第6話 震えだした女神


「ねぇ、見てくださいよ、カツキさん……。わたしの手、ほら……震えてるでしょう……? なんでだと思いますか……?」


 宿屋の一室。

 ベッドの上で枕を背もたれに読書していた俺は、読みかけの本から顔をあげた。

 ガチャリカがソファーから震える手を見せていた。さっきまで一心不乱にクロスワードパズルを解いていたが、気を紛らわすのも限界だったらしい。

 俺がガチャ欲に溺れた女神ガチャリカのもとを訪れてから、すでに三日が経っていた。

 その間、一度もガチャリカはガチャを回せていない。

 禁断症状が出始めたようだった。


「おや、ガチャリカの様子が……」


「だめです。だめです……。このままでは、わたし、リカになってしまいます……!」


「なったらいいんじゃないか?」


「うがー! ちゃー!」


 ガチャリカは奇声をあげた。

 立ち上がるなり飛び出す勢いで開いている窓に突進した。二階にある窓からは昼下がりの青い空が見えている。

 だが、ガチャリカが窓から飛び出すことはなかった。

 見えない壁にぶつかったようにゴチンと額から音がして、ひっくり返る。

 床に仰向けに倒れる。

 だばーっと涙を流した。


「うー、カツキさんー、『お子様フィルター』解除してくださいーよぅ……」


「ガチャしに行こうとするからだ」


 ――『お子様フィルター』

 俺のスキルのひとつである。

 対象者は、俺の許可なくガチャを引こうとすると見えない壁に阻まれる。

 ガチャリカ以外に使い道がないスキルだったが――

 覚えたまま使っていないスキルより、ずっと役に立っている。


「――ふむ。だいたいわかった」


 俺は読んでいた本を閉じた。

 クエスト対象になる賞金モンスターが記されたビンゴブックだった。


「なにがわかったんですか?」


 ひょっこりとガチャリカは起き上がってくる。


「この世界がおもしろくないことがわかった。この世界でガチャを回す意味はない」


「わたしの神生じんせいが否定されましたよ!? ど、どういうことですか?」


「目的がなさすぎるんだ。俺たちからするとモンスターのレベルも高くない」


「のんびりしてて快適ですよ? だめなんですか?」


「住人にとっては理想的な世界だな。でも、ガチャを回す意味はない」


「でもちょっとくらいは」


「許可できないな」


「そ、そんな! お父さん!」


「お父さんじゃない」


「カツキさん! 意味がないと回しちゃだめなんですか!? そこにガチャがあるのに! じゃあ、もうわたしは一生ガチャを回せないままなんですか!? 許可されないんですか!? そんなの、そんなの! 死んでいるのと変わりません! 神は死にましたよ!」


「まあ落ち着け。解決策は考えてある」


 錯乱する女神に俺は提案した。


「異世界に行こう」

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