8#『儀式』
「はあ・・・はあ・・・やっとついたわ・・・」
アヒルのピッピとガチョウのマガークは、やっとの思いで鳥達の集う霧の湖にたどり着いた。
「おーい!遅いじゃないかぁ!もうパーティもたけなわだぞーい!」
「おい!マガモ!お前らと違って、俺らは『飛べない』んだよ!」
「ああ、ゴメンゴメン!!
さあさあ、食い物お前らの分もとっといてあるから、こっち来いよ!!」
「じゃ、お言葉に甘えて。」
ガチョウのブンとアヒルのマガークは、マガモのマガークに付き添って湖に入ると泳いで、パーティの輪の中に入った。
「いよっ!主役の登場だ!」
カワウのレンスが叫んだ。
「さあさあ、アヒルさん!こっちこっち!」
シラサギのカルドとアオサギのアルゼ、トビのパルスも、アヒルのピッピを鳥達の皆が見ている輪のど真中に連れていった。
「はいっ!風船!」
ぽいっ。
ハクチョウのメグ女王様が、アヒルのピッピに投げてきた萎んだ風船を見て、ピッピは驚いた。
「こ、これは・・・」
アヒルのピッピの目から、涙がぶわっと溢れだした。
「こ・・・この血の跡・・・この風船は、私にきつく絡んでた紐のせいで・・・私は・・・私は・・・苦しめられて・・・」
ピッピはそう思うと、また紐が食い込んでいた体の傷がズキズキと痛みだした。
「ぐううう・・・ぐううう・・・」
アヒルのピッピは、その血染めの水色の萎んだ風船を翼で目に当てて、わあわあと泣きじゃくった。
「ぐううう・・・ぐううう・・・」
「どお?アヒルちゃん。あたしがこの時の為に、大事にとっておいたのよ。
ねえ、ブン。あの時皆で膨らませたのは、始めっから大きな風船だったのよ。ほうら。これ。」
「あれっ?そういう模様か。」
「それにしても、女王様も凄いね。こんなにでっかい風船をいとも簡単に膨らませるからねえ。」
マガモのマガークもガチョウのブンも、女王様がよく嘴をつけている、この大きな風船の吹き口をニヤニヤしながら見つめていた。
「でも、この風船は見た目大きいけど、『儀式』の度に膨らまし萎ましを繰り返して、だいぶゴムが薄くなっちゃったからね。
はーい!アヒルさん!顔をあげて!あんただけやってないでしょ!『儀式』を!」
「はっ!」
ハクチョウの女王様の言葉に、アヒルのピッピは顔をあげた。
「アヒルさん・・・その涙で腫れ上がった目、可愛いよ・・・」
ガチョウのブンは、目を細めてアヒルのピッピの顔の涙の跡をぺろっと舐めた。
「これは『愛』だね。」
「本当の『愛』だね。」
鳥達は、その光景に目を輝かせた。
「俺も一緒にやりたい!」
「僕にも参加させて!」
「おらはだめかい?」
「俺も!俺も!」「わいも!」「おいらも!」「僕も!!」「わても!」「おれも!」
鳥達は、『儀式』に参加したいと、どんどん挙手してきた。
「おいおい!皆、牡ばっかじゃん!」
「まさか・・・女王様の口付けの風船が目当ての・・・ライバル?!」
マガモのマガークとオオワシのリックは、想わず驚愕した。
「しっかし、こんなに鳥数分の風船がここにあるのかよ!この前のみんなの『儀式』の時に、全部使い果たして・・・」
ばさっばさっばさっ・・・
かぁーあ!かぁーあ!
「あの尻上がりのカラスの鳴き声は・・・」
「まさか・・・」
2羽は上空を見上げると、袋を鉤爪で抱えて一羽のほうかぶりのカラスがヨロヨロ飛んできた。
「はぁーい!お久しぶりぃーい!」
やがて、そのカラスは舞い降りてきた。
「あっ!君はこの前の!!」
「うん!風船いきなり爆発させてビックリさせちゃった『エッジ』だよーお!
よっこらせーぇえ!と!」
どばとばとばっ!
尻上がりのカラスは、鉤爪から袋を離すと、中から萎んだ風船がいっぱい出てきた。
「ふぅーつ・・・また持ち帰ってきたーぁあ。」
「あれ?これ・・・ガチョウの奴を『ドッキリ』に使った風船・・・君が言った風船割りのカラスとかいう奴に返しに言ったんじゃ?」
マガモのマガークは、その中の伸びきった風船を嘴で摘まんで言った。
「え、ぇえ。その持ち主の風船割りの『ジョイ』って奴にーぃい、ボコられるのを覚悟でーぇえ、巣の側に行って全部置いて謝ろうとしたらーぁあ、ジョイさんが、
「いいよ。君のことの事情知ってるし、解ってるからね。全部あげるよ!」
って、気前よく言われてーぇえ、持ち帰ってきたんーだぁあ!!」
「おお尻上がり!!丁度良かった!!今からこのアヒルちゃんの『儀式』をやるんだ。だけど、『儀式』に使う風船足りなくてさあ。どう?尻上がりも、『儀式』参加しないかい?」
オオワシのリックは、尻上がりのカラスのほうかぶりの布をポンと翼で撫でた。
「え、遠慮するよーぉお!だっておいらすぐパンク・・・」
「吹き込む空気を少ーーーーしずつにすりゃいいじゃん!」
「そっかぁーあ!じゃ、おらもこの『儀式』参加しまぁーあす!」
「尻上がりっ!そうと決まったら、ほら!君にピッタリの黒いの!」
「風船ありがとーぉお!」
「さあ、ガチョウも膨らますんだよ!!」
ガチョウのブンは、オオワシのリックが投げた萎んだ黄色いの風船を、嘴でジャンピングキャッチした。
「ガチョウさん、飛んだ!」
鳥達が騒然とする中、恥じらいながらアヒルのピッピは、そのガチョウが掴んだ風船を見て微笑んだ。
「あら、可愛い模様ね。膨らむのが楽しみね。
どっちが早く風船が割れるか、競争しよお!」
・・・やだな・・・やっぱり割れるの怖いなあ・・・
・・・でも、膨らまさなきゃならない『空気』だしなあ・・・
・・・か、覚悟はきめたぞ・・・!!
ガチョウのブンの嘴の鼻の孔から興奮で、鼻息がふん!ふん!と吹き出していた。
「ほおらよ!そこのカイツブリ!!」
「カルガモ!君のだ!!」
「シラサギ!希望のは白いのだっけ?はいっ!」
「チョウゲンボウ!はいっ!」
「オナガガモ!君はこれっ!」
「マガン!!はいよ!」
「コブハクチョウ!!ほいっ!」
「オオバンの分だよ!」
・・・と、オオワシのリックはどんどんと、有志の鳥達に『儀式』で膨らます萎んだ風船を投げ渡した。
「さあ、有志のみんなぁ!風船は行き届いたかなぁ?
『儀式』の前に、ハクチョウの女王様から御言葉がありますっ!」
オオワシのリックは石の高台から降りると、ハクチョウのメグ女王様が代わりにあがってゆっくりと優しい口調で、集まった鳥達に話しかけた。
「ん、んん。皆さん。貴方方が被った『被害』には私も本当に怒っています。
何故ならあたいも、風船飛ばしの被害に逢ったからです。人間は何とも思わないのですか?
それに、あたいたち『鳥』を人間は何で憎むのでしょうか?
農作物被害?
糞公害?
病原菌?
騒音?
悪戯?
人間への攻撃?
ただ、厚かましい『害鳥』と見なしてるだけ?
私達も普通に『生きて』いるつもりでも、人間にとっては『迷惑』がられる矛盾に私は悲しいです。
きっと、人間という生物は『己』が良ければそれでいいと思っているのでしょうね。
ああいう、私達鳥をこの世から排除しようとする人間どもはあらゆる手段を使って私達を迫害をしてきました。
銃や凶器
罠
毒餌
かすみ網
中には雛の時に、巣を破壊された者もいるでしょう。
人間への恨みや怒りや憎しみも持っている者もいるでしょう。
でも、決して人間に復讐とかはしないで下さい。
貴方方は、『ボデガ・ベイの狂い鳥』(注釈;ヒッチコック映画『鳥』で、人間に襲いかかった鳥達のこと)ではありません。
決してこういう行為に及んだら、とばっちりは必ず私達に返ってきます。
私達は、今まで飛んできた風船によって、絡まったり飲み込んだりして事故を起こした鳥のみを招待しましたが、今度からは、人間に虐げられた鳥もこの『愛の仲間達』に招待することにしました。
・・・本当は、毎日湖にあたいとマガモだけじゃ寂しいからよ・・・!!
あたしが、貴方方の傷ついた心を『ここ』にくれば、何時でも癒してあげますから。
ただし、貴方方がまたこの湖にやって来るには他の鳥や天敵や人間にここが知られたら困るので、条件を与えます。
それは、山林や河川や道端、海辺に堕ちてゴミになっている落着風船を拾ってきたり、飛んでいる風船を取ってくることです。
これは、貴方方がこの湖に来るための『チケット』と思っていいです。
風船を持ってきたら、それで集まった皆で遊びましょ!!
割れてたり、凄く伸びきってたり、ゴムが劣化してても、あたいが得意の『魔法』で修復してあげますからね。
・・・本当は、あたいは風船が好きでいっぱい欲しいだけだけどね・・・!!
そうだ!マガモとオオワシもそうですよ!これからこの鳥達と同等と見なしますから、あんたらも風船をじゃんじゃん持ってこないと入れさせたませんからねっ!」
「はっ!」「そうだ!そう言われてたんだ!!」
今まで女王様の『飯使い』だったマガモのマガークも、オオワシのリックも、自らの立場を再認識した。
「こいつら、みんなライバルだな。」「そうだよな。言い換えれば、『飯使い』が増えちゃったってことだ。大変だぁ!」
「では、有志の皆さん。準備はいかがですか?」
ハクチョウの女王様は、大きめの水色の風船を嘴で持ち上げて号令をかけた。
「はぁーーーーい!」
「それでは、『儀式』を執り行います。風船の吹き口を嘴にくわえてぇ、いきまーすっ!せーのっ!」
ぷぅーーーーーーーーーっ!!
ぷぅーーーーーーーーーっ!!
ぷぅーーーーーーーーーっ!!
ぷぅーーーーーーーーーっ!!
アヒルのピッピや、ガチョウのブン、尻上がりのカラスを含む有志の鳥達は、一斉に各自の風船に息を吹き込んで膨らませ始めた。
ぷぅーーーーーーーーーっ!!
ぷぅーーーーーーーーーっ!!
ぷぅーーーーーーーーーっ!!
ぷぅーーーーーーーーーっ!!
ハクチョウのメグ女王様は大きな風船を膨らませながら、隣で顔を真っ赤にして一生懸命になって、あの血染めの水色の風船に息を吹き込んでいるアヒルのピッピを見詰めていた。
・・・あたい、貴方に会わなければ一生飛べない体だったわ・・・!!
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