第11話
その人とは行きつけのコーヒーショップで知り合った。近所にあったその店は二日に一度は通うほどのお気に入りで、人が疎らな朝に行くことが多い。店内に広がるコーヒーの温かみのある香りに暫し癒されながら私はその人物を見つめるようになった。
初めて会った頃の彼は新人で、木材でできている接客カウンターの内側でオロオロしながらレジを操作したりコーヒーを客に提供していた。店員に興味を持っていなくても頻繁に通っていれば自然と何曜日のどの時間帯にどのスタッフがいるかは分かるようになってくる。彼は月曜日の午前中は必ず店にいた。そんな彼と親しくなったきっかけは、彼の方が先に私のことを覚えてくれたからだ。
ほぼノーメイクで特徴のない格好をした女を覚えるとは中々デキるバイト君だと偉そうに感心していたが、単に平日の午前中という混雑しない時間帯に毎回同じメニューを注文するから覚えやすかっただけなのだということに後から気付いた。自分より年下の男に覚えてもらって認めたくはないが少し己惚れていたのだろう。普段から人との接点が夫以外にないと、こんな些細なことで勘違いしてしまうのだと気づいて、そんなことに浮かれる自分がいたことに驚きもした。だがたとえ勘違いでも、他の客にもやっていることだとわかっていても私というつまらない存在を覚えてもらえたことは嬉しかった。
彼の存在を知ってから、それまでとは違った意味でカフェ通いがやめられなくなった。そして自然と彼を目で追う癖が付き、その視線に彼も気づいたのか、注文の時以外でも私と少しずつ挨拶以外の会話をしてくれるようになっていった。
今日も夫を送り出した後、洗濯物を干して洗い物を手早く片づけてからいつものように店へ向かう。家という名の檻から解放されるこの瞬間、萎んでいた全身が自由で満たされるような気がした。柔らかな秋の日差しを感じながら、宙に浮かぶ風船のような心地で私は店へと向かった。
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