第15話

 席についてから三十分ほどして彼が席にやってきた。私のまわりに誰も座っていないことを確認してからタイミングを計ってきたのだろう。何も言わず、素早く小説の単行本を一冊テーブルに置いてから軽く会釈をして再びカウンターへと戻って行った。


 前に私が読んでみたいと彼に話した本だ。共通点など全くないような私と彼だが、立ち話をするようになって分かった唯一の共通点は、お互い読書好きというところだった。それがわかってから今読んでいる本、好きな作家、これから買おうとしている本の話などをしていた。


 一週間ぐらい前だろうか、彼がこの本を買ったということを教えてくれたのは。その本は私も書店で目にしてから気になっていた。流行りの有名作家の作品ではないけれど、昔からミステリーの分野で注目され続けている作家の新作だった。私はその本の値段を見て、若干安くなる文庫になる日まで買うのを待とうかどうか検討していたのだ。


 私は働いていない分、自分の衣類はセール品、本なら文庫本か古本屋で買うようにするなどして、少しでも安くほしいものを手に入れる努力をしている。働いてくれている夫への些細すぎる気遣いであったが、欲しいものは結局手に入れてしまうからこの気遣いに意味はないのかもしれない。本当の気遣いは欲しいものがあっても我慢することだということはわかっているが我慢にも限界はある。だからせめて手頃に手に入れる術をいろいろと考えるのだ。

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