第17話 種々雑多(執筆者:宵密糺)

「昔、この街は他の国と同じように、王政でありました。ですが今は見ての通り、王政は廃止され、わたくし共ダイヤの騎士が統制し成り立つ自由商業都市となっております。それは見て貰えれば分かりましょう?」


「そうね。それ位なら私も知っているわよ。当時の王が王子に恵まれずにいたこともね。詳しいことは知らないけれど、それから暫くしてダイヤの王は崩御なされたと聞いたわ。それで?」




 ハートが何を言い出すのだろうかとでも言いたげに、胡乱気に問い返せば、ええ、と頷かれる。




「そう、貴女も王でありましたね」


「なによ。面倒くさい言い方をするのね」


「こういう性分なものですので」




 ころころと鈴を転がす様な笑い声にハートは眉間の皺を深くした。上手いようにはぐらされているのか、肝心なところを言おうとしないクイーンなのである。




「そういうのはもういいわ。簡潔に言いなさい」


「恩と、忠義……わたくしの根元にあるものは、それだけです」




 てっきり長い話になると思って覚悟をしていたヒマリは、淡白に短く、ハートが言った通り簡潔に纏められた言葉が、逆にうまく頭の中に入ってこなかった。だが、クイーンはお構いなしに話を進めようとするのだった。




「王が消えて……娘、ヒマリでしたか? 統制者が消えた国はどうなると思いますか?」


「はぇっ!? え、あう、う、こっ……混乱します。えっと、秩序が無くなります」




 ヒマリの答えに、クイーンは仄かに微笑んだ。




「賢い子です。そう、王の消えた国は荒れました。殺人、強盗、人売りが当たり前になり、民の心は擦り切れ、栄えていたダイヤの国は見る影もない程落魄れたのです」




 これを見て下さいませ、と指差した先――クイーンの頭上に大きく掲げられた、エンブレムが織られた旗を見て、ヒマリは首を傾げた。




「オレンジの、花と剣?」


「そうですね。この花はルドベキア。公平と正義の象徴であり、剣は強さと堅実の表しです。わたくし達ダイヤの騎士の象徴なのですわ」




 そうなんですか、とヒマリは改めてエンブレムを見上げる。




「それがどう関係するのよ」


「まぁまぁ、そう急かさないでくださいませ。やがてこの事態を何とかしようとして有志が自警団を立ち上げたのです。その時にはわたくしとトゥエルブも自警団に参加しておりましたわ。それがこのダイヤの騎士の始まりなのですが、今は置いておきましょう。自警団が出来て、国の治安は幾らか良くなりましたが、次は特定の承認を贔屓にするような事象が起きまして……自警団の内部分裂が始まってしまったのです」


「まあ、内部分裂。今と同じじゃない。歴史は繰り返すのねぇ?」


「ハート殿」




 鷹の様な視線であった。常にクイーンの斜め後ろを離れない騎士は、厳しい目をしてハートを咎めていた。




「エルフ、良いのです」


「ですが」


「良いと言っているでしょう。聞き分けなさい」


「……はい」


「申し訳ございません」


「いいえ。構わないわよ、今のは私が悪かったもの。随分と慕われているのね、知らなかったわ」




 ハートは未だ剣呑な視線を向ける、エルフと呼ばれた女に目を向ける。相変わらず見分けは付かないが性格は全く違うので面白い。


 ダイヤの騎士と呼ばれる12人の騎士は外見が全く見わけの付かないことで有名である。だが、近づいて見れば各種各様であった。だとしても、見分けは付かないので声を掛けるまではわからない。




「そうですわね、わたくしが一番上の姉の様なものですので」


「そう」


「話を続けますわ。内部分裂が始まり、自警団は崩壊。わたくしもトゥエルブもどうするべきかわからなくなっていた時でした。この国に、ジョーカーが現れたのです」


「ジョーカー……!」


ハートは小さく、驚きと共にその名前を吐き出す。


「貴女も良く知っている者の名でしょう。この国はジョーカーによって救われたのです、ふらりと現れたジョーカーは商人たちと交渉し、規定を作って下さった。それは今のダイヤシティの礎となり、今も生き続けているのですよ」


「……貴女は、ジョーカーに忠義を」


「ええ。それが、わたくしがこの“ダイヤの騎士が法である”事を変えない理由ですわ」




 ――ダイヤシティが、ダイヤシティであるために。




「わたくしは守りたいのです。民を。ダイヤシティを」




 握りしめられた掌は、彼女の意思の強さが表されているのであろうか、爪で傷つけてしまいそうなほど強く握りしめられた手を眺めながら、ハートが口を開こうとした時だった。


 執務室の扉が、突如開け放たれた。


 挨拶も無しに踏み込んできた騎士は、一直線にヒマリとハートへ近づき、二人の腕を強引に引っ張った。




「っ!!」


「無礼者! その腕を離しなさい!」


「お二方には私たちに付いてきて頂きます」




 ついさっき、クイーンに意見していた騎士だった。たしか名前はテンと言ったか。仮面の奥から冷えた瞳が覗いた。




「まぁまぁ! まるで野蛮人だわ。これじゃあ何が騎士なのか、分かったものじゃありませんわね。……エルフ、アインス、エフタ。テンとノインの相手をして差し上げて」


「承知!」




 三人が剣を抜く。ヒマリは自分の腕を掴んでいるテンが気怠げに舌打ちしたのを、呆然と眺めながら聞いていた。ノインは顔を顰める。




「どうしても戦わなければいけませんか」


「貴女方が強硬姿勢を続けるというのであれば、やむを得ませんな。いざ、お覚悟」




 アインスから殺気が漏れる。ノインは溜息交じりに剣を抜いた。




「あぁ! 面倒くさい相手ですっ」


「っ!」




 テンが後ろへヒマリとハートを投げ捨てる。盛大に絨毯の上に尻餅を着いたが、ふかふかの絨毯のお陰でそこまで痛くは無かった。




「は、ハート」


「っ……教育がなっていないわねぇ……!」




 鍔競り合う刃と刃の音が聞こえる。ヒマリはこんなの、時代劇でしか見た事が無いと思った。ぎちり、ぎちりと嫌な音がする。弾き合う金属の音が、追いかけてくるあの音に聞こえた。あぁこんなの酷い。酷過ぎる。






「あぁ、始まっているな」




 のんびりとした口調でゆっくりと歩いてきた騎士はアハトだった。アハトは投げ出されたままのヒマリ達を見ると、大丈夫か、と手を差し伸べる。




「さて、行こうか」


「どこにッ……」


「どこにって、トゥエルブの所しかないだろう。そのために来たんだから」




 当然のように言い切るアハトに、ヒマリは驚愕する。仲間が中で戦っているというのに。




「でも、皆さんが……!!」




 刃物を持っているのだ、アレが刺されば血が出るし、死ぬかもしれないなんて状況になっているんだ。ヒマリはそこから自分たちだけ離れるという選択が出来なかった。




「……ああ、死にやしないさ。もともと、そういう手筈だから。テンとノインが三人の相手をして、私が二人の回収。あれらは二人がここを離れるまで、エフタ達を足止めし続ける。怪我人を出したくないというのなら、大人しく一緒に来た方が賢明だと思うな」




 ね、と優しく微笑みかけるアハトに畳み込められ、ヒマリは部屋を気にしながらも、少しずつ離れた。








◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆








「よく来たね!」




 嬉しそうに笑うトゥエルブを前にして、ヒマリは先程の言い合っていた姿とは全く違う事に混乱した。




「楽しそうね、トゥエルブ。さっきクイーンと言い合っていた時の顔とは180度全く違うわよ」




 そうかい? と言って、トゥエルブは席と、机の上に並べられたカラフルなスイーツを進めた。紅茶のポットを用意している騎士もいるのだ。致せり尽くせりだった。






 ヒマリとハートが進められるがまま、スイーツを楽しんでしばらくが過ぎた頃である。


 何故かほかの騎士も混じってお茶をしていたのだが、この部屋はクイーンの執務室と違って騎士の人数が多かった。その騎士たちはみんな“隊長”と呼ばれていた制服だったので、12人中の、他7人……これがトゥエルブ率いる微睡む睡蓮の芳香ドゥオズ・リリィ、ダイヤの騎士メンバーなのだろう。




「……なにか気になる事、あったかな。ヒマリちゃん?」


「あ……あの、クイーンさんの所と比べて人が多いなと思って……」




 きょろきょろしていたのを見られた恥ずかしさで顔が火照る。絨毯に視線を落としながら言うと、トゥエルブは微かに笑った。




「そうだね。私を支持してくれている騎士の方が多いんだ」


「と言う事は、ダイヤの騎士の大半は改革を望んでいるのね?」


「あぁ……私たちの力が衰えた。そうなれば、今まで通りの政治体制なんてできる訳がない。だってそうだろう? 今までは武力ありきだったんだ。ただでさえ私たちは女。下に見られがちだったけれど、実力で認めさせてきた。でもそれが出来なくなったのだから、新しい決まりが必要になるさ」


「クイーンは、騎士が法であるダイヤシティが、ダイヤシティである事を至上としているみたいだけれど」




 そうなんだよ、と困った様に腕を組んだトゥエルブは、疲れた様に溜息を吐いた。




「……本当に、頑固でさ」


「クイーンはジョーカーに忠誠を示しているのね。彼が作り上げた決まりを、今のダイヤシティが壊れるのが怖いのだわ」




 それまでダイヤシティは、彼の作り上げた法で上手くいっていたのだ。なまじ、荒廃し堕落した国の姿を見てしまっているからこそ、上に立つものとしてその状態に戻ってしまうかもしてないリスクを冒すのは到底無理な事なのである。民を想うからこその対立でもあったのだ。




「時代は変わる。彼には本当に感謝している。だが、今、彼の作った決まりがダイヤシティを脅かしているんだ」




 状況が変わった。だからこそ、政策も変える必要がある。そう訴えたのだが、頑なにクイーンは是としなかった。そうして、12人のうち2人はクイーンに付き、7人はトゥエルブに付いた。両者一歩も引かない膠着状態の完成である。




「でも、現実は厳しくてねぇ。……前の状態に戻ってしまっているかの様にも見える。これじゃあ、全然だめなんだよ」


「貴女、新しい政策と言うけれど。どんな事しているの?」


「各地の有力商人に協力を仰ぎ、私を主体として治世を試みようとしている」


「……それが上手くいってないのね?」


「そう。賄賂、寡占……身売りまで……再発し始めてしまって……はぁ」




 ハートは紅茶を一口飲む。




「まず、慣れないことをして上手くいくと思うのがまず可笑しいのよ。上手くいかなくて当然だわ? しかも、貴女が主体になって進めているのよね。貴女の本業は商売じゃないのよ、ここは商業で栄えている街。協力を仰いでいるのだって商人。もしかして、貴女、王になりたいの?」




 本来であれば、ダイヤシティには特定の統率者はいない。けれどトゥエルブを主軸とした、有力商人を従えた政治が主体はまるで実質上の王政の様である。


 そもそも騎士が先頭に立つ時点で騎士が中心であろうとすることからは何も変わっていないのだ。商人たちに協力を仰いでいるとはいえ、彼らに不満もありそうだ。


 新しい政策を打ち出そうとすることに否は無いのだが、改変の余地はありそうなのである。




「はっ、王になんて」




 なる気もなろうとも思っていないと言いたいらしい。




「もっと商人たちと話し合う必要があるのではなくて?」




 クイーンともね、と付け加えて、ハートは残りの紅茶を飲み干した。


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