68限目 狂気の処刑人

 草むらを駆けてくる音が聞こえる。予想どおり、東側を向いた窓に向かってくる。


「かまーん、おバカさん」


 美月はそれを真正面に受け、すべてを画面に押さえていた。

 そこに敵の銃口が押し込まれてくるのと、美月がトリガーを引くのは、ほぼ同時だった。


「っしゃー!」


 美月の一発を皮切りに、今度は灯里が木に覆われた窓から顔をだした。美月のスパスを全身に浴び、吹っ飛んでいった仲間に気を取られているヤツが、五メートルほど先で呆気に取られていた。


 恰好の的。

 この距離なら弾を外すほうが難しい。


 繊細なマウスコントロールで放たれたUZIの弾丸の雨は、そいつの体を容赦無く貫いていった。灯里はそのままスプレー撃ちを続け、後続の敵に銃弾を浴びせる。数発が命中した所で弾切れになり、リロードを挟んでいる間に敵は岩陰に隠れてしまった。


「たっくん、いける?」


「任せて。このコースなら、超余裕だよ」


 琢磨は腰から取りはずした手りゅう弾を胸の前で構えた。ピンが引き抜かれ、ワンテンポ置いてから空高く投げられたそれは、ちょうど岩陰の上辺りで爆発、隠れていた敵が吹っ飛んでいく。


「井出センパイ、さっすがー!」


「球技やってたからね。なんとなく、球筋は読めるんだよ」


「――後は私の出番ですね」


 残された窓は、一つだけ。悠珠はその前で、体勢を低くした。

 かがめば射撃精度があがる代わりに、とっさの回避はできなくなる。

 

 それでも悠珠は屈んだ。

 スコープを覗き込み、一点を見つめていた。


「私があいつなら、ここに隠れます。顔を出した時が、あなたの最後です」


 直後だった。

 悠珠が覗いていたスコープの中心に、そいつの顔が現れた。


 スコープの中心が顔にあったんじゃあない。

 相手の頭が、その中心に移動してきたのだ。


 ――まるで、「撃って下さい」と言わんばかりに。


 悠珠は頭を真芯に捉えたのを確認して、トリガーを引いた。


 

 ドァン!



「きゃっ」


 刹那、豪快な破壊音が耳をつんざいた。


「悠珠ちゃん、大丈夫!?」


「大丈夫です。相手の弾が、近くに」


 その弾丸は悠珠の肩を通り過ぎ、そのすぐ後ろに着弾していた。あと数ミリずれていれば、ヘッドショット。一撃死とはならないまでも、致命傷を追っていただろう。


「反撃弾がこうして飛んでくるってことは……」


「ええ、相手は死んでいません。最高レベルのヘルメットを装着していました」


「たっくん! カバー!」


「オッケー灯里! まかせて!」


 すかさず琢磨が窓から銃口をだし、アサルトライフルで追い打ちを掛ける。しかし距離が離れている上、琢磨には高倍率スコープが無い。連射しているせいもあって、それが命中することはなかった。 琢磨がリロードを完了するころには、敵の姿は見えなくなっていた。


「ごめん、取り逃した」


「いえ、良いのです。少なくともこれで、三人分の物資が手に入りましたから。相手もそう簡単には手出しできないと思いますよ。今後は、ね」


 付近には物資が散乱していた。誘い込む為に無駄打ち弾も、お釣りが来る程の量だ。これだけあれば十分に体制を整えられるし、今後を有利に進められる。


「ではさっそく物資を漁りましょう」


「あれ」


 辺りを見回した灯里が言った。


「美月ちゃんは? どこ?」



◇◇



 少し走れば、連中の銃弾は止んだ。どうやら追いかけては来ないらしい。俺は岩の角に伏せて、アドレナリン注射と応急セットで、体力を回復していく。


「ちくしょう。なんだってこんな事に」


 練習用サーバーでは負け無しだった俺が、こんなに追い詰められているなんて。実際に自分が走っている訳でも無いのに、俺まで息苦しい。滴り落ちる汗が不快だ。高鳴る心臓が、やかましくてたまらない。


 一体どうしてこうなった?


 俺達の部隊は万全の状態だった。装備だって布陣だって、悪くなかったはずだ。

 それが、たった一瞬で、壊滅させられた。


「ありえねぇ。マジでありえねぇ!」


 だいたい何故、あいつらは万全の大勢だったんだ? 敵との戦闘で消耗していたのではなかったのか。


 それに、最初のショットガン。

 

 あれはもう完全に、そこに敵が来ると解っていたみたいだったじゃないか。

 その後のサブマシンガンだって、まるでそこから攻めてくると解っていたみたいな――。



「まさか」



 あの銃撃戦が、そもそもの演出だったとしたら?


 俺たちをあの場所からおびき寄せるための、作戦だったとしたら?




「――罠だったというのか」




「大正解」



 女の声!? 



 その瞬間、強烈な射撃音が鼓膜を揺さぶった。あまりの衝撃に、画面が揺れる。俺はそれを本能で理解した。スパス12が、至近距離で炸裂したのだと。回復したばかりのHPが、あっという間にひん死レベルまで減少している。



「でも残念。あんたは、生き残れない。残してあげない」



 再び女の声が聞こえた。左後方だ。


「てめぇ!」


 俺が反撃すべく振り向き、銃口を向けた時だった。

 パン! という高音と共に、画面が真っ白になった。


「フラッシュパンか! ちくしょう!」


 俺はキャラクターを立ち上げ、闇雲に操作した。景色は何も見えない。音も聞こえない。女がどこにいるのかなんて、わかりゃしない。だが、撃たなければられる。くそ、当たれ、当たれ。


「あたってくれー!!!」



 やがて視界が開け、音も正常に聞こえるようになった。



 俺の銃の弾数はゼロ。トリガーを引いても、カチ、カチという音が虚しく響いていた。


 そして。



「――逆に追い詰められる気分って、どう?」



 先ほどの女の声が、真後ろから聞こえた。


 こいつ、試合中にわざわざオープンチャットに切り替えたのか。

 


 ――そんな余裕すらあったというのか。



「ごめんね。私、負けられないんだ」




 俺が。この俺様が。

 女に負けるっていうのか。




「じゃ、そーゆーことで」



 次の瞬間。至近距離で炸裂したショットガンが鼓膜を震撼させた。

 画面には、俺のキャラクターが無残にも横たわっていた。

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