純白の悪魔は月を見上げて涙を流す
ポム
第1話
僕は絶対に忘れない。世界中の誰もが君のことを忘れたとしても。
「ねぇ春輝、永遠の命ってあると思う?」
ソファに座ってテレビを見ていた僕の隣にくっついてきて僕の可愛い彼女はそんなことを聞いてきた。
「千夜、そんなものあるわけないだろう?あったとしても僕はそんなものこれっぽっちも欲しくないね。」
「どうして?ずーっと生きていられるんだよ?」
そう言いながら全く意味がわからないというような困り顔で彼女は僕の顔を覗き込んできた。
「そのずーっと生きていたとして、千夜は何がしたいんだい?終わりの無い人生なんてつまらないと思うんだけどな。」
僕は正論を言ったつもりだったが彼女には伝わっていないようだ。
「そうなのかな?でもずーっと生きていたら自分で植えた木が世界最古の木って言われるくらいまで育てられるんだよ?」
「は?なんだそれ。そんな事の為に永遠の命が欲しいのかよ。」
僕は飲んでいたブラックコーヒーを危うく吹き出してしまうところだった。
「そんな事って何よ。例えばの話なんだからなんでもいいじゃない。」
そう言って彼女は頬を膨らまして唇を尖らせた。少し拗ねてしまったようだ。
「ごめんごめん、そんなつもりじゃなかったんだ。ただ、永遠なんて、そんないいもんじゃないってだけだよ。」
「なんでそんなことがわかるの?私たちはまだ20年ちょっとしかこの世界にいないんだよ?」
彼女は更に機嫌を悪くしたようで、ソファから立ち上がると口を尖らせたままキッチンの方へ行ってしまった。
これは後でちょっと高いアイスでも買って来ないといけない。バイトで生計を立てている大学生男子にとってはかなりの痛手である。更に今月はもうピンチなのだ。
(当分はもやし炒め生活だろうな。)
「いいわよ、別に怒ってなんかないもん。ご飯は、私が作るから。」
また感情を受け取られてしまった。
日本人の5人に1人は持っているとされるエンパシーという能力がある。千夜はそれがもの凄く強く一緒にいる人の感情が流れ込んでくるようにわかってしまうという。
どういう仕組みか前に聞いたことがあるが自分でもわからないとのことだった。ただわかると、そう言っていた。
「いや、ごめん。また迷惑かけちゃったね。気をつけるよ。」
彼女は少し俯いて呟いた。
「わかればいいの、わかれば。私も拗ねて悪かったし。私ね、春輝の感情は嫌いじゃないの。流れ込んできても嫌な気分にはあまりならないから。」
「僕も気をつけてはいるんだけどね。気を抜くとつい、ごめんよ。」
彼女はいつもの笑顔に戻り、そんな気にしないでいいよと言うと今度は鼻歌を歌いながら夕飯作りを再開した。
「ごめんね、遅くまで居座っちゃって。」
「いや、僕こそまた夕飯作ってもらっちゃって、ありがと。暗いし少し送って行くよ。」
先程まで日があったというのに、もう外は真っ暗で光源は街灯が寂しく放つ光のみだった。
「ねぇ、なんでさっき永遠なんていいもんじゃないって言ったの?」
彼女は家への道すがらそんな質問を投げかけてきた。ただ純粋に気になったことを聞いてきただけだということはわかっていた。わかっていたはずなのに僕はつい驚いて歩みを止めてしまった。
それに気づき彼女も足を止め振り返った。その姿は街灯に照らされて白く輝いているようにも見えた。
「どうしたの?私、なんか変なこと言ってた?」
不安そうな声に我を取り戻して僕は若干の焦りを覚えた。
「あ、いや、その、ごめん。別になんでもないんだ。」
誤魔化せるつもりだったが彼女はこちらの嘘などお見通しのようだった。
「うん、ごめん。なんでもなくはないよ。でも、今はまだ話せない。」
「うむ、よろしい。誰にだって秘密はあるもん。春樹のそういう正直なところが好きだよ。」
申し訳ないとは思うが今ここで話すような内容ではない。いづれ話さなければならないことはわかっていても、もう少しだけこの関係でいたかった。
文字通り、この時間が、2人で過ごすこの時が永遠に続けばいいと思った。
「じゃあまた明日。」
「うんありがと、また明日ね。気をつけて帰ってね。」
「あぁ、もちろん。じゃあね。」
僕が手を振ると彼女も笑顔で手を振り返してくれた。彼女が家に入るのを見送り僕は彼女の家に背を向けた。
彼女は両親と一軒家に住んでいる。僕の両親はだいぶ前に亡くなっていてあまり覚えていない。
正確には思い出したくない、だ。僕を自分たちの子供ではないとほざき、剰え刺し殺そうとしたのだから。
僕は確かにあの人たちの子供ではなかった。幼稚園に行くような年頃のとき僕は養子として引き取られた。
はじめは良かったのだ。3人でご飯を食べたり、テレビを見たり、ゲームをしたり。それなりに普通の家族をやっていた。
3年と数ヶ月が経ち、僕は小学校に通い始めていた。そんな頃だった。
一家の主人である者の失職、どこで作ったのか多額の借金、僕は邪魔者になった。そしてあの人たちは僕を殺した。
椅子に縛り付け半狂乱気味に笑いながら心にも無い謝罪を口にし心臓を抉ったのだ。僕は何も言わなかった。
ただ、人間の弱さを愚かしさを改めて感じた。叫び声もあげずただ冷たく見つめるだけの僕を見てあの人たちは言った。「悪魔め...」と。
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