第七章《小話》 猛犬、ついに疲れる
「いやぁ、妖退治軍の肉美味かったなぁ…」
俺は一人、妖退治軍とやり合ってから、ふらふらと死体だらけの江戸の町を歩いていた。
「…最後まで喰っときゃ良かった」
ちょっと妖退治軍と戦って妖力を消費したことで、もともと減っていた腹が余計にぐるぐると鳴り出す。
するとそこへ、
「犬神様の腹の虫は元気だなぁ」
「おー!烏天狗じゃねぇか!」
空から秋風の区の門番である烏天狗が俺の目の前に降りてきた。
すぐそばには子分の烏天狗が二人いる。
髪の毛が赤みがかった
「「お久しぶりです、犬神様」」
「おうよ、久しぶりだなぁ?あんたら二人は沙冬の区だっけか」
「「はい」」
この二人は番というわけでも姉妹というわけでも、ましてや双子というわけでもないが、その息の合った返答には、どこか鬼神のところの〝あの双子〟と通じるものがある気がする。
「お前ら普段俺に返事する時はそんなに綺麗に揃えないのに、犬神様に対しては揃えるなんて…」
「お師匠様は別にございます」
「それに、これは我々烏天狗のしきたりにございますゆえ」
「堅苦しいったらありゃしないな…」
(…そういや烏天狗んとこでは、師匠や先生っつー立場の者に対して返事を揃えたり律儀にする必要があんまし無いんだっけか)
師匠や先生という立場の者は、いずれ同じ位置に立てる、もしくはその上を行ける者だから。
そんなことを烏天狗が言っていたのを、椿と桜の言葉で思い出した。
「あ、犬神様。
「あぁ、あいつらな」
狒々といえば、上級あやかしの中でも強い蛟と並ぶ強さを持つ猿のあやかしだ。
以津真天は怪鳥と呼ばれるあやかしで、上級あやかしだが、頭の良さでいくと超上級あやかしの奴らに勝てたりするような奴だ。
「あいつらならそこら辺で戦ってると思うぜー?狒々は俺と同じでふらふらしながら誰彼構わず殺りまくってるだろうし、空見りゃ以津真天なんてすぐ見つかる」
「そうなのですね」
「ならお師匠様、気をつけなければ以津真天様とぶつかるかもしれませんよ。何てったってお師匠様、飛んでる時くつろいでらっしゃいますから」
「んなわけあるかっ」
「ったく、あんたらほんと仲いいなぁ」
では我々はこれで、といった椿に続いて空へ飛び立った烏天狗たちを見送る。
(…そろそろ俺も何か喰わねぇと、フラついてきたぞ…)
視界がグラグラする。
しばらくとぼとぼ歩いていたが、やがてバタッと地面に仰向けに倒れた。
転がっていたのだろう、小刀が背中に刺さって血が出て、やがて血溜まりとなったが、構わなかった。
「…腹減ったなぁ…って、ああっ!人間いるじゃねーかっ!!」
そうしてしばらくした後、少し体を起こすと、
「…?ってぎゃああっ!?!?い、い、犬神…っ!?」
丁度すぐそこを戦火から免れようと川へ飛び込まんとしている人間の男を見つけた。
その傍らには赤ん坊を連れた母親らしき女。
俺は思わず「うへへ、赤ん坊かぁ」と舌なめずりをして、じりじりと近寄る。
…しかし、三人はこぞって一斉に川へと飛び込んでしまった。
「ちぇっ、折角喰えると思ったのに…」
水なんてどうってことないが、潜るのが面倒で他を当たろうとしたその時。
「でしたら安心ですよ、犬神様」
「その声…まさか
川の方を見ると、先程の人間三人を水の膜のようなもので覆い、こちらへ寄越す沢女の姿が。
「いやぁ、助かるなぁ!」
「これくらいお安い御用ですよ」
俺は川辺にぽよん、と乗り上げた水の玉の膜を牙で破くと、中にいた男女をガツガツと喰った。
そしてデザート代わりに赤ん坊を…
「赤ん坊食べるだなんて、結構酷いことしとるのぉ犬神さん」
「んあ?…あぁ、なんだ狒々かぁ」
口元の血を拭うのも面倒で、とんでもない顔面だっただろうが、俺は構わず狒々の方へ顔を向けた。
「わっ、きれーなお顔が大変なことになっとる」と奴がボヤいたのはこの際気にしないでおく。
血で汚した薄水色の着物と濃紺の帯を地面に垂らし、浅葱色の紐を通した袖で俺の顔の血を拭ってくれた狒々は、だいぶ昔に俺があげた黄色の紐で束ねた長い黒髪を風になびかせ、
「わしはもう行くでな。ちと犬神さんのこと見とったけど、次はもう倒れたあかんでの」
といって笑った。
…見てたんなら肉の塊の一つや二つくらいくれりゃあよかったのにな。
「おぉ、久しぶりじゃなぁ沢女。お前さんもだいぶ成長したんや、もう蛟にばっか頼っとらんと自分で戦いや?」
「わ、わかってますって…っ!」
慌ててぶんぶん首を縦に振る沢女。
川の水面に波紋が広がる。
そしてそのやり取りを見た後、俺は沢女と背伸びをしている狒々に「それじゃあなー」とだけ言って、また殺しまくることに専念すべく、今だ
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