大会準備編
それぞれの夏休み:神埼悠珠とLoS
43限目 斉藤太の考察
八月初旬。学校が夏休みに入り、部活の合宿も終わった頃。
来季からの授業の準備も一通り落ち着いたこの時期、いよいよもって長期休暇にそろそろ飽きてきた――
なんてことにならないのが俺、斉藤太である。
そもそも俺はゲーマーである。時間があれば、全てをゲームに費やせる自信がある。それじゃなくとも、未開封のゲームが箱積みされているような状況である。暇なんて、歓迎すべき事態だ。
その原因を挙げるとすれば、やはり部活顧問に就任した事が大きいだろう。
恐ろしいことに、部活というものは夏休みでも行うものらしい。それは、お盆期間と土日を除いた毎日であるのが、これまた常識というのだから驚きだ。それに付き合う顧問に特別支給がないのも慣例という話には、さすがの俺も戦慄した。
聞けば、私立である本校はそういう勤怠面はしっかりとしており、契約教師に対してはしっかりと手当を支給しているらしい。中には優秀な技能を持っている先生もいるので、クオリティを重視する校風から、そこは出し惜しみはしないという姿勢だ。
一方の常勤講師は、世間一般でいうところの正社員扱いである。どこの企業にお盆以外に夏休みがあるんだと聞かれればその通りで、部活顧問も同じ理由で通常出勤扱いだ。たまたま部活顧問を持っていない若手職員はむしろ超ラッキーで、俺はその中にいたという訳だ。
とはいえ、炎天下の中をランニングするような部活でないのは救いだ。基本的にはエアコンの効いた部屋で若い子とPCゲームをやってるだけでお金が貰えるのである。フレーズだけ抜き出せば間違いなくアブナイアルバイトだ。
実際問題、大会出場を目指すならば、夏の部活動は必須だろう。一つに、自主トレの敷居が高いことが挙げられる。
具体的には、PCが高いのだ。
昔に比べればかなり安くなったものの、「部活に必要なもの」として考えると、それはあまりにも高い。一応、MONSTER-WEARがあるにはあるが、やはりデスクトップPCと比べると見劣りしてしまう。
そんな事情もあって、やはり俺も慣例通り、毎日部活動を行っていた訳なのである。おかげで、生徒の実力をメキメキ伸ばすことができた。
◇
「ふむ。なるほどな」
その夜、俺はビールを飲みながら、モニターを注視していた。そこに映し出されているのは、本日の生徒たちの戦績である。
「やっぱり、特性がでるもんだな。面白いほどに」
注目しているのは、距離ごとのキル/デスの割合だ。一番近距離が得意なのが美月、続いて灯里と琢磨、完全に遠距離向きなのが悠珠である。
「プロを目指すとなると、本当はオールマイティになんでもできないといけないんだけどなぁ。そうも言っていられないか」
彼らには極力効率的な練習に励んでもらっているが、とはいえ、圧倒的にゲームプレイ時間が少ないことには変わりない。迫りくる大会予選で勝利するには、少しでも勝率の高い戦法を取らないと行けない訳だが、それを臨機応変に取れるようにするには、やはり時間がたりなさすぎる。
よりによって大会予選はPSBR。拾える武器がランダムで、武器自体の練習時間も多くは取れない性質のゲームだ。
ならば、いっそのこと、得意武器をもたせて、同じ武器の経験値を優先的に高めていく、という方法もある。
「フォーマンセルロイヤルルールってのが救いだな」
四人一組のフォーマンセルロイヤルルールなら、仲間内で現地調達物資の交換ができる。これを活用すれば、個人が同じ武器に巡り会える可能性はぐっと高まる。一方で、目的の武器を拾えなかったメンバーは事実上戦力外になってしまうので、諸刃の剣でもある。そこらへんを判断するには、かなり勇気が必要だ。
が、悩ませているのは、それだけでは無い。
「個人種目なぁ」
G甲子園では、本戦出場時に個人種目が設定されている。予選をPSBRにて実施、勝ち上がった本戦出場校の予選に出場しているメンバーの中から、個人種目として二種類のゲームがトーナメントで開催されるのだ。これはつまり、少なくともメンバーのうち一人は、「複数種類のゲームをマスターしなくてはならない」という事を示唆している。
プロeスポーツ選手を目指すなら、複数のゲームをものにしてみせろ、という大会の意思なのだろうが、いやはや、敷居が高い。
これはスポーツに例えるなら「サッカー選手ならバスケも上手いんでしょ」と言っているに近い。スポーツ選手の中には天性の運動神経でなんでもこなしてしまう人も中にはいるが、それはもちろん稀なケースだ。同じゲームジャンルでもゲームが変わればいろいろ変わるので、それでさえ「サッカーとフットサル」くらいの違いがあると俺は思うが、ゲームジャンルが変わればそれは天地の差がある。パズルゲームと格闘ゲームにFPSと来れば、俺からすればそれはもうオリンピックだ。
「誰にやらせるか」
個人種目は、FIGHTING JUNKY、通称「ファイジャン」と、Legend Of Stone、通称「LoS」。ジャンルはそれぞれ格闘ゲームとカードボードゲームだ。前者が技術と瞬発力を基盤に駆け引きを楽しむものだとするなら、後者は情報収集と分析を基盤に戦略と読み合いを楽しむものだ。求められるものがまるで違う。早い話、後者には瞬発力はさほど必要ないし、刹那的な判断よりも長期的な思考が必要だったりする。
とりわけ、LoSは運の要素が絡む分、先読みを本気でしようと思ったらそれは天文学的だ。覚えることも多いし、間違いなく「バカは強くなれない」タイプのゲームだ。
この手のジャンルに強そうな部員を一名挙げるとするならば。
「――
先日の合宿での頭脳プレイを見るに、彼女が最も適任に思える。
「――引き受けてくれるか? ただでさえ生徒会と兼任で忙しいのに?」
少し前まではゲームにロクに触れたこともない少女に、二種類のゲーム。
流石に荷が重すぎるのではないだろうか。
「美月の話もしちまったしなぁ」
さらに美月の進級がかかっている話もしてしまった。多大なプレッシャーがかかるに違いない。俺なら逃げ出したいレベルだ。
「とはいえ、他に最適なやつがいるか……。ん?」
そこまできて、俺は画面下部のポップアップが反応していることに気がついた。
それはメッセージアプリだった。部活動で効率的な情報共有ができるようにと、俺が愛用していたものをそのまま部活動でも使用している。とはいえ、社会人になってからというもの、俺を名指しで呼んでくれるフレンドも減った。おかげでこいつが反応する機会もめっきり減ってしまった。
「こんな時間に誰だ?」
旧友の顔を思い出しながらそのポップアップをクリックすると、意外なアカウントネームが表示される。
そのアカウントネームは―― Y-Kanzaki。
「神埼か、いったい何用……」
そして、そのメッセージの内容を見た俺は、たじろいだ。
「これは!?」
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