62限目 機内にて

 真っ暗なローディング画面が終わると、まるで瞼をゆっくり開くかのように景色が映し出された。場所は航空輸送機内の格納庫だ。その中に大会参加者達のアバターが詰め込まれている。


 マップボタンを押せば、予選大会のマップの全体像と、航空機の航路が示されていた。周囲を断崖絶壁の海に囲まれた七キロメートル四方の島を、南東からその中央を射抜き北西へと抜ける直進ルート。落下傘による降下は風を上手く掴めば2キロ程度は移動出来るから、これなら、理論上マップのどの場所へも移動できる。実に大会らしい選択と言えるだろう。


「よろしくお願いします」


 誰かの声を皮切りに、至る所で挨拶が交わされ始めた。驚くことに、機内はオープンチャットが有効になっているらしい。コミュニケーションが取れることがわかると、思い思いの挨拶をしていた。


 これは大会運営の配慮なのだろうか。スポーツマンシップに則り、これから殺しあう相手にまずは挨拶から。身の毛がよだつブラックジョークだ。


「おい、おいおいおいおい、まじかよ」


 そんな和やかな空気を、一つの狂気が掻き乱していく。


「なに、挨拶とかしちゃってんの? これから殺しあうっていうのに」


 その猟奇的な言葉は、機内の雰囲気を一瞬で最悪にした。


「お前ら、皆殺しだからな」


 不敵な笑いが機内にこだまする。



 ネットゲームの闇だ。相手の顔が見えないから、遠慮がなくなる。そういう場面で競い合えば、必ずこういう輩が現れる。


「みんな、気にしない方がいいですよ」


 芯の強そうな青年の声が聞こえた。はっきりと悪を否定する言葉にも、確かな品性を感じる。おそらくは優等生なのだろう。その言葉に救われた生徒は多いはずだ。


「あ、なんだよ。いい子ちゃんかよ。死ねよ。おめぇみたいなのが一番最初に死ぬんだからな」


 しかしそれは、刹那的だった。直後の言葉で、機内は再び最悪になった。


 大会という緊張の大舞台で雰囲気に飲まれてしまった参加者達は、一斉に無言になった。マイクに乗る音声は呼気とともに吐き出される悪意によって不快を極めている。腹の底に響きわたるエンジン音が加われば、それはまるで地獄のようだった。


 

 ――しかし。



「その言葉、そっくりそのままお返ししますわ」



 それを打ち破ったのは、意外にも悠珠だった。



「あ、なんだよてめえ。女かよ。うるせえ、死ねよ」


「ご存知でしたか。この音声、位置情報も正しく再現されていることを。今の発言であたなが誰なのか解ってしまいますよ。Atsushi57さん」


「な……!?」


「狙い撃ちにされないと良いですね。……それでは戦場で会いましょう。あなたがそれまで、ですが」


「!!!」


 悠珠はなにかを言われる前に、航空機から飛び出した。悠珠のアバターは落下傘を背負い、急降下していく。それを追いかけるように、美月、琢磨、灯里も続いた。


「ちょ、ちょっと待って! 悠珠ちゃん!」


 四人はまっすぐに降下していく。風が耳元で唸っている。


「ごめんなさい、岩切先輩。つい、売り言葉に買い言葉で……」


「あっはは! 神埼さん、気持ちよかったよ、さっきの!」


 琢磨のいつにないテンションの声が響き渡る。


「いいね、これで僕達は、彼らを狙うときに迷わずに済みそうだ」


「お、井出センパイ、いーこと言った!」


 美月がそれに続く。こういう緊張感のある雰囲気が苦手な美月も、琢磨の言葉で明るさを取り戻したようだ。


「じゃあ、ここから行けるところ、探さないといけんね」


「すみません、岩切先輩」


「ううん、いいんよ、実はうちも、すっきりしたし!」


「はいはいはーい! 私ここがいい!」


 マップ上には、美月の指定するアイコンが表示されている。


「いいね、僕は賛成だ。どうかな、みんな」


「異論ありません」


「うちも! じゃあ、行こ!」


 四人は足並みを揃え、進路を西に向けて降下した。




 俺は傍らに置いてあった水を一気飲みしていた。全く、開口一番とんでもない喧嘩をやらしてくれた。顧問にとって、最もヒヤヒヤする瞬間だ。緊張で喉が渇くという感覚を久々に感じた。


 それにしても、まさか航空機内でオープンチャットが有効になっているとは、思いもしなかった。試合前の他校とのコミュニケーションは大切だと、運営はそう考えているのだろうか。


 スポーツとしてはそれは正しいかもしれない。しかし、ネットゲームとなると、そうはいかない。特にこういう大規模オンライン環境ではそうだ。完成管理されたeスポーツのように、選手として顔出ししている環境とは、全く異なる。未成熟である環境、そして同じく未成熟である少年少女達。染まりやすい彼らの完成は、あっという間に悪い方向へと染まってしまう。


 しかし、あの雰囲気を打ち破り、果敢にも喧嘩を売りに行ったのが悠珠だったとは。


 悠珠の過去を考えれば、高圧的で弱者をいたぶろうとする輩は許せなかったのかもしれない。


 いずれにしても、彼女の言葉で救われたプレイヤーは大勢いただろう。美月は特にああいう雰囲気が苦手だから、空気に飲まれなくて助かった。


 それにしても、監査役というのは実に上手く仕組まれたポジションだ。指導者でも、日頃のようにはプレイに干渉できない。短時間で終わる演目系のスポーツは監督の介入ができないものも数多く存在するが、プロゲーマーとはかくいうもの、ということなのだろうか。


 運営が目指すプロゲーマー像とは一体なんなのか。俺は、それを知る必要がある。



 順調に降下していく美月達を見ながら、そんなことを考えていた。

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