヒマリはお母さんみたいなひとだと思った。思わず魅入ってしまっていると、ばっちり目が合ってしまったのである。慌てて愛想笑いを浮かべるヒマリに対して、夫人は優しい微笑みを返した。




「ここにまで来たのは、貴方たちの意見を聞きたかったからよ」


「意見?」


「……他国の者に話す事など」


「私はこの問題を何とかしたいのよ。この国には、貴方たちの協力が必要になるわ」


「……随分と張り切っているのね、ねぇそれって、自分が女王に返り咲くため?」




 今まで静観していたユリアーナがカップを回しながら問う。さして興味はなさそうな声色ではあるユリアーナであったが、面白がるように、口元は孤を描いていた。




「……違うわよ。私はね、やらなきゃいけないことがあるの。その為には、この問題は大きな障害になるのよ」




 だから、と言ってハートはユリアーナをまっすぐ見据える。




「勝手でしょう。勝手でしょうね、でもあなたたち、市民の顔が見えているかしら?」




 つまりは、市民の不安を長引かせるな、と言いたいらしい。




「私なら、さっさとどうにかするわ。それが上に立つ者のやるべきことでしょう」


「……!」




 あっけなく言い返されたユリアーナは、ひくりと頬を引き攣らせた。




「私だって、ちゃんとやっているわ。そうそう、私の最近飼い始めた犬はね、とってもお利巧なのよ。まだ慣れていないからご褒美が無いと駄目だけれど、良く動く良い子たちなの」


「ユリアーナ、騎士と問題を起こしてはいないだろうな」


「そんなバカな事、うちの子たちはしないわ」




 はっ、と鼻で笑うユリアーナに、渋い顔をするバルブブリューのレナード。ヒマリはユリアーナの話を聞きながら、どうして犬と騎士が関係するのだろうと首を傾げた。もしかしたら騎士が嫌いな犬なのだろうか、近づいたら噛み付かれるのだろうか。悶々と考えていると、それを見た夫人が苦笑する。




「お嬢様が不思議な顔をされているわ、それ位になさって」


「誰だ、会議室に子供を連れてきた奴は……」




 レナードはため息交じりに言う。だが、ハートの傍仕えなのかもしれないと思いなおし口を閉じた。




「それで、ハート様。具体的にはどのような意見を?」


「あなた方の、政治の改革への意見を聞きたい。どのような話でも良いわ、どんなふうにしたら良いとか、そういう話をね」


「まぁ、いつも話しているわ」




 夫人の言葉に、そうだと三人は頷いたのだった。


 その時、扉が開きトゥエルブとクイーンそれぞれが入室する。




「……おや、ハートとヒマリではないか。こんな所にまで来てしまったのかしら?」


「えぇ、商人たちの意見を聞きたかったのよ」


「仕方のない子です」




 困ったように苦笑したが、二人は他に何も言わず着席する。会議が始まった。








「このところ、身売りなどが横行しているのは皆知っているでしょうか」




 クイーンの問いかけに、夫人が悲痛な面持ちで答える。




「皆、心を痛めておりますわ。これでは、一昔前に戻ってしまったようだと……」




 夫人の言葉にトゥエルブは顔を歪める。さっそく痛いところを付かれてしまったのだろう。




「でも私の所は見ないわ。人売りなんて」


「……ユリアーナ嬢。小耳に挟んだのだけど、貴女、傭兵を雇っているんだって?」




 トゥエルブは低い声でユリアーナに問う。しかし、ユリアーナは何でもないように肯定した。




「まぁ、今更? えぇそうよ、だってダイヤの騎士は頼りがないのだもの! その点、私の雇うシャプロンルージュは報酬に見合った相応しい働きをしてくれるわよ」


「赤い頭巾を被った集団ですよね、僕の店にも良く来ますよ」


「ダリアスの店に? 粗相をしていなければ良いけれど」


「ユリアーナ・セル。勝手な事をしてもらっては困ります」




 ユリアーナの悪びれない言葉に厳しい面持ちを返したクイーンは、言いようの無い静かな怒りを瞳に押しこめていた。




「勝手な事? えぇそうかもしれないわね、でもね、私たち、もう飽き飽きしているのよ!」




 言いたいことをはっきりという女性である。だが、他三名が何も言わないので、それは4商会の総意なのだと伝わった。




「……飽き飽き、ですか」


「ええそうよ。この長い間、この土地の秩序、安寧は騎士が守ってきた。そう言うと聞こえは良いわよね。でも実際は、騎士が法であり、騎士が統治している。商人の立場は貴方達よりも下だわ。それでもある程度の自由は許される。安全も保障されている。ここより他に商売がしやすい土地は無いと思っていた。でもね、状況は変わったでしょう、貴方たちをダイヤの騎士たらしめる力は無くなった。そして、私たちに協力を仰ぐのなら、私たちを対等に見る事から始めなさいな」


「トゥエルブ。だそうですが、貴方は何と言いますか」


「……下だなんて、思った事は無い。対等に見ているからこそ、協力してほしいと持ち掛けたんだ」




 静かに聞いていたクイーンが、隣のトゥエルブに問いかけ、答える。




「ではなぜ、貴女は先頭に立とうとするのですか?」




 それ以前に、何の権限があって僕たちを率いようとするのですと、ダリアスは静かに抗議した。




「それは、誰かが表立って立ち上がらなければと」


「裁定は、皆でするものなのだろう。誰か一人が表立つ必要は無い」




 レナードの言葉を聞いたクイーンは、喉の奥を鳴らして嘲笑った。




「貴女は状況が変わったと言いますが、その状況を何とかしようとしてもとに戻るようでは意味がないでしょうに」




 クイーン、とトゥエルブは非難するような目を向けた。




「いままで上手くいっていたものを、なぜ変えようとするのです。多少乱れたからと言って、転々と政策を変えていれば民の困惑も相当です」




 しばしの間黙考した4商会は、やがて、失望したかのように席を立った。




「ッお待ちを!」




 引き留めようとするトゥエルブを無視し、アッシェン夫人は扇子を広げる。




「クイーン様がそのようにお考えなさるのでしたら、私共はなにもできることはございませんわね」


「騎士が仲間割れしていれば、守れるものも守れん。意見を統一してから出直してはどうか」


「私たちは、己の領分は己で守ります。今の貴女方は信用に足らない。預けるものも預けられないわ」


「独立なさりたいのでしたら、どうぞ、騎士は騎士で独立なさると良い。それに民が付いてくるかどうかは、わかりませんが」




 辛辣な商人たちの言葉に、さすがに事態を重く見たクイーンは顔色を変える。




「……っ貴方方は、ダイヤシティの崩壊を招くおつもりですか」


「わかっていないな。ダイヤシティの崩壊を招くのは、古い決まりだ。なにも、今を全否定しているわけでは無いというのに。――我らは、ジョーカー殿への御恩を忘れた訳では無い」




 執務室に重苦しい無音が満ちる。しかし、その無言を破ったのはトゥエルブだった。




「っふ……!」




 レナードが眉を顰めた。




「トゥエルブ殿。何が可笑しい」


「いや……貴殿等の言い分をようやくまともに聞けた気がしたんだよ。そうか、そうだね、やはり今のままではこちらも良くないかね……」


「何を仰りたいのです」


「ダリアス。あの枕話を皆に聞かせてやってくれ」


「ダリアス……?」




 部屋にいる全員の視線を一身にあつめて、ダリアスはまるで悪戯が成功した少年のような表情を浮かべた。




「全く! 貴女というお方は。このまま無言を貫く様でしたら見捨ててしまう所でしたよ」


「どういうことだダリアス!」


「どういう事とは、こういう事ですよ」




 ダリアスがゆっくりと、まるで演劇の一場面の様に歩き、トゥエルブの肩に手を置く。トゥエルブは置かれたその手に自分の手のひらを重ね、こういう事だよ、と一同を見回す。




「…………っは……」


「さて! 話を聞いて頂きましょう。この街、ダイヤシティは皆様ご存じのとおり商業都市です。商人が皆で協力し合い作り上げた大きな市場です。この街で商売を始めたければ、私たちどれかの商会へ加入し、手形を発行してもらうという手順を踏まなければなりません。私たちは傘下にある商店の権利を守る義務があります。賄賂、汚職が見つかれば商会から除名、手形を剥奪ということになります。これもご存知ですね? いうなれば、ダイヤシティは商人のために商人が自治する街。なのにどうして今まで騎士が利権を握って来たのでしょうか」


「ダリアス……貴方という人は……」




 夫人の口元が戦慄く。その視線には、非難するような色と共に、期待が込められていた。




「今こそ、我ら四大商会が表に出る時では無いでしょうか。――もちろん、治安維持も必要です。ですので、騎士たちには国境付近の警護、そして今まで通り、各場所に置かれた駐屯地で街の警護に当たって頂きます」


「そんなことが許されるとでもッ」


「許されましょう。この街では剣も銃弾も必要ないのです! ――但し、今の現状を考えれば一概にそうと言い切れるものではありません。ですので……」




 トゥエルブが立ち上がる。商会を背にし、クイーンに相対するようにダリアスの隣へ並んだ。にんまりと笑ったその笑みは美しい。しかし、妖しく、そう、まるで魔女のようだとヒマリは思った。




「私たち騎士は政治から一切手を引くことにした。代わりに、軍事へ専念することにする。この街ダイヤシティを守る要塞のひとつになって見せましょう。ダイヤの騎士の内、過半数が私に賛同している。文句は言わせないさ。どうだろうか、バルブブリュー、サンドリヨン、ラ・ランプ・ドゥ・ラ・フラム・ブリュー、プランサス・ドゥ・セル四大商会殿」




 トゥエルブが振り向けば、呆気に取られた三人が見える。ダリアスが促すと、今聞いた言葉を噛み砕くようにしばし沈黙した。




「……成程、今後ダイヤの騎士は純粋な軍事力になるという事で相違ないだろうか」




 レナードの言葉に、トゥエルブは微笑む。




「そういう事なら、良いわ! あなたに……あなた達に乗ってあげようじゃないの」


「まぁまぁ……ダリアスとトゥエルブ様がそういう関係になっていたなんて全く知りませんでしたけれど、良い方へ纏まったのね」




 喜ばしい事だわぁと頬を染める夫人にトゥエルブは頷く。




「では、決まりで良いだろうか」


「ええ」


「ま、待ちなさい!!」




 商人たちとトゥエルブが握手を交わそうと手を差し出した時、クイーンが立ち上がり叫んだ。


 白けた雰囲気を醸し出す商人たちを余所に、クイーンは捲し立てる。




「何故ッ! 貴方方は、そうもダイヤシティを蔑ろにできるのですか! 騎士が政治から一切手を引く? ありえない! この長い間、わたくし達ダイヤの騎士は――ッ!!」




 鈍い音が響いた。トゥエルブがクイーンの頭を机に叩き付けたからである。いつのまにか抜かれたトゥエルブの剣は燭台の光を受けて煌めいていた。トゥエルブはその剣を振りかざし、クイーンの首元を目掛け振り下ろした。




「いやぁっ!!」




 剣は首のすぐ横に突き刺さり、クイーンの髪を切り崩す。少しでも身体を動かせば血が流れてしまうだろう。




「こ、殺してないわよね」




 恐る恐る顔を覆った指の隙間から覗き見るユリアーナにトゥエルブは苦笑する。




「殺しませんよ、ユリアーナ嬢。ご心配なく。……クイーン。勘違いしない方が良い。決裂している今、そして私と商人の意見が一致した今。迂闊なことを言うと落ちるのはこの頭だ」


「……わたくしを、脅したつもり?」


「あのねクイーン。栄える資格があるのは権でもなんでも、力を持ってるものだけなんだよ。どんなに立派で長い歴史があっても、弱けりゃ淘汰されるんだよ。……何度も見てきたから分からない筈は無いね」




 諭すような口調のトゥエルブに、クイーンは眉を顰める。




「ッこの裏切者!!」


「私が言った事が聞こえていなかったんだね。そんなに首と胴体は離れたがっているのかい……」


「……後悔しますわよ!」


「したらそのときだよ」


「……。そう、ですか」




 クイーンは静かに目を閉じる。それはまるで幕引きの様だった。


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